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「みんな仲よく」の重圧にさよなら

今から10年前、学校での友だちづきあいに悩んでいた1人の少女に、父親が1冊の本をプレゼントした。社会学者だった父親は、娘のため、そして同じ境遇の子どもたちのために、この本を書き上げた。


つらいならクラスメートといったん距離をとってみよう
友だちと100%わかり合おうなんて思わなくていい


突き放したようにも聞こえるが、現実的な対処のしかたを優しく説いている。タイトルは「友だち幻想」。娘を気遣う父親の思いが原点だったこの本が、今、人づきあいに悩む人たちの“処方箋”として注目を集めている。(科学文化部記者 国枝拓)

友だちは大切だけど

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「みんな仲良く」 そうした発想から解放されなければならない

「友だち幻想」は、こう宣言する。違和感を感じる人もいるだろう。なぜなら、多くの人はこれまで、先生や親などから「みんな仲よく」するように繰り返し言われてきたからだ。私もその1人だった。クラスメートの誰とでも親しい間柄にならなければならないと思い、それがあるべき姿だと信じてきた。

ところが「友だち幻想」は、この“常識”をあっさり否定する。誰とも仲よくなんて無理なんだから、うまくやりすごす方策を探ろうと、まじめに主張する。

著者は、宮城教育大学の教授だった菅野仁さん。コミュニケーション論などを専門に長く教壇に立ったが、2年前、56歳の若さで他界した。

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菅野さんは、当時小学生だった長女が友だちづきあいに悩んでいたことをきっかけにこの本を書き上げ、平成20年に中高生向けの新書として出版した。難解な表現を避け、イラストを交えながら、悩める子どもたちにメッセージを発している。

友だちは大切だとしながらも、「100%自分を理解してくれる友だちはいない」ため「時には距離を取ってもいい」。そして「苦手な相手ともうまくつきあっていく作法を身につけるべき」と優しく諭す。

時代が本を求めるように

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「友だち幻想」は、ことしに入って著名な学者やタレントがさまざまなメディアで紹介し、売れ行きが急増。数年前までの販売数は月100冊前後だったが、春以降は月数万冊という状況が続き、発行部数は30万部を突破した。

出版元の筑摩書房によると、時代の局面を切り取る「新書」が10年の時を経てここまで売れるのは異例だという。販売担当の出町亮さんは、「もともと10代、20代の学生を中心に読まれていたが、近年はサラリーマンや主婦などを含む幅広い世代に読まれている傾向がある」と指摘。そのうえで「SNSの浸透で、人と人とがより密接につながる一方、相手との距離感覚がつかみにくく、人間関係が複雑になっている。そこにプレッシャーを感じている人の心にこの本が響くようになったのではないか」と分析する。時代が本を求めるようになったというのだ。

現代っ子たちの苦悩は

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東京・新宿の成城中学校は、ことし6月、この本を課題図書に選んだ。3年生280人がこの本を読んで感想文を提出。そこには現代っ子ならではの悩みがつづられていた。

「相手に反応をすぐ返さないといけないと思い、スマホを持ってしまう」
「LINEの返信やら本当はやりたくないこともやったりしていました」


この本は、スマートフォンもSNSも普及していない10年前に書かれたが、生徒たちは著者の指摘を自分の境遇に置き換えて解釈していた。

担当の岡本拓也先生は次のように話す。「友だちに『ごめんね』をSNSでしか伝えられない子どももいて、相手に思いが届かずに自分を追い込んでしまった例もある。人とのつながりに悩んでいた子たちにメッセージがすんなり入ったようです」

取り戻した距離感

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この本を読んだことで心の持ちようが変わったという生徒を取材することができた。この学校の3年生、佐々木高寛君は、SNSを介した友だちづきあいを重荷に感じていた頃の心境を感想文につづった。

佐々木君は入学当時、友だちの輪に入るため、クラスメートの間で流行していたスマホのゲームを始めた。チームを作り、オンラインで遊ぶゲームだったため、帰宅後に、約束の時間にスマホを操作しなければならないことに息苦しさを感じるようになっていった。当時の様子を次のように語ってくれた。

「ゲームをやめるとグループから外されるんじゃないかといつも不安でした。不安になった日の翌朝は、友だちにすごく優しくするんです。そうやって友だちに奉仕して、関係を無理矢理にでもうまくつなごうとしていました。いつの間にか友だちづきあいに疲れてしまっていましたね」

一時は登校するのが嫌になるほど悩んだ佐々木君だったが、「友だち幻想」の次の言葉に、はっとさせられたという。

友だちが大切、でも友だちとの関係を重苦しく感じてしまう

「『あれ、俺じゃね?』と思いました。親友というのは密接で、一緒にいてずっと楽しいものだと思っていました。でも親友にはいろんな形があってよくて、自分が思い描いていたのは幻想だとはっきり言ってくれたことに驚がくしました。自然な距離感が出来上がっているというのが本当の友だちなのかなと、今は思います」

自分が心地よいと思う距離感をとっていいと気づいたあと、佐々木君が抱えていた悩みはなくなったそうだ。

かばんの中の初版本

菅野さんが亡くなって2年。自宅の書斎は以前のままで、大量の本や趣味のギターが置かれたままになっている。

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愛用のかばんには、表紙がすり切れるほど年季が入った「友だち幻想」の初版本が。強調したいメッセージには傍線が引かれ、余白の至る所にさまざまな言葉が書き留められていた。

妻の順子さんによると、菅野さんはこの初版本をいつも持ち歩き、大学の授業や一般向けの講演などで活用しながら、時代の変化に応じたメッセージを発信するために模索していたという。

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「あの本を書いたから終わりではなく、何度も何度も読み返しながら、今の人たちにどう受け止められているだろうかといつも考えている感じはありました。自分の文章を通して何か力になりたいという思いが強くあったようです」

よりよい関係を築くには

菅野さんは、子どもたちに「仲よくするな」と言っているわけではない。むしろ多感な子どもたちがよりよい関係を築くために、他者との距離感や、程よいつきあい方を見つけ出すことが大切だと提案している。

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私たち大人は、さまざまな経験を経て、いつの間にかこうした対処法を身につけている。しかし子どもたちは、「みんな仲よく」というかけ声のもと、必要以上に悩み、自分を追い込んでいるのではないだろうか。いや、大人でさえ無意識のうちにこの呪縛にとらわれて傷つき、生きづらさを感じていないか。この本はそんな気づきを与えてくれる。菅野さんは、人づきあいに悩むすべての人に呼びかける。

当然のことですが、気の合わない人間とも出会います。そんな時に並存できることが大切なんです。

人はどんなに親しくなっても他者なんだということを意識した上での信頼感のようなものを作っていかなくてはならないのです。

菅野さんは、「友だち幻想」が注目を集める前に亡くなった。しかし彼が残したメッセージは、つながり依存が強まりゆく社会の中で、これからも多くの人の心に響くことだろう。

国枝 拓
科学文化部記者
国枝 拓