放送制度等に関するNHK意見 NHK information
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国民の保護のための法制の「要旨」に関する意見
 
 平成15年12月11日
 
 
 日本放送協会(以下、「NHK」と言います。)は、先に成立した武力攻撃事態対処法において、指定公共機関の例示のひとつとして掲げられ、指定公共機関に指定された場合、対処措置の実施の責務を負うこととされています。その対処措置の内容は、放送責務を含め、先月21日、政府より公表された国民保護法制の要旨及びその関連文書(以下、「要旨等」と言います。)により、明らかになりました。
 NHKでは、国民の生命・身体等に直結する緊急情報は、迅速、的確に視聴者・国民に伝えることが、公共放送として当然の責務と考えており、要旨等に具体的に盛り込まれた放送責務に関する事項についても、指定公共機関に指定されるかどうかにかかわらず、視聴者・国民に伝わるよう、公共放送として組織を挙げて全力で取り組む方針です。
 同時に、わが国が武力攻撃を受けるというような万一の事態には、多角的な見地から広く情報を収集して放送するとともに、緊急に伝えられた情報が正しかったかどうか、時間をおいてきちんと検証するなど、国民の判断が冷静で誤りのないように総力をあげて取り組むのが、報道機関としての当然の責務であると考えています。このためにも有事に際して、放送事業者の報道の自由や編集の自由が確保されることはきわめて重要であり、これによりNHKとしては、放送の機能を十全に発揮しつつ放送対応を行っていく考えです。
 以上のような観点に立って、次のとおり、要旨等に関し意見を提出しますので、今後の国民保護法案の策定にあたって十分に考慮されることを要望します。

1.国民保護法制によって、放送事業者である指定公共機関に放送責務を課す場合には、放送すべき内容が、この法律の中で必要最小限のものに限定されていることが必要です。

ア.要旨等によりますと、放送事業者である指定公共機関に対し、放送責務を課すことを法律に明記する項目には、(1)対策本部長が発令する警報の内容、(2)都道府県知事による避難の指示の内容、(3)都道府県知事が発令する緊急通報の内容、の三つがあります。
 この場合、放送事業者に、特定の内容の放送責務を課すような立法措置は、憲法や放送法の目的規定に照らし、必要最小限のものに限定することによって、放送の自由、放送の自律との調整が十全に図られることが、理念的に大切なだけでなく、実務的にもたいへん重要です。
 具体的には、(1)国民の生命・身体等に危険が迫っていて(危険の存在)、(2)その危険を回避し又は被害を最小にするため(危険防止の目的)、(3)緊急に放送することが必要である場合に(緊急の必要)、(4)緊急の必要を満たす簡潔かつ最小限の範囲・分量であること(簡潔性)などの一定の条件が、放送責務を課す上で、満たされている必要があると考えます。

イ.この点について、政府は国会答弁などで「国民の安全の確保等、緊急性を要する場合に、速報性という機能に着目して、放送事業者に対して、緊急の必要最小限の報道をしてもらうものであって、政府として報道規制をするとか報道の自由を制限するということはまったく考えていない。」(平成15年5月 参議院武力攻撃事態対処特別委員会 官房長官答弁等)と説明しています。

ウ.しかし、今回公表された要旨等を見ると、こうした放送責務の内容・分量に関する限定が十分ではなく、条文化する場合には、以下のような限定を明記されるよう要望します。
(1)  警報については、武力攻撃事態対処法で、「国民の生命、身体及び財産を保護する」等の目的で発令するものとされていますが、要旨等では、具体的にどのような時に発する、どのような種類のものであるかについて何も規定はありません。放送責務を課すのであれば、最低限、その場合の警報の発令には「国民の生命、身体及び財産を保護するために緊急の必要があると認めるとき」といった限定が必要であると思います。
(2)  事態がより進展したあとの緊急通報については、放送責務を課すのであれば、その発令には、例えば「武力攻撃災害の拡大によって住民の生命及び身体に危険が及ぶおそれがある場合に、その危険を防止するため緊急の必要があるとき」など、具体的な危険を要件とした限定をすべきです。
 また、武力攻撃災害の発生前の緊急通報の発令については、危険の性格が武力攻撃災害発生後とはおのずと異なることから、まず警報とどのような関係になるのか、具体的な想定を明確にされることを要望します。
(3) 警報、緊急通報に避難の指示を加えた三つの緊急情報の内容についてはいずれも、視聴者に確実かつ速やかに伝わるよう、できるだけ簡潔なものにすることが重要です。法令上も、対策本部長や都道府県知事の発令の内容が簡潔なものとなるための措置を要望します。

2.放送事業者にどのような役割を期待をするのか、放送の業務の実態や機能を踏まえたうえで、現実的な想定を置く必要があります。

ア.高度情報社会の現代においては、いったん有事となれば、放送機関には、さまざまなルートで映像情報をはじめ多くの情報が一斉に洪水のように入ってきます。何より、メディアが現地から直接収集するこれらの情報については、国民に一刻も早く伝えることがたいへん重要です。
 放送時間等の制約のある中で、法律によって、いたずらに広く行政情報の放送を義務づければ、硬直的な対応によって、一刻を争う有事報道が円滑に実施できなかったり、必要な情報が行きわたらなくなったりしかねません。また事態の進展に追いつけずに遅れた情報となってしまったり、かえって生かすべき放送の機能を損なってしまうといった、さまざまな心配が出てきます。

