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会社からの非常口 用意します

退職の意向を本人に代わって会社に伝える「退職代行サービス」が少し前からネット上で話題になっています。「気持ちはわかるけど、そこまで必要?」と思いながら取材をすると、会社を辞めるに辞められず、心身ともにすり減らす人たちがいました。会社からの「非常口」を用意する、時代が生んだビジネスです。(ネットワーク報道部記者 大石理恵)

正社員5万円 アルバイト4万円

「退職代行」がネット上で話題になっていると知ったのは8月下旬のこと。

ツイッターには驚きの声に加え、知人などが体験したという声も相次いでいました。

「すげえ!退職代行なんてあるのか!」
「会社で退職代行使った人がいて そのおかげでパワハラ上司が今、気持ち悪いくらい優しいらしいよ」
「それだけ皆さん退職するのに苦労してるってことだよね」

話題になっていたのは退職代行サービス「EXIT」で、サイトに書かれた手続きはいたって簡単でした。いつ退職したいかなど希望を伝えたうえで、正社員なら5万円、アルバイトなら4万円の費用を振り込みます。

すると退職する意思の連絡を代行してもらえ、上司と話さなくても辞められるというのです。

退職に会社の承認はいりません

そもそも、退職に会社側の承認は不要です。民法では、期間の定めのない雇用契約については、解約の申し入れ後、2週間で終了することとなっています。辞めるのは働く者にある権利なのです。

それでもなぜ退職代行サービスの需要があるのか、まず利用者に話を聞きました。

重労働にセクハラ「笑ってやり過ごして」

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話を聞かせてくれたのは、大阪に住む29歳の女性。ことし7月、4か月勤めた介護関係の会社を前述の退職代行サービスに依頼して辞めました。

女性は週5日、パートとしてデイサービスで高齢者の入浴介助などに携わっていました。

夏場の大浴場で、何人もの高齢者を入浴させる作業は体にこたえました。

利用者に体を触られる、抱きつかれるといったセクハラも受けたといいます。

上司に相談しても、笑ってやり過ごすよう言われたそうです。

「入社してすぐ、ここを選ばなければよかったと思いました。ただ、介護の業界はどこも人手不足だと聞いていたので、すぐに辞めたいと言いづらい状況でした。キツイのはきっと慣れてないからだと自分に言い聞かせました」

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辞めたい 辞められない

それでも「辞めたい」という気持ちはくすぶり続け、ネットの相談サイトに「仕事辞めたい」と試しに打ち込んでみました。

すると「勤めて1か月で辞めるのは早い」という答えが書き込まれていました。

ある日、同僚2人が立て続けに退職。

「先を越された」「いま退職したら、さらに人手不足が進み、周りに申し訳ない気がする」

2つの思いが心の中でぐるぐると回り続けました。

そんな時にネット上で見つけたのが退職代行サービスですが、なんか怪しいと思い手を出せませんでした。

するとまもなく、体に変調をきたすようになりました。

仕事中にめまいがするようになり、病院に行くと「自律神経失調症」と診断されました。

もう限界

「もう限界」

そう感じた女性は業者に退職代行を依頼しました。

連絡に使ったLINEには、次のような記録が残っています。

「明日の8時半出勤なのですが、もう出勤することもままならない精神状態です。明日出勤せずに退職することは可能でしょうか。ちなみに明日出勤してもらわないと困ると電話がかかってきました」

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翌朝8時。業者が会社に退職の電話を入れ、そのわずか30分後には、女性のもとに「退職できた」と連絡が入りました。あっけない幕切れでした。

その後、医療関係の新しい仕事を見つけた女性は、あの時、退職代行に頼んでよかったと振り返ります。

「人手が足りない中ですぐに辞めたいと言えば、会社に訴えられるかもしれないとまで思い詰めていました。もう精神状態は限界でした。4万円で解放されるなら安いと思いました」

アイデアの源は自身の体験

女性が連絡を依頼した会社は、去年、設立されました。

実は、代表の新野俊幸さん(28)も、かつて勤めた会社で似たような経験をしていました。最初に勤めたIT企業で退職の意志を伝えた際には、何人もの上司や人事担当者から「君を採用するために1000万円かかったのに」「甘いよあんた」などと高圧的とも言える引き留めが続いたそうです。両親からも「最低3年は続けたほうがいい」と大反対され、ふさぎ込んだといいます。

