川崎 長男監禁死亡事件 父親に監禁の罪で有罪判決 横浜地裁

おととし、川崎市の住宅で精神疾患があったとみられる37歳の長男を拘束し、必要な治療も受けさせずに死亡させた罪に問われた父親に対し、横浜地方裁判所は死亡させた罪については無罪とした一方で、「公的支援を受ける機会は何度もあり長期間監禁した行為は悪質だ」として監禁の罪について執行猶予のついた有罪判決を言い渡しました。

川崎市麻生区の横山直樹被告(71)は、おととし、長男の雄一郎さん(37)を4か月間にわたって自宅に監禁したうえ、必要な治療を受けさせず死なせたとして保護責任者遺棄致死と監禁の罪に問われました。
28日の判決で、横浜地方裁判所の足立勉裁判長は「父親が、死亡につながる長男の症状を見ていたという事実は認められないことなどから医師の診察が必要な状態だと認識していたとは言えない」として保護責任者遺棄致死の罪については無罪としました。
一方で「およそ10年の長きにわたり長男の対応にあけくれていたことには同情の余地はあるが、公的支援を受ける機会は何度もあった。長期間監禁した行為は悪質だ」として、監禁の罪については有罪とし懲役3年、執行猶予5年を言い渡しました。
判決のあと、足立裁判長は、父親に対して、「長男が亡くなった事実の重さは変わりません。この不幸な出来事がなぜ起きたのかを考え、残された家族のためにも、今後は人によく相談してものごとを進め、二度と同じ過ちを犯さないようにしてほしい」と語りかけました。

おととし9月、川崎市麻生区の住宅で横山直樹被告の長男、雄一郎さん(37)が死亡しているのが見つかりました。
検察の冒頭陳述などによりますと長男は平成16年の5月ごろから大学に行かなくなり、その後、中退して自宅に引きこもるようになったということです。
平成23年からは自宅の壁を壊したり、両親に暴力を振るったりするようになり、医師からは統合失調症の疑いがあると指摘されました。
父親はこのとき病院に連れて行くことについて区の保健所に相談しますが、担当者が確認のため自宅を訪問することは断り、その後、連絡も取らなかったということです。
このことについて裁判のなかで父親は「家の中は物を壊されて荒れていたので来てほしくないという感覚があったし、長男が暴れたらどうしようかと思った」と説明しました。
おととし5月に長男が衣服を身につけずに外出したことから監禁を始めたということです。
父親はこのとき福祉事務所に相談しましたが、福祉事務所からその後にかかってきた電話に応答することはなく、病院の受診にはつながりませんでした。
そして長男は監禁から4か月後に亡くなりました。
弁護士から「病院について相談しましたか」などと問われると、父親は「病院に行ったとしてもまた暴れたらどうしようとか、新型コロナの感染状況が落ち着いたらにしようと考えた。紹介された病院も調べたが結論を出せなかった。死亡は予想できなかったがかわいそうなことをしてしまい申し訳ないと思う」と述べました。
検察官から「親族や公的なサービスにもっと頼るべきではなかったかと考えませんか」と質問されると、父親は「もっと柔軟な対応をするべきだったと反省している」と述べました。
検察は「医療機関などに相談する機会は幾度とあったが、世間体を気にして監禁し、最低限の対応に終始した。人としての尊厳を奪われたまま死亡させたことは非常に悪質だ」などとして懲役6年を求刑しました。
一方、弁護側は保護責任者遺棄致死の罪について争う姿勢を示し、「監禁は近隣住民に迷惑にならないようやむにやまれず行ったものだ。健康状態を確認しながら一人で懸命に世話をしていた」などと主張して執行猶予のついた判決を求めました。
父親は審理の最後に「もっと面倒を見ていればと反省している」と述べました。

精神障害がある人と家族の問題に詳しい大阪大学の蔭山正子教授は今回の事件の背景について「支援が家庭に入らないために家族が追い詰められてしまうと冷静な判断ができなくなり、自分たちでなんとかするしかないと思ってしまうことがある。監禁して死亡させる今回のようなケースはまれだと考えるが、他人の迷惑をかけないように病院に連れて行かずに自分たちの家で監督することが起きてしまう」と指摘しました。
父親は過去に長男の症状について保健所や福祉事務所に相談していましたが担当者による自宅への訪問については断り、長男を病院に受診させることにはつながりませんでした。
これについて蔭山教授は「保健所が自宅の訪問を申し入れても本人を刺激するという理由で家族が拒否するのはよくあるケースだ。日本は治療につなげる段階の支援が非常に貧弱で、家族でなんとかするしかないとなる。今の仕組みのままではまた同じようなことが起きてしまうと思うので仕組みを変えることが一番大切だと思う」と述べました。
そのうえで「家族だけでなんとかしようとしてもうまくいかない時に次の相談につなげるなど支援を継続することが重要だ。少しでも症状や具合が悪くなったときには支援にあたる専門家が早く自宅を訪問して本人を説得し、治療につなげることが大切だ」と指摘しました。

精神疾患の疑いがある家族を病院に連れて行くことができない人たちを医療につなげようと行政の側から働きかける取り組みも始まっています。
埼玉県所沢市は精神科医や精神保健福祉士などの10人の専門家に委託して精神疾患の疑いがあるものの未受診である人や入退院を繰り返ししている人などの家庭を手分けして訪問しています。
「手を伸ばす」という意味の英語の「アウトリーチ」と呼ばれ、訪問して診察したり、治療の必要性を説明したりして医療機関を受診させることが目的です。
学校や民生委員、それに医療機関などからの情報を市が受け付けて、必要性があれば専門家のチームが訪問するのが特徴で、家族だけで抱え込まないようにしています。
訪問を断られたとしても電話や手紙でコンタクトを継続的に取り、家庭との関係を断ち切らないよう努めているということです。
所沢市は平成27年からこの取り組みを進めていて、これまでに165人の支援にあたり、ことし9月時点で92人の支援を継続しているということです。