イ.例えば、避難の指示の内容に関する放送責務の規定です。  避難の指示は、もちろん住民の生命にも関わる重大なものであり、NHKは全力を挙げて伝える努力をするのが当然だと考えています。
 しかし、今回の要旨等によれば、その内容は「住民の避難が必要な地域及び住民の避難先となる地域」「住民の避難に関して関係機関が講ずべき措置の概要」「主要な避難の経路、避難のための交通手段その他の避難の方法」と多岐にわたり、対象範囲や状況によっては、その分量が膨大になる可能性があります。
 こうした場合、避難の指示が出たという事実と概要、それに住民が詳細な内容を知ることのできる問い合わせ先などがあれば、放送では、そのことを繰り返し簡潔に伝えることが、より緊急に必要かつ有効な場合もあると思われます。それぞれの住民から見ますと、大切なことは、自分や家族が避難しなければならない地域にいるのかどうか、いるのであればどこに避難すべきなのか、具体的にはどう行動すればいいのか、といった個別の情報です。放送では、情報の量が多くなると、この中から特定の必要な情報をすばやく見つけ出すことが容易ではありません。避難の指示の内容については、行政機関が自ら、責任をもって住民に伝達する体制を敷くことが第一に重要だと思います。

ウ.また、例えば、避難の指示が複数の都道府県にまたがり、広域圏で放送するような場合には、情報の交通整理がたいへん重要です。情報の中から共通な項目を抜き出したり、要約したり、優先順位を付けて並べ替えたり、優先順位の低い情報を省略したり、判りやすい表現に直したり、といった編集機能は、効率よく情報が伝わるために欠かせません。NHKでは、災害報道などで、日頃から行っていることですが、結局、大切なことは、国民に伝達されることが望ましい情報だからといって、これを法制の枠組みの中で漏れなく手続き的に保障しようとするのではなく、まず、個々のメディアの総合的な編集機能、情報の調整機能に必要な情報伝達を委ねて、国民の受け取る情報の質と量とを確保することが、確実で賢明な方法と思われます。

エ.こうした実務的な面からも表現の自由や編集権の尊重は大切で、住民の避難の指示の内容に関する放送責務の規定については、放送がその機能を十分に発揮できるよう、放送事業者の編集の自由が担保されることを強く要望します。

3.有事の報道は、独立した放送機関により公正に行われているという視聴者・国民の信頼が不可欠です。

ア.指定公共機関制度は、指定公共機関が、国や地方公共団体の指示を受けて、措置の実施を強制されるような制度ではなく、指定公共機関が、あくまで直接、法律の規定に基づいて、その業務について、自主的な判断で措置を実施する制度と位置付けられています。

イ.このことを考えれば、放送事業者である指定公共機関が、その業務計画を作成する時にも、業務計画が自主的に作成されているという視聴者・国民の信頼が重要です。業務計画作成の際の内閣総理大臣への協議義務の規定については、報道の自由に対する疑念が、視聴者・国民の間に生ずることのないよう、災害対策基本法の防災業務計画の規定に準じて、報告義務に留めるなど、十分に配慮すべきであると考えます。
 また、政府は、その基本指針の中で、業務計画の作成の基準となるべき事項を定めることとなっています。この基準によって、法律に個別具体的に明記される放送責務を超えた放送責務が新たに課されることはないことを、明確にされるよう要望します。

ウ.要旨等によれば、都道府県知事は、指定公共機関に対し国民の保護のための措置の実施を要請できることになっています。この規定によって、放送事業者である指定公共機関がその業務計画の作成に当たって、法律に個別具体的に明記される放送責務を超えた放送責務を負うことはないことを、確認しておきたいと思います。

4.被災情報の収集等について

ア.要旨等によれば、指定公共機関は、被災情報を収集し、対策本部長に報告しなければならないことになっていますが、「被災情報」の指している内容が定かではありません。放送事業者である指定公共機関は、自らの被害ではない、第三者の被害状況の情報や集計された被災情報を取材業務として収集しますが、これらは自ら報道する目的で収集するものであり、仮にも、その収集結果に報告義務を課すということであると、報道機関の取材の自由を確保する観点からたいへん問題です。放送事業者である指定公共機関については、ここでいう「被災情報」は、自らの管理する施設、設備の被害、及び人的被害に関する情報を指すことを明確にされるよう要望します。 5.職員派遣要請等について

ア.要旨等によれば、指定公共機関は、都道府県知事等から、職員派遣の要請又はあっせんがあったときは、事務の遂行に著しい支障のない限り、派遣しなければならないことになっています。この職員派遣の規定は、派遣された職員が行政上の事務に従事することが前提となっており、要請先の指定公共機関についても、行政を代行する機関に限定すべきです。
 また、要旨等では、要請又はあっせんに基づいて派遣された職員の従事する業務に限定がありませんが、職員派遣の要請又はあっせんの目的は、法律の条文上も明確にする必要があると考えます。
以上
 
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