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決死の消防ドライブレコーダー

フロントガラスをたたきつける猛烈な雨に、川のようになった山道。「危ねえな」「行かれん、行かれん!」「端に寄れよ、怖っ!」。これらは先月、九州北部豪雨に襲われた大分県日田市で、救助現場に向かう消防車の車載カメラに記録されていた映像と音声です。今回、NHKが独自に入手しました。これらの記録から見えてきたのは、救助のプロの想像さえも超えた今回の豪雨災害の過酷な現場でした。(大分放送局・吉田幸史記者)

公開をためらった映像

先月5日、九州北部を襲った記録的な豪雨。大分県日田市では、レーダーによる解析で午後7時までのわずか3時間におよそ300ミリもの雨が降ったと見られ、山あいの地区で河川の氾濫や土砂崩れが相次いで大きな被害をもたらしました。

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あの時、現場は一体、どんな状況だったのか。 日頃、警察や消防の取材を担当する私は、救助に当たった消防隊が何か映像を残していないだろうかと考え、日田玖珠消防本部の幹部を訪ねました。
すると、あの日、出動した10台の車両のうち1台の消防車にドライブレコーダーが搭載されていたことがわかりました。
ぜひ、提供してほしいと申し入れましたが、幹部は当初、強い難色を示します。映像には、身の危険を感じ、ひるむような隊員たちの様子が記録されていたからだと言うのです。

私は諦めず、何度も幹部や隊員たちのもとに足を運び、「救助のプロでさえ、恐怖を感じるほどの過酷な災害だったことを伝えることには、大きな意味があるのではないか」と粘り強く説得しました。

その結果、映像や無線の録音、それに活動報告書などを提供してもらうことができました。さらに、救助に当たった隊員たちや、危機一髪で助け出された住民たちからも証言を得た結果、現場の状況の一端が明らかになりました。

目を疑う光景が

あの日、日田市の中心部にある消防本部に最初の救助要請の通報が入ったのは午後3時18分でした。10キロ以上離れた市北部の山あいにある上宮町で「川が増水して橋を渡れなくなった人がいる」という内容でした。これを受け、1台の救助工作車が出動しました。
しかし、午後4時すぎ、幹線道路の国道を通って上宮町の手前にある大肥本町までたどり着いた救助隊員たちは目を疑う光景に出くわします。

JRの線路をまたぐ陸橋の上にさしかかると、その先が道路はおろか、集落全体が冠水し、住宅の1階部分が水につかっていたのです。近くを流れる大肥川が増水し、氾濫したためでした。先に進めず、ぼう然とする隊員たち。それもつかの間、眼下の濁流の中に取り残され、助けを求める人たちの存在に気付き、急ぎ救助を開始しました。

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緊迫の車内

一方、消防本部では、最初に救助要請があった上宮町に、なんとか別のルートで入れないかと考えます。
午後5時すぎ、市街地を巡回していた1台の消防車に対し、山の中の裏道を通って上宮町に向かうよう指示が出されました。あの唯一、ドライブレコーダーが搭載されていた車です。

運転していたのは消防士の大木恭佑(26)さん。同乗する4人の隊員とともに、上宮町を目指しました。車1台がやっと通れるほどの細い山の中の道を進んでいくと、灰色の雲に覆われた空から横殴りの雨が打ちつけ、時折、稲妻が走ります。道路脇の崖からは雨水が滝のように流れてきて、道が川のようになっていました。

「こっち側に寄って!」「やべーな」「怖っ」「ここ怖いっすよ」

緊張が走る車内。大木さんは当時を振り返り、「道が川のようになり、道幅が分からず、怖かった。端の溝にはまったら大変なので、ひたすら真ん中あたりを走るよう意識を集中した」と語りました。
道には時折、斜面から大きな石も流れ落ちてくるため、そのつど、スピードを落として慎重に進みました。

「行けますかね?ここ、怖いっすよ」「左、気を付けて!」「まっすぐ行っていいすか?」「ギアをローにして行け!」「行っていいっすか?」「行くしかねえ!」。

緊迫したやり取りが続きました。

次々と迫る危機

決死の思いで上宮町を目指す中、残り1キロを切ったところで、前方に何本もの流木や土砂が行く手を阻んでいるのが見えました。

「路肩が決壊している。もう、これ以上行かれん」「下がれ、下がれ、急げ」。大木さんは慌てて車をバックさせ、なんとかUターン。来た道をに引き返しました。しかし、数百メートル戻ったところでも崖崩れが起き、先に進めなくなっていました。完全な立往生でした。

それでも、大木さんたちは「救助を待つ人の元に行こう」と、その場に消防車を乗り捨てて、歩いて上宮町を目指すことを決意します。
ところが、歩き始めたやさき、事態はさらに急変します。ごう音とともに、すぐそばの山で大きな土砂崩れが起きるのが見えたのです。

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後日、NHKのヘリコプターが上空から撮影した映像を見ると、消防車のすぐそばまで大量の土砂が迫っていたことがわかりました。

