ストーリー陸上

競歩・丸尾知司と野田明宏 代表枠争う親友ふたり

2021-03-03 午前 07:30

自分の夢と、友の夢。

29歳の丸尾知司と、25歳の野田明宏。二人は競歩選手として共に切磋琢磨を重ねてきた、10年来の親友だ。専門の50キロ競歩で、東京オリンピック代表の残り1枠を争っている。

それぞれの挫折を経て、競歩という競技にたどり着いた二人。決着のつく4月のレースを前に、今二人の思いは。

枯れても腐るな

丸尾と野田、二人はともに元々長距離ランナーを目指していたが、高校時代の挫折で競歩に転向した過去を持つ。

 

まずは、年上の丸尾の場合。

 

中学時代、全国大会にも出場した丸尾の当時の夢は「箱根駅伝を走ること」。高校は地元・京都の強豪である洛南高校に進学した。しかし、ここで膝のけががランナーとしての道に影を落とした。当時撮影された写真には、うつろな目でベッドに横たわる彼の姿が写されている。左ひざに巻かれた包帯とギブスが痛々しい。そして、監督に告げられたのが、より足への負担が軽い、競歩への転向だった。

 

 

――僕はここに何をしに来たんだ。

――競歩は、絶対に嫌だ。

 

丸尾は当時の心境をそう綴っている。走る仲間たちを横目に歩いている自分。こんなはずじゃなかったのに。競歩に前向きに取り組めずにいた丸尾の背中を押したのは、コーチからかけられたある言葉だった。

 

“枯れても腐るな”

 

 

「木は枯れてもまた生えてくる。でも腐ったら何も生えてこないよ、と言われました。その言葉が、何かすごく突き刺さったんです」

 

丸尾はもう一度心に炎を灯した。本格的に競歩の競技者として高みを目指すことを決意した。

野田の姿に見た、かつての自分

そして10年前、大学生だった丸尾は野田と出会う。

当時丸尾が参加していた競歩練習会に、大阪から浮かない顔でやって来る高校生がいた。それが、陸上の強豪・清風高校に通っていた野田だった。

野田もまた、若くして長距離ランナーとして瀬戸際にいた。けがが絶えず、長距離をあきらめ競歩へ転向するよう勧められていたのだ。野田は当時の心境をこう振り返る。

 

 

「長距離をやりたい気持ちはかなり強かったですね。走りというものが、私の陸上人生の原点でした。だから葛藤がありました」

 

丸尾は野田の姿に、かつての自分を重ね合わせていた。丸尾は競歩の練習を一から教え、週1回は必ず野田の隣を歩いた。そして、丸尾の背中を必死に追いかけるうちに、野田の競歩への向き合い方が変わっていった。

 

「練習して試合に出たら速くなって、また練習して試合に出たら、また速くなっている。あれだけ記録が伸びたら、嬉しくて嬉しくて本当に楽しかったです。丸尾さんは今の私の土台を作って下さった方。高校時代からずっと、感謝の気持ちがあります」

 

 

丸尾もまた、自分と同じ境遇の野田の成長に喜びを感じていた。それから10年。二人は所属チームこそ違うものの、共に練習を重ね切磋琢磨を続けてきた。多い時には月の半分以上を共に過ごし、練習方法や体の調子を伝え合う。

 

――お互いに日本代表を夢みて、二人で歩いてきた。

 

丸尾のその言葉通り、並んで歩いてきた二人は、50キロ競歩で国内2位と4位の記録を持つ実力者に。2019年、オリンピック代表をかけてそれぞれが大会に挑んだ。

残る枠は、ひとつ

まずは、9月にカタール・ドーハで行われた世界選手権に野田が出場。しかし、高温多湿の過酷な環境で行われたレースで、野田は途中棄権に終わる。金メダルを獲得し、オリンピック代表に内定したのは、鈴木雄介(世界ランキング1位・2021年2月現在)だった。

その1か月後。山形県で開催された全日本50キロ競歩には丸尾が出場。丸尾はそれまでの日本記録を上回る好記録でフィニッシュするが、川野将虎(世界ランキング4位・同)に先着を許し2位。川野が代表内定した。

 

 

残された代表枠は、あとひとつ。最後の枠をかけるレースは2020年4月。丸尾と野田は夢である日本代表の座をかけてぶつかる、はずだった。新型コロナウイルス感染拡大によって、大会は中止に。そして、政府による緊急事態宣言。スポーツ界全体の動きが止まり、各競技でチーム練習が制限される中、二人も離れ離れの練習を余儀なくされることになった。

勝負の世界 覚悟を決めて

出会ってから、先輩後輩として、友として、二人並んで歩んできた10年。それぞれの時間を過ごす中で、丸尾は葛藤していた。

 

「(二人で)最後の1枠を争っているのが、しんどいなぁって思う時もあります。本当は戦いたくない、って思いもあったりもしますけどね。でもそこは覚悟決めてやらないといけないので」

 

 

「レースのこと、毎日考えます。考えすぎなほど考えて考えて…。考えすぎも良くないんですけどね。でもどうしたって考えます、やっぱり。行きたいですもん、オリンピック」

 

野田も、予定していた練習を一人でこなす日々を送っていた。

 

「やっぱりアスリートとして、レースになれば負けたくない。その気持ちは常にあります」

 

しかしそれはつまり、丸尾の夢を自ら打ち破ることになる。そこに迷いはないのか問いかけた。

 

 

「丸尾さんの夢を打ち破る…というのは、ちょっと違うかな。それが勝負の世界でもあると思うので。やっぱり全身全霊、全力で勝負をする事が大切なんじゃないかなと思います」

決戦の4月へ

2月21日。二人は20キロ競歩の日本選手権に出場。このレースはいわば4月の50キロ代表選考レースの前哨戦。選考前に試合で丸尾と野田が顔を合わせるのはこれが最後となる。

 

 

二人はスタート直後から激しく競り合う。先に動いたのは野田。スピードを上げ丸尾を突き放しにかかった。勝つために全力で歩き続ける野田の背中を、丸尾は必死に追いかけた。

 

――野田がまっすぐに前を向いて歩いてる姿を見たら、自分も負けられない。

 

丸尾はスピードを上げると野田に追いつき、そして突き放した。丸尾は50キロが専門の選手の中でトップの4位。野田もそれに次ぐ7位に入った。

 

レース後、4月の選考レースに向けて、野田は変わらず勝負にこだわる決意を語った。

 

「バチバチのレースがしたいですね。最後までどっちが勝つんだぐらいの、ハラハラドキドキなレースをしたいな」

 

丸尾は野田と争うことへの葛藤を超えて、覚悟を決めていた。

 

「野田への感謝の気持ちも込めて、全力で勝ちにいきたい。本当に“ぶっ倒す”覚悟でいきます」

 

お互い全力を出し切り、最後の1枠をつかむ。いま二人は、同じ思いだ。

 

 

もちろん、代表枠を狙うのは二人だけではない。リオデジャネイロオリンピック銅メダルの荒井広宙もいる。2017年世界選手権銅メダルの小林快もいる。50キロ競歩最後の切符をつかむのは誰か。最後の戦いとなる日本選手権は、4月11日に石川県輪島市で行われる。

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ

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