ストーリー陸上

為末大コラム「多様性を保つためには」

2019-08-30 午前 0:00

元陸上選手でスポーツコメンテーターとしても活躍する為末大さんのコラム記事です。第2回は「多様性を保つために必要なものとは?」です。

 

昨年、スポーツ界で様々な不祥事が表に出ることになりました。その原因として、様々な基準が明文化された状態になっていないということがあったのではないでしょうか。

 

 

例えば、選手選考に関していくつか問題になっていますが、中には明文化された基準がないという事例もあります。選手選考は将来性や、見えない可能性など完全に明確な選考基準を設けることは難しいのは確かですが、それでもなんらかの明文化された基準がなければ選手は何を目指していいかわかりません。

基準が明確でなければ、一体誰がどうやって決めているのかがわからなくなり、選手は不信感を抱くが、または過剰な忖度が起こるようになります。これらも明文化されていないことが原因の一つだと考えられます。

 

曖昧な形にもメリットはあるが・・

 

もちろん明文化せず曖昧な形にもメリットはたくさんあります。例えば、その都度臨機応変に対応することができるために柔軟性が生まれます。また、どうしても明文化するプロセスで、仮定の話をする必要がありますが、それはうまくいかなかった時の話をすることになるので話しにくいということもあります。

 

 

しかしながら、社会は大きく変化しています。人間の流動性は高まり、多様性も重要視されています。流動性が高まると、人は長期間同じ場所にいて同じ人々と関係を作るよりも、一定期間で所属や関係を変えていくことになります。そうなると、長い時間をかけて恩を売って返してもらうというようなことが成り立たなくなります。

長い時間かけて築いた濃い人間関係は、言葉がなくても阿吽の呼吸でコミュニケーションが取れるようになります。しかしこれが組織になると、人間関係だけで物事が決まりガバナンスが効いていない状態にもなりかねません。

 

多様性を保つために"当たり前の共有を"

 

多様性のある社会というのは、つまりたくさんの当たり前を持った人たちが同じ集団にいるということでもあります。当たり前がたくさんあれば、『そんなの言わなくても当たり前だろう』ということが通用しなくなります。

一つ一つをしっかり明文化して当たり前を共有しておかないと認識が違ってコミュニケーションが取れません。多様性を保つためには、むしろ共通認識を持つためにしっかりと明文化する必要があります。

 

 

最近ではアスリートも年齢の若いときに、海外を経験したり、また幼少期を海外で過ごした選手も増えてきています。また企業に所属することが当たり前でもなくなり、プロの選手も増えています。このように様々なバックグラウンドを持つ選手が増えつつある今、昔のように明文化せずなんとなくの当たり前を共有するやり方は通用しなくなりつつあります。

社会においても、人が流動化し、一つではなくたくさんの組織に属し、多様なバックグラウンドを持った人たちが集まって働く時代がやってきています。私はこのような社会において重要なことは明文化していくことだと考えています。

為末大

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年5月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社の代表を務める。

 

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