大木さんたちはやむなく、上宮町に向かうことを断念。暗闇の中、ひざまで泥にはまりながら必死にその場を離れ、とりあえず、開けた場所を目指して暗い山道を歩き続けました。

当時の心境について、大木さんは「次に何が起こるか、またいつ土砂崩れが起きるかも分からない状況だった。自分たちも巻き込まれる可能性があったため、怖かったです」と率直に語っています。

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困難な救出劇 濁流の中に2時間も

大木さんたちが危機的な状況に直面していたころ、大肥本町の浸水現場でも、困難な救助活動が続けられていました。
およそ20人の隊員が相次いで駆けつけましたが、住民から「あそこの家に取り残された家族を助けて」「あそこにも」と次々と声をかけられ、混乱状態にありました。激しい雨音で隣の人との会話もままならず、現場の状況の把握に手間取ったからです。さらに、濁流に阻まれて思うように近づけず、隊員たちはもどかしさを感じつつ懸命に救出に当たりました。

そうした活動の様子は、消防が撮影した記録写真に収められていました。
その中に、腰まで水につかりながら、自宅の軒下の雨どいに必死にしがみつく女性の姿がありました。陸橋のそばの家に住む半田ヤサ子さん(80)です。半田さんは午後3時すぎ、犬の様子を見ようと外に出たところ、濁流が押し寄せてきて身動きできなくなりました。

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そのまま待つこと、2時間余り。ようやく救助隊が到着し、陸橋の上から半田さんに向かって、浮き輪を結びつけたロープを投げました。続いて隊員の1人がロープをたどって半田さんの元にたどり着き、最後は2階のベランダからはしご車を使って助け出しました。半田さんは「もう無我夢中で何がなんだか分かりませんでした。娘と再会できた時はホッとしました」と振り返ります。

2階に逃れて九死に一生

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屋根の上で救助を待ち続けた人もいます。江田泉さん(50)は5日の午後、妻と両親と自宅で過ごしていました。午後3時15分に市から避難勧告が出され、しばらくして外を見てみると、用水路から水がすごい勢いであふれているのに気付きます。「まずい」と思い、寝たきりの母親を車で安全な場所に移そうと考え、玄関を出たところ、すでに膝ぐらいまで真っ黒な水が上がってきていました。慌てて母親を抱えて2階に逃れましたが、1階はあっという間にほぼ水没。助けを呼ぼうと屋根の上に上がりました。 その後、救助隊に陸橋からはしごを渡してもらい、無事に救出。江田さんは「もし無理に避難していたら、あの速さの濁流なので、足を取られて流され、全員死んでいたかもしれない。命からがらです。危機感が足りず、避難するのが遅かったと反省しています」と振り返りました。

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ついに合流

難航する救助活動は、深夜におよびました。そこに、日付が変わるころ、新たな救助隊が合流します。立往生した車を乗り捨てて歩いてきた大木さんたち5人です。2キロほどの道のりを6時間近くかけて歩き、偶然、消防車の赤色灯を目にして駆け寄ってきたのです。「合流できた時は正直、ほっとしました」。そう語る大木さんたちも加わり、救助は夜通し行われました。
結局、翌朝までに、日田玖珠消防本部の救助隊によって、子どもから高齢者まで39人が助け出されました。

状況が一変する怖さ

取材を通じて、強く印象に残ったことがあります。中山間地の集中豪雨では、ごくわずかな時間で状況が一変してしまうということです。濁流の中に取り残された人たちは取材に対し、「気がついたら目の前の道路が川になっていた」などと口々に証言しました。「冠水するほどの雨は降っていなかったのに」と話す住民もいましたが、数キロ上流の福岡県東峰村では同じ時間帯、猛烈な雨が降っていました。これが下流の大肥本町で川が氾濫する一因になったと見られています。
また、事態を把握し切れなかったのは消防や行政も同じです。5日、消防本部がある市の中心部では、昼過ぎに一時、やや強い雨が降っただけで、午後3時ごろまで、大した雨になりませんでした。このため、現場を指揮した消防司令の須賀利正さんは、「ここまでの豪雨になっていると想像していませんでした。来てみて初めて、うわ、すごいなという状況だった。市街地から一山越えただけなのに、これほど違うんだなと思いました」と振り返っています。

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“自助”の意識を

こうした経験を踏まえ、日田玖珠消防本部がまとめた活動報告書では、次のような総括が行われています。
「(消防は)日田市全体の情報は得ていても、刻々と変化し、限られた場所に発生している集中豪雨の状況をすべて把握することは不可能なことです」「こうした状況下では、やはり一番重要となってくるのが、地域ごとの自助、共助ではないでしょうか」「地域ごとに危険度を判断し、地域ごとに早め早めの災害対応を行っていくことが必要なのです」。
被害が大規模で、かつ局地的に状況が急変する豪雨災害では、消防の対応力には限界があります。それを肝に銘じて、住民一人一人がこまめに情報を収集し、早め早めの避難などの対応を心がけることが欠かせない。今回の災害は改めて、そのことを私たちに教えてくれているのだと思いました。

吉田幸史
大分放送局
吉田幸史 記者