ストーリー陸上

箱根駅伝トリビア 裏に知られざるエピソードあり!

2018-12-25 午後 0:00

お正月の風物詩としておなじみの箱根駅伝。

突然ですが皆さん、箱根駅伝は2019年で何回目の開催か知っていますか?
そして、そもそも正式名称は知っていますか?

 

箱根駅伝は2019年でなんと95回目!1920年に第1回が開催されてから、再来年で100年が経とうとしています。そして正式名称は“東京箱根間往復大学駅伝競走”というんですよ!

 

え?知っていた?いやいや、これだけ歴史が長いにもかかわらず、まだまだ知られていないトリビアがいっぱいあるはず!

 

ということでSPORTS STORYの取材班が箱根駅伝ミュージアムにお邪魔し、館長を直撃!館長さんだからこそ知るトリビアや裏話、箱根駅伝の歴史についてお話をうかがいました。

①箱根駅伝は五輪選手養成のためにスタートしたものだった

芦ノ湖のほとりにたたずむ箱根駅伝ミュージアムを訪れ、出迎えてくれたのは館長の勝俣真理子さん。そもそも、箱根駅伝が始まったきっかけって何ですか?

 

 

勝俣さん「もとはオリンピック選手の金栗四三(かなくり しそう)さんが、自身の苦い経験をもとに世界で通用する選手を育てるために発案されたものでした。つまり、箱根駅伝はオリンピック選手を育成することを目的として始まったんです。そもそも、駅伝自体が日本発祥のものなんですよ」。

 

オリンピック選手の育成が目的!それは知りませんでした。

 

ちなみに、2019年スタートの大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』では、中村勘九郎さんが金栗さん役を演じます。こちらは阿部サダヲさん演じる田畑政治とのW主演で、知られざるオリンピックの歴史が描かれるドラマ。箱根駅伝にまつわる話が出てくるかもしれませんね!

②10人そろえるのに他の競技から助っ人を呼んでいた

かつて、陸上部だけでは人が集まらず、他の競技から助っ人を呼んで大会に出た学校があったようです。

 

 

勝俣さん「昔は陸上部だけで10人集めるのがとても大変でした。ラグビーやスケート、投てきなど、まったく関係ない競技の選手を呼んで出場した大学もあったほどです」。

③たいまつで選手を誘導!?街灯がなかった第1回大会

第1回大会が行われた1920年当初、暗くなると選手が走る道を照らす街灯がありませんでした。つまり、選手たちは真っ暗な道を走った!?……と思いきや、そうではないようです。

 

 

勝俣さん「街灯がなかった頃は、青年団の方たちがたいまつを点けて選手たちを誘導していました。今みたいに道路が舗装されていませんでしたので、想像以上に過酷だったと思いますね」。

④選手たちは授業が終わってから駅伝に参加していた

現在は1月2日、3日に開催される箱根駅伝。しかし、大会が始まった当初は紀元節(現在の建国記念日 2月11日)の開催とされ、各学校で紀元節の式典があることが分かると、急きょ3日間延期し、2月14日、15日の開催となりました。そのため、学校の授業と重なることも多く、出場する選手たちは大変な思いをしていたようです。

 

 

勝俣さん「昔は箱根駅伝当日も選手たちはお昼まで大学の授業に出ていました。授業が終わって、午後1時に東京をスタート……今では考えられないことですよね」。

⑤昔のシューズはマラソン用の足袋だった

昔はシューズがなかったため、選手たちはマラソン用の足袋を使用していました。

 

箱根駅伝ミュージアムには、第3回大会に出場した故河野謙三さんが実際に使用したユニフォームとマラソン用の足袋が展示されています。

 

 

勝俣さん「当時、今のような高性能シューズがなかったため、選手は底の部分がゴムでできているマラソン用の足袋で駅伝に参加しました。靴底に物を詰めて補強するなどの工夫はしていたようですが、足袋で砂利道を走っていたのはすごいですね」。

 

 

戦時中、河野謙三さんの奥さんが茶筒に入れて疎開させたため、ユニフォームとマラソン用の足袋が現在も残っています。とても貴重ですね!

⑥箱根駅伝に出場するために大学に入り直した選手がいる

多くのランナーが憧れを抱く箱根駅伝。社会人になってからもその夢を諦めきれず、箱根を走るために大学に入り直した人がいます。

 

 

勝俣さん「高橋尚子さんを指導した小出義雄監督をはじめ、社会人を経て大学に入りなおした人もいます。仕事をしながら夜間の大学に入って練習している人も。どういうスケジュールを送っていたんでしょう」。

⑦たすきは1校につき2本用意されている

箱根駅伝で使用できるたすきは、関東学生陸上競技連盟の検印があるもののみ。選手の想いをつなぐ大切なたすきは、1校につき2本用意されています。1本はスタートからフィニッシュまで中継し、残りの1本は大会本部で保管します。

 

 

勝俣さん「それぞれの大学に、スタート時に使うたすき、5区や10区で使用するたすきの合計2本が用意されています。繰り上げスタートとなった場合は、大会本部が用意する黄色と白のストライプのたすきを使用します」。

 

 

トップとのタイム差が一定以上開いてしまったとき、前のランナーを待たずにスタートするのが「繰り上げスタート」。

 

この場合は大学のたすきを繋げることができないので、繰り上げ専用のものを使用します。

 

 

しかし、5区と10区の選手だけは大学のたすきを使うことが許可されています。

 
これは、母校のたすきを使ってゴールできるようにという配慮があるからだそうですよ。

⑧往路優勝校だけ職人が作ったトロフィーをもらえる!

往路優勝校には箱根寄木細工でできたトロフィーが贈られます。伝統工芸士・金指勝悦(かんざし かつひろ)さんによるこちらの作品はどれも、その時代うつす鏡のようなデザインになっているのが特徴です。

 

 

勝俣さん「もとは盃(さかずき)の形が多かったのですが、金指さんがいろいろなデザインを考案してくださいました。その年の時代背景を組み込んだデザインになっています」。

 

これまでの往路優勝トロフィーの数々(写真:金指ウッドクラフト)

 

スカイツリーを模したものや、富士山の世界遺産登録を記念したものまで、その時代に起こった出来事がみえてきます。往路優勝トロフィーのデザインにも注目して見てみると面白そうですね!

⑨山の神が小田原駅で初の乗車規制を起こした

4年連続区間賞を獲得し、「新・山の神」と呼ばれた東洋大学OBの柏原竜二さん。あまりの人気に、4年生になった年は小田原駅で乗車規制が行われたそう!

 

 

勝俣さん「柏原くんは4年連続で出場し、4年連続の往路優勝に貢献しました。かなりのファンがいたので、4年生の年には小田原駅の箱根登山鉄道で初めて乗車規制がおこなわれたそうですよ」。

 

 

館内には柏原さんが使用した靴も展示されています。テレビ中継が当たり前となった今、選手個人への注目度も高まってきたということですが……乗車規制になるほどの人気ってすごい!

箱根駅伝の長い歴史の中には数えきれない裏話が!

多くの選手が集まり、数えきれないドラマを生み出してきた箱根駅伝。その裏にはちょっとしたトリビアや、メディアで伝えきれない裏話がたくさん存在します。

 

 

今や箱根駅伝に出たいという思いが関東の大学駅伝のレベルを上げ、大会出場経験者が世界の舞台で活躍しています。

 

 

東京オリンピックが開催される2020年は、箱根駅伝もちょうど100年目。それまでにどのような熱い戦いが繰り広げられるのか。また、どんな裏話やトリビアが生まれるのか。箱根駅伝の今後から目が離せません!

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