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高校野球 “旭川大高”で挑んだ最後の夏 強豪 大阪桐蔭と接戦

野球 2022年8月10日(水) 午後10:19
高校野球 “旭川大高”で挑んだ最後の夏 強豪 大阪桐蔭と接戦

熱戦が続く夏の全国高校野球。ことしの大会で節目を迎えるチームが、5日目に登場しました。北北海道代表の旭川大高校です。

来年の春から校名が変更となる予定で、選手たちは“旭川大高”としての最後の夏に、強い決意をもって臨みました。
(甲子園取材班 高山もえか)

創立は明治31年 夏の甲子園10回出場


旭川大高の歴史は長く、創立は120年以上前の明治31年。
夏の全国高校野球に初出場したのは昭和43年でした。

このときの校名は、前身の「北日本学院大学高校」。

2回目の出場となった昭和55年から、現在の“旭川大高”として出場を重ね、今回が10回目の夏の甲子園です。

OBにはプロ野球の近鉄で、4年連続20本以上のホームランを打ち、いてまえ打線を支えた鈴木貴久さんもいます。


胸には「KYOKUDAIKO」の文字


そして、特徴の1つは、えんじと白を基調としたユニフォーム。

胸の部分には「KYOKUDAIKO」の文字が刻まれています。


節目に勝利を目指す!相手は春の王者


ただ“旭川大高”は、今のユニフォームになってから一度も甲子園で勝ったことがありません。

チームにとって大きな節目となる今大会は、勝利をあげるラストチャンスでしたが、相手は、3回目の春夏連覇を目指す強豪中の強豪、大阪桐蔭高校です。

選手たちは、強い決意を持って挑もうとしていました。

(廣川稜太主将)
「甲子園という舞台で、この名前で勝つという強い気持ちを持って試合に臨みました」


池田翔哉投手「期待に応えることができるよう全力」


(池田翔哉投手)
「旭川大高で挑む最後でしたし、OBの方々も応援してくださっていたので、期待に応えることができるよう全力でプレーしました」


スタンドにはOBの姿も


さらに、スタンドには、かつて同じデザインのユニフォームを着て、甲子園でプレーしたOBも駆けつけていました。

一ノ戸飛馬さん、8番 センターで出場した一ノ戸空生行選手の叔父です。

(一ノ戸飛馬さん)
「このユニフォームで、甲子園で勝利をあげてほしいと、OB全員が試合を待ち望んでいたと思います。グラウンドの選手たちからは、対戦相手の名前負けせず、勝とうとする姿が伝わってきました」


先にリードを奪って


“旭川大高”は、春の王者に臆することなく、積極的に攻撃を仕掛けました。

1回は先頭の近藤伶音選手がセーフティーバントで揺さぶりをかけてつくったチャンスから、犠牲フライで先制点を奪いました。



さらに3回には藤田大輝選手がツーランホームランを打ち、序盤に3点をリードする展開に持ち込んだのです。



叔父が応援に駆けつけた一ノ戸選手も、身長1メートル64センチの小柄な体をたたみ、ストライクゾーンを狭くする独特のフォームで打席に立ちました。

三振3つとバットでは結果を残せませんでしたが、センターの守備では軽快な動きを見せて、リズムをつくりました。


春の王者に食い下がった戦いにスタンドから拍手


“旭川大高”は、中盤以降、大阪桐蔭に底力を見せつけられ、逆転されました。

それでも9回の最後の攻撃では、必死の走塁でつなぎ、満塁のチャンスをつくるなど、あきらめない姿勢を貫きました。

目指していた勝利という結果こそ得られませんでしたが、春の王者を相手に食い下がった戦いぶりに、スタンドからは大きな拍手が送られていました。

(端場雅治監督)
「今回の甲子園出場は、OBの方など周りからとても喜んでもらえ、名前の重みをすごく感じました。勝って恩返しがしたかったです」

(廣川稜太主将)
「校名は変わってしまいますが、伝統は受け継いで欲しいです」



最後の戦いを終えた“旭川大高”。

校名が変わっても、OBや今回出場した選手たちが甲子園にかけてきた思いを、次の世代の選手たちも受け継いで欲しいと感じさせた戦いぶりでした。


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