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新野俊幸さん

2社目を辞める時には「頑張ると言っていたのに辞めるなんて意味がわからない」「次は逃げるなよ」などと言われました。

こうした体験が代行サービスのアイデアにつながったそうです。

労働者と会社は対等な関係

このアイデアは、もう1人の対極的な考えを持つ人物によって具体化しました。

会社のもう1人の代表、岡崎雄一郎さん(29)です。小学校時代の同級生ですが、アメリカの州立大学に進学。帰国後は解体工や大工として働き、新宿・歌舞伎町のキャバクラでも働いたユニークな経歴の持ち主です。

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岡崎雄一郎さん

岡崎さんには、企業に勤めた経験はありませんが、新野さんの体験を聞き、働く人がもっと気楽に辞められるようになればいいのにと感じたといいます。

「僕は『お世話になった会社』という言葉が嫌いなんです。労働者は一方的に会社にお世話になっているわけではなく、あくまで労働力を提供してその対価にお金を受け取っているだけです。会社側も労働者にお世話になっている、労働者と会社は対等なんです」

追い込まれた人の「非常口」に

退職代行サービスで、新野さんたちが依頼者の意向を会社側に伝えると、担当者の中には怒り出す人もいます。そして「人が足りないのに」「無責任だ」などと個人を責めたてるほか、「おまえが代わりに働け」と迫る人も。それでも「本人が会社に行けない」と言っていることを繰り返し伝えると、退職手続きに応じるそうです。

「日本で会社を辞めることは、『周囲に迷惑をかける自分勝手なこと』『仕事を続けることができないことは恥である』という考えがまだまだ根強い。コミュニケーションがとれない上司の下や、いわゆるブラック企業で働いていた場合、辞めたいと思い悩んでも相談する相手すらいないんです。僕らはそうして追い込まれた人たちの“非常口”になりたいんです」(新野さん)

代行サービス続々と…

今、ネットを検索するといろいろな退職代行サービスの業者が見つかります。

都内の弁護士、小澤亜季子さんもことし8月に退職代行サービスをスタート。未払いの残業代やパワハラがあった場合の慰謝料の請求など、弁護士ならではのより高度な法律事務が行えるのが特徴で、毎日のように、LINEやメール、電話で相談が寄せられています。

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小澤亜季子さん

その背景として小澤さんが指摘するのが、深刻な人手不足。退職時に会社から引き留められるケースが増えたのではないかと言います。

厚生労働省では、各地の労働局で受けた自己都合退職に関する相談件数をまとめています。これは働く人がみずから退職を申し出た際などに起きたトラブルの相談件数で、平成29年度に3万8900件を超え、ここ10年で2倍余りに増加しています。この中には「辞めたいのに辞めさせてもらえない」「代わりの人を自分で探してくれと言われた」といった相談が含まれています。

外国人はどう見たか

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退職代行のサービスは、外国人からも注目されています。

「面倒な退職のストレスを取り除く新ビジネス」という見出しで紹介しているのはジャパンタイムズの記事。アメリカのラジオ局でもこの記事が紹介され、ツイッターにはさまざまな感想が書き込まれています。

「450ドルでこの日本の会社は退職を代行するらしい、おかしいと同時に悲しいと思わないか?」
「サービスを利用した人の経歴にキズをつけることになるのではないか?」

取材したアメリカ人のアレックス・マーティン記者は、次のように分析しています。

「転職によるスキルアップが定着している欧米人から見ると会社を辞めたくても辞められない日本の労働環境は奇異に映る。退職代行サービスが生まれた背景には、『karōshi』という言葉を生み出した国ならではの行き過ぎた仕事文化があるように感じます」

“雇用関係”は変わるのか…

すい星のように現れた退職代行サービスは、日本の雇用関係の在り方を変革して、やがて役割を終えるのか。それとも遠慮がちな日本の労働者を支援するサービスとして根付くのか。実は退職代行サービスを去年始めた新野さんたちのもとには、すでに海外の投資家から投資の話が舞い込んでいるそうです。

大石 理恵
ネットワーク報道部記者
大石 理恵