ストーリー水泳

競泳 小関也朱篤 五輪延期の1年で揺らいだ”覚悟”

2021-04-04 午後 08:33

東京オリンピックの代表選考会となる競泳の日本選手権。男子100メートル平泳ぎ決勝で日本記録保持者の小関也朱篤選手は7位に終わり、本命種目での代表内定を逃しました。

 

“娘の記憶に残るよう”

「父として、アスリートとして2つの意味で覚悟を持つ。娘の記憶に残るようお父さんのすごい姿を見せたい」

競技人生の集大成と位置づける東京オリンピックへの思いをそう語っていた小関選手にとって、いちばんの支えは物心がつき始めた2人の娘と家族の存在でした。

「オリンピックを狙うのはたぶん今年で最後なので、やっぱり絶対出たいと言う気持ちはある。僕は遠征で家にいないことが多いので、その分、妻にはだいぶ子育ての負担がかかっているのがわかっているので、『何としても』という気持ちがすごく強い」

リオデジャネイロオリンピックで入賞を果たし、28歳で迎えるはずだった2回目の大舞台。支えてくれた家族に表彰台に上る姿を見せる自信と手応えがありました。

上半身の強さに加えひざのけがが回復したことでキックも強化され、去年4月に予定していた代表選考会では、自身の日本記録を1秒近く縮めてもおかしくないと思えるほど充実した状態だったといいます。

オリンピック1年延期で…

しかし、オリンピック延期後の去年8月、久々に報道陣の前に現れた小関選手からはかつての覇気が失われていました。

「喪失感がないわけではない。頑張りたい気持ちもあるがなんとも言えない気持ちが交差した中でやっている」

体重が4キロ落ち、1メートル88センチの恵まれた体格と分厚い胸板は一回り小さく見えました。

その後は去年10月に行われた短水路の国際リーグでリオデジャネイロオリンピック、金メダリストのアダム・ピーティー選手を抑えて優勝し復調の兆しを見せたものの、所属先や練習拠点が変わるなど環境の変化もあって今回の選考会直前の大会では思うようなタイムを出せませんでした。

 

 

4日の決勝のレースでも調子は上がらず、前半を2番手で折り返すと、後半、徐々に失速し最後は自身の日本記録より1秒余り遅い1分0秒11でフィニッシュしました。

レース後、「調子は悪くなかったが最後はすごくきつくて、こういう結果になった。いろいろあって去年11月には辞めようと思っていて、12月は一度も泳いでいない」と明かしました。

2日後に予選が始まる200メートル平泳ぎへ「残りも頑張ります」と淡々と語りました。

この記事を書いた人

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橋本 剛 記者

2005年 NHK入局 

社会部で東日本大震災からの復興や環境問題を取材。スポーツニュース部では水泳を担当。

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