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月面走破へ! HAKUTOの挑戦

地球から38万キロのかなたにある月面を目指す、人類初のレースが、今刻々と進行しています。アメリカのIT企業、グーグルなどが開く月面探査レース。ローバーと呼ばれる無人の探査機を月面に送り込み、500メートル以上走行させて、映像や画像を地球に送れるかを競います。参加するのは国ではなく、すべて民間のチームです。
日本から参加しているのは、チーム・HAKUTO(ハクト)。中心メンバーの多くは30代で、ある者は安定した仕事を捨て、ある者は私財を投げ打って参加しています。打ち上げ期限はことしいっぱい。各チームとも、開発は大詰めを迎えています。壮大なレースにかける若者たちの挑戦を追いました。

過酷な環境の月面

月面は、日中は100度に達し、夜間はマイナス150度以下に下がる大きな温度差があるほか、宇宙からの強い放射線が飛び交っています。また、地形は起伏に富み、パウダー状の砂地と岩場が入り交じっています。 月面でローバーを走らせるためには、こうした過酷な環境への耐久性と、複雑な地形を走る高い走行性能が求められます。

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また、月面では、ローバーは1度でも横転したり岩に衝突したりすれば、二度と動けなくなるおそれがあります。このため、38万キロ離れた地球から的確に遠隔操作できる高い通信技術も求められます。

ローバー開発は最終段階

日本のチーム、HAKUTOは、東京・港区にある宇宙関連のベンチャー企業を拠点にしています。中心メンバーの多くは30代で、ソフトウエアの開発者や元自動車メーカーの技術者など、国内外からおよそ100人が参加しています。

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過酷な月面に挑むローバーの開発は今、最終段階を迎えています。“ほぼ完成形”という最新型は、全長が58センチ、重さはおよそ4キロ。ボディーには、軽くて頑丈なカーボン素材が使われているほか、5つのカメラが取り付けられ、360度の映像が見られる仕組みです。

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2000を超える部品のうち、およそ7割に身近にある民生品を使い、製作費を抑えています。また、砂地でも地面をとらえられるよう、車輪は、羽根車のような形になっているほか、表面には、強い太陽光を遮断するための特殊な塗装が施されています。

宇宙ビジネスへの一歩として

HAKUTOの代表を務めるのは、袴田武史さん(37)は、宇宙ベンチャーの社長でもあります。宇宙でのビジネスの第一歩として今回の月面探査レースへの参加を決意しました。

袴田さんは「宇宙の魅力は、まだ産業がないこと。宇宙での資源開発を実現することで、宇宙に経済を作り、人間が宇宙に生活圏を築ける世界を作りたい」と大きな目標を語ります。

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原点は、アメリカ留学での体験。「優れた先端技術もビジネスにならなければ意味がない」という考え方に触れたことでした。袴田さんが数人の仲間とローバーの開発を始めたのは7年前。最初は、斜面での走行を苦手とするなど、過酷な月面を目指すレベルではありませんでした。

その後、東北大学のロボット研究室を拠点に、開発が本格化。モデルチェンジを重ね、走行性や耐熱性など、月面探査に必要な性能を高めていきました。月面に向かうためには、10億円以上の資金も必要になりますが、HAKUTOの挑戦が知られるようになると、30近い企業が資金や技術の提供を申し出ました。

どうやって月に?

レースに挑むには、ローバーの開発以外にもう1つ、重要な課題があります。月までの輸送手段の確保です。ロケットや月着陸船を持たないHAKUTOは、レースに参加する海外のチームにお金を払い、相乗りをさせてもらう必要があります。

2年前、HAKUTOは、月着陸船を持つアメリカのチーム、アストロボティックとの間で、ローバーを月に運んでもらう契約を結びました。アストロボティックは、宇宙に物資を運ぶビジネスを目指して、アメリカのピッツバーグに設立されたベンチャー企業です。

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月着陸船には、輸送だけでなく、地球からの指令をローバーに中継する、極めて重要な役割があります。
HAKUTOのメンバーはピッツバーグを訪れて、アストロボティックの月着陸船と、HAKUTOのローバーとの