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森保一 “気遣いの勝負師” サッカー日本代表 監督

サッカー 2022年12月3日(土) 午後10:33
森保一 “気遣いの勝負師” サッカー日本代表 監督

「気遣いの勝負師」

サッカー日本代表の森保一監督を取材してきて感じることです。

日本代表はワールドカップカタール大会の1次リーグ、グループEで首位に立って2大会連続となる決勝トーナメント進出を決めました。森保監督は4年前のロシア大会終了後に監督に就任して長期的なチーム作りを任され、予選から本大会まで一貫して指揮を執る初めての日本人監督です。(スポーツニュース部記者 武田善宏)

「熱さ」と「気遣い」の人


森保監督はどんな人なのでしょうか。

私は東京オリンピックの前からおよそ2年半、森保監督を取材してきましたが、その内に秘める熱い思いがかいま見えるのは試合前が多いと思います。



11月23日に行われた1次リーグ初戦のドイツ戦の試合前、国歌斉唱で「君が代」が流れると声に出して歌いながら涙を浮かべました。

試合前の国歌斉唱は日本を代表して戦っていることを実感するのだと言います。



一方で、いつも誰に対しても分け隔てなく接する姿もとても印象的です。

練習の冒頭、グラウンドに姿を現すと取材や撮影に訪れた報道陣1人1人に向けて会釈をして回っています。

さらに、記者会見が終わり、会場を後にする際にも報道陣に一礼してその場を去っていきます。



今大会が開幕する前、ドーハの日本人学校の子どもと関係者が選手たちの激励のためにトレーニング施設を訪れた際には、みずから歩み寄って「元気や勇気を届けられるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。一緒に戦いましょう」と呼びかけました。


チームの裏方から見た森保監督


チームを支える裏方の人たちも森保監督は「気遣いの人」だと口をそろえます。



2007年から日本代表に携わる前田弘トレーナーは「僕らの仕事が終わる時間帯になると必ず『お疲れ様』という言葉をかけてくれる。今までの監督で、そこまでやってくれる人はいなかった」と話します。

テクニカルスタッフの酒井清考さんは「よく人を観察していて選手だけでなくスタッフにも気をかけてマネジメントされている。それぞれの役割をリスペクトし、スタッフが決めたことも尊重して、活動の場で生かしてくれる」と話しています。


選手ファーストの監督


選手たちは森保監督をどんな指揮官だと捉えているのでしょうか。



去年9月、日本はワールドカップカタール大会への出場をかけ、アジア最終予選を戦っていましたが守備の要の冨安健洋選手がイングランドプレミアリーグ、アーセナルに移籍する手続きのために代表への合流が遅れたことがありました。



キャプテンの吉田麻也選手はこのケースを例に挙げて「最終予選の初戦の大事な試合でレギュラーで出ている選手の個人のキャリアを重視して合流をスキップさせた。いろんな監督とやってきたがここまで選手ファーストで考えてくれる監督はいない。だからこそみこしを担ぎたいと思う監督であることは間違いない」と話していました。


選手との信頼関係


森保監督の厚い信頼に結果で応えた選手もいます。



フォワードの浅野拓磨選手は森保監督がJリーグのサンフレッチェ広島を率いていたときから選手と監督の関係でした。

大会直前の9月に右ひざにけがをして、その後の所属クラブでの試合には出場できていませんでした。それでも森保監督は浅野選手の回復を信じて本大会のメンバーに入れました。



浅野選手は「こういう状況で選んでくれたというのは本当に期待してくれている証拠だ。これは結果でしか返せない。チームと監督のために全力でプレーする」と意気に感じていました。



そして、初戦のドイツ戦で途中からピッチに送り出された浅野選手は期待通り、逆転ゴールを奪ってチームを勝利に導きました。


“ドーハの悲劇”を“ドーハの歓喜に”


森保監督個人としても、このカタール大会には特別な思いを持って臨んでいます。

「ドーハの悲劇」の舞台となったカタールは森保監督にとって因縁の地だからです。1993年、ドーハで行われたアジア最終予選のイラク戦、日本が勝てばワールドカップ初出場が決まる大一番に当時25歳の森保監督は出場していました。

1点リードで迎えた試合終了間際、相手のクロスボールが森保監督の頭上を越えるとヘディングがゴールに吸い込まれました。



日本サッカーの悲願と森保監督たちの夢は、あと一歩のところで打ち砕かれました。

失点シーンは今も鮮明に覚えているということですが「泣いている自分しか、下を向いている自分しか覚えていない」と試合後のことは、ほとんど記憶がないと言います。

クロスボールを上げた選手にもっとプレッシャーをかけるべきだったのではないかと消極的だった自分を責め、周囲が心配するほど思い詰めていました。



ホテルに戻り、ベランダから外を眺めていると、同じ部屋だった当時のキャプテン、柱谷哲二さんが「大丈夫か」と声をかけてくれたと言い「飛び降りるんじゃないかと心配してくれたんだと思う」と当時のことを振り返ります。



ドーハの悲劇から29年がたち、日本代表を率いる立場になった今も、あの日の教訓が深く刻まれています。

「守りに入ったら逆にやられてしまう」と攻撃的な姿勢を失わないように心がけています。



ワールドカップの1次リーグ初戦のドイツ戦と第3戦のスペイン戦。森保監督はドーハの地で「勝負師」の顔を見せました。



1点を追う後半、三笘薫選手や堂安律選手など攻撃的な選手を次々と投入して勝負に出ました。

同点になったあとも得点を狙う姿勢を失わない積極的なさい配で、ワールドカップ優勝経験のある2つのチームを相手に逆転勝ちを収めました。



特に第3戦のスペイン戦では勝利へ向けて指揮を執る中である感慨も浮かんできたといいます。

同じ時間帯に試合をしていたドイツが試合終盤に2点をリード。得失点差で日本を上回っていたのです。日本はスペインに2対1とリードは1点。もしも残り時間で同点に追いつかれると、ドイツに抜かれてグループ3位となり、決勝トーナメント進出を逃すところでした。



「最終的には勝たないと1次リーグ突破はないと思い戦っていた。最後の1分くらいのときドーハの記憶が出てきた。でもそのときに選手が前向きにボールを奪いに行っていたのを見て『時代は変わったんだな』と。『選手たちは新しい時代のプレーをしてくれている』ということを試合中、あと1分、30秒くらいの時に思った」



ここから目指すのは日本史上最高のベスト8。

日本サッカーがまだ到達していない「新しい景色」を見るため、森保監督の挑戦は続きます。

「『ドーハの悲劇』を『ドーハの歓喜』に変えたい。選手とともに戦ってベスト8以上に行く」



スポーツニュース部 記者
武田善宏
2009年入局 サッカー担当
今回のW杯で日本サッカーの歴史が変わることを期待し
現地取材に全力を注いでいます


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