山岳カメラマン 平賀淳さん死去 山で滑落 山梨県出身

山梨県出身でエベレストなど国内外の山々の撮影を続けてきた山岳カメラマンの平賀淳さんが今月、アメリカのアラスカ州にある山で滑落し、亡くなりました。
43歳でした。

平賀さんは山梨県甲斐市出身で、家族などによりますと、学生時代に映像や写真を学び、自然を舞台にタイムを競う「アドベンチャーレース」に出場していました。
2007年には、登山家の野口健さんのエベレスト登山にカメラマンとして同行し、登頂の様子を撮影するなど、世界各地の山々の撮影に挑み続けてきました。
また、NHKの番組、「グレートトラバース」をはじめ、数多くのテレビ番組で撮影を担当し、映像を通じて名峰や雄大な自然などを視聴者に伝えてきました。
平賀さんは、撮影のためアメリカのアラスカ州のデナリ国立公園にある山、「ハンター」にチームで登っていて、今月17日にベースキャンプに戻る途中で氷河の割れ目、クレバスに滑落しその後、死亡が確認されたということです。
平賀さんの母親のけ江子さんは「とにかく仕事が好きで、映像で山の魅力を多くの人に伝えたいという思いで仕事をしていました。危険を伴う仕事なのでいつも祈っていましたが、今でも信じられません」と話していました。

山岳カメラマンの平賀淳さんが亡くなったことを受けて、山梨県の韮崎高校山岳部の後輩でその後も親交があったプロトレイルランナーの山本健一さんは「平賀先輩は僕にとって家族同様の存在です。いつも僕の上を行っていて、届かない背中を近くで見させてもらった。タフでどこへ行っても切り抜けてくるだろうと思っていたので、訃報の連絡を受けたときは胸が張り裂けるのはこのことかと思いました」と述べました。
また、去年山梨県の県境を走って1周するチャレンジを平賀さんに撮影してもらったことを振り返りながら、「撮影や記録を残すことにかけていた人で、いいところも悪いところもすべて撮っていました。『何が起こるかわからないから』と言って常に全力でやっている姿が印象的でした。『いつも心配してくれてありがとう。いつか先輩に追いつきたいよ』と伝えたいです」と話していました。

平賀淳さんと、長年、世界各地の山を登ってきたという登山家の野口健さんは、電話インタビューで「20年間一緒に登ってきたので本当に兄弟のようでした。ずっと一緒だったので平賀さんの死は非常に重く、受け止めるのに時間がかかる」と話しました。
また、平賀さんが得意としていたドローンによる撮影について、「日本で活躍している山岳カメラマンの1人だったと思う。どんな仕事でも嫌な顔一つせずに取り組み、山岳カメラマンとしての確かな地位を築いていた」と話していました。
そして、平賀さんが亡くなったことについて、「平賀さんは非常に慎重だったので遭難するというイメージが持てなかった。防ぎようのない事故だったと思います。残された僕らは平賀さんの死を受け止めてこれからも活動を続けていかなくてはいけないと思います」と話していました。