ストーリー相撲

貴景勝 親子でつかんだ大関の座 ~角界の『巨人の星』物語~

2019-05-09 午後 0:00

小学3年生で相撲を始めた新大関貴景勝。どこに稽古に行くときも父親、佐藤一哉さんが一緒でした。父親は厳しく息子を指導して親子二人三脚で大関昇進を果たした様子は人気野球漫画『巨人の星』の星一徹と飛雄馬親子を思い出させます。

佐藤さんは、さらに上の横綱を目指すと言う息子に一層厳しく接するという思いを熱く語ってくれました。

「武士道精神」の口上は本人らしい そういう教育をしてきた

大関に昇進し鯛を持つ。後ろは父佐藤一哉さんと母純子さん(3月27日)

 

大関昇進の口上で「武士道精神、感謝の気持ち、思いやり」という言葉が出ました。本人らしいというか、そういう教育をしてきました。

小さいときは泣くなというところから始めて、大会で優勝したからと言って有頂天になったり、負けたと言って落ち込んだりしているようじゃ将来大成できないことを教えてきました。感謝の気持ちと思いやりは母校、埼玉栄高校相撲部の部訓で、本人も思っていることでした。

押し相撲で大関は無理と言われたが 「お前しかできない」と言い続けた

取材に答える父佐藤一哉さん(3月27日)

 

押し相撲では大関は無理と言われた中で、「だめではない。お前しかできない」と言い続けました。突き押し切るということはすごい技術がいるんです。

体の小さい者が突き押し続ける、それは本人の努力のたまものではないですか。優勝しても「大関は無理だ」と言われ続けて大関になったではないですか。横綱にもなれると思っています。子どものときからずっと「お前しかできない」と言い続けましたから。

やんちゃで暴れん坊だが 弱い者いじめはしたことがない

1歳・木馬

 

本名の貴信の貴は貴乃花の貴からつけました。横綱、貴乃花が全盛期で強い信念を持って正々堂々とした相撲で、こういう人間にならなきゃあだめだと思って貴の一字をもらいました。信は信長の信から取ったのですが、天下人で近世の日本を切り開いた人ですから合わされば無敵と思いました。

 

5歳・よろい武者姿

 

とにかくやんちゃでした。暴れん坊でしたが、弱い者いじめはしたことがなかったです。幼稚園は年長のクラスに勝手に入っていって遊んでいました。

猛稽古に耐えた 音を上げたらやめようと思っていた

6歳・仁川学院小入学

 

小学3年で始めた時はいつも稽古に同行していました。付きっ切りでしたね。屋外で気温38度のときでも、ぶつかり稽古を50回くらいやっていました。

倒れても「立て、もう一丁いけ」と何回も言いました。猛稽古に耐えましたね。音を上げたら相撲をやめようと思っていました。

 

中3、15歳・中学生横綱

 

中学3年で中学横綱になって「おとうさんのために優勝できた」と言われて二人三脚でやってきて最後に苦労が報われました。

プロは厳しいと実感 関取昇進はうれしかった

前相撲のあと、父と一緒(平成26年秋場所4日目)

 

前相撲から序ノ口、序二段と18連勝しました。三段目の春場所で初めて負けました。やはりプロは厳しいなと思いました。スピードが違いました。

平成28年春場所で幕下優勝して新十両に昇進しました。関取になるのとならないのとで大きな差があります。うれしかったです。28年九州場所で十両優勝し、翌年の初場所が新入幕でした。

初優勝は乗りに乗って「優勝したい」と宣言

初優勝で両親と記念撮影(平成30年九州場所千秋楽)

 

30年九州場所の初優勝のときは乗りに乗っていました。場所前に部屋が変わって自由に稽古をできるようになりました。

闘争心に火が付いた感じで非常にはつらつとして、今場所はいいと予感し半分冗談で「今場所優勝しろよ」と言うと「優勝したい」と言いました。

春場所は御嶽海戦の相撲に激怒した

春場所3日目に御嶽海に負けたときは激怒しました。初場所と同じ負け方をしたのです。当たって突いて引きながら左突き落とし、それについてこられて負けたのです。

 

御嶽海に敗れ初黒星(春場所3日目)

 

「この1か月半の間何をやっていたのか。何も考えず同じような立ち合いをして負けている。無気力な相撲を取るな。恥ずかしいよ。ファンの人に俺が土下座する」と言いました。

千秋楽 決まった瞬間飛び上がった

千秋楽は自分の相撲を取り切るかどうか、相手が栃ノ心だろうが誰だろうが関係ないです。「勝ちたいと思ったら勝てない。自分の力をすべて出し切らないと」と言いました。

 

栃ノ心を破り10勝目(春場所千秋楽)

 

向こうは大関陥落の瀬戸際でしたから必死です。立ち合った瞬間に勝ったと思いましたね。大関が一瞬、飛びました。決まった瞬間は飛び上がりました。

目指すのは横綱 押し相撲だから勝てる

春巡業でファンと記念撮影(4月12日)

 

子どものときから将来大関になりたいとは言っていません。将来横綱になりたいと言っている以上は、なれる、なれないは別にして目指すのは横綱です。

押し相撲だから勝っているのです。一発で当たって吹っ飛ばす今の当たりが1.5倍に強くなるともう誰も止められないです。それを目指せと言っているんです。

横綱には24歳までに一気にいかないと

横綱には一気にいかないと無理でしょう。息子の場合は体格がないですし、相撲が激しいですから一気に上がらないと、27歳以降では無理でしょう。

 

春巡業で色紙に武士道と書く(4月15日)

 

24歳くらいに一気にという感じでないと難しいかなと思っています。「24歳で横綱は生意気だ」と言われても22歳で大関になっています。

自分を律してしっかり精神を鍛えないと

 

これからも厳しく対処します。やはり絶えず自分を律するという気持ちがないとだめです。

 

夏場所の番付発表(4月30日)

 

まあ俺もここまで来たなんて思っていたら、もうそこは崖っぷちです。あの体で、22歳で大関になったんですから、しっかりと自分の精神を鍛えないと。

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