ストーリー相撲

大相撲 番付って、いったい何なの?

2021-05-14 午後 04:50

大相撲の本場所は年に6回開催されますが、その場所の番付発表の日に、力士たちは大きな紙に刷られた自分の番付がどこなのかを確認する姿がよく見られます。そもそも番付とは何なのか詳しく見てみましょう。

番付は年に6回の人事異動の一覧

令和3年初場所の番付表

 

番付は本場所ごとに発表される力士、年寄、行司の地位を示す一覧表です。若者頭と世話人全員、呼出し、床山も載っています。年に6回の日本相撲協会の人事異動の一覧です。

 

力士は前の場所の成績で地位が上下しますが、番付表で五段に分かれて載ります。向かって右が東方、左が西方です。

 

いちばん上の段が横綱、大関、関脇、小結の役力士に前頭の幕内。次の段が十両と幕下。三段目が文字どおり三段目の力士。その下が序二段。いちばん下が、序ノ口と年寄、若者頭、世話人、呼出し、床山です。

 

中央には「蒙御免」(ごめんこうむる)の文字と行司が載っています。「蒙御免」は江戸時代の勧進大相撲が寺社奉行の許可を受けていたころの名残なのです。

番付は、いつごろから使われ始めたの?

関取の四股名のスタンプが押された番付

 

江戸時代の中ごろから紙に刷られた番付があったと言われていますが、詳しいことは分かっていません。

 

初めのころ紙に刷られた番付は2枚で、1枚が東方、もう1枚が、西方でした。宝暦7(1757)年に1枚の紙に東方と西方の力士を載せた番付が初めて作られました。この番付の形式が現在まで続いています。

 

関取になったら自分の四股名のスタンプを番付に押して、世話になっている後援会の関係者に送るのが慣例になっています。

番付の力士の地位は誰が決めているの?

夏場所の番付表に載った自身の四股名を指さす照ノ富士

 

昭和30年に作られた日本相撲協会の番付編成の規則によりますと、本場所が終わってから3日以内に番付編成会議を開いて、出席した審判部の親方が力士の地位を決めることになっています。幕内から序ノ口までのすべての力士の地位です。横綱、大関の昇進も理事会の賛成を受けてこの会議で満場一致で推挙されると決まっています。

 

鶴竜が西の「横綱大関」の令和2年春場所の番付

 

番付上は大関を空位にすることができない決まりがあるため、豪栄道が引退して貴景勝1人となった令和2年の春場所は、鶴竜が西の「横綱大関」として番付に載りました。

実際に番付を書くのは誰なの?

大きめのケント紙に行司が「相撲字」と呼ばれる独特の字体で書いています。ふだん見ている番付は、原本を四分の一に縮小した大きさです。相撲協会の人事異動情報なので、作業は情報管理を徹底して行われているそうです。

 

 

相撲専門雑誌「NHK G-Media大相撲中継」から

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