ストーリーパラスポーツ

飲み込みも習得も早かった幼少時代 パラ競泳・木村敬一

2019-08-09 午前 0:00

ロンドン・リオパラリンピックで合計6つのメダルを獲得した、日本パラ水泳界の若きエース・木村敬一選手。2歳で全盲となった木村選手は「物の形=映像の記憶」がありませんが、水を鋭くつかむ泳ぎでは世界トップのスピードを誇ります。そんな木村選手の幼少時代に迫ります。

当時のトレーナーが語る 幼少期の木村選手の印象

2歳の時に視力を失った木村選手は、10歳のときに、母の正美さんと地元滋賀県の彦根スイミングクラブ(当時)を訪れました。そのときに木村選手を受け入れたのが、マネージャーだった鈴木和成さんでした。

 

木村選手に初めて会ったときの印象について「明るい子でしたよ。だけど、ちょっと照れ屋で。小学校4年ぐらいで、まだお母さんに甘えていた感じがあったかな?」と鈴木さんは語ります。

スクールの子どもたちの間で人気者だったという木村選手。「敬一(木村選手)の笑顔の裏には不安があったかもしれないけれど、黙り込むこともなく、1人で隅にいることもなく、隅に行こうものなら子どもたちに引っ張られて、ずっと輪の中に入ってニコニコしていましたね。だから、毎週来るのが楽しそうでした。」(鈴木さん)

飲み込みの早かった幼少期時代

鈴木さんにとって、視覚に障害のある子どもの指導は初めてのことでした。方向を把握させるために水の中で音を鳴らすなど、指導は手探りだったそうです。当時の指導について「4泳法(クロール・平泳ぎ・バタフライ・背泳ぎ)はすべて教えましたね。形は下手くそでもいいからとにかく教えました。」と振り返ります。

ただ、木村選手は幼少期から飲み込みも習得も早かったのだとか。「怖がることもなく、すぐに水に慣れて、水中でくるくるくるくる回ったり、何かくねくねくねくねしたり。ちょっと目を離すと遊んでいました。水の中で体を動かすのが楽しそうでしたよ。」(鈴木さん)

「笑顔を絶やさないでいてほしい」

パラリンピックに出場した時の木村選手のクロールの泳ぎ方は、鈴木さんいわく「全然変わっていない」のだそうです。

「がつがつ、パワーで泳ぐ感じ。細かったけれど力強い泳ぎやったなと。コースを外れてロープにひっかかっても、がんがん行っていましたね。」(鈴木さん)

泳ぎ方だけではなく、木村選手の笑い方やはにかんで照れた姿も、当時から変わっていないのだとか。「とにかく今の笑顔を崩さないで、堂々と明るくしていてほしい。笑顔を絶やさずにいてくださいと伝えたいです。」(鈴木さん)

 

※この記事は以下の番組から作成しています。
2017年7月15日放送「超人たちのパラリンピック 見えないから速く泳げる!全盲のスイマー・木村敬一(競泳)」
内容は放送時のものとなります。

 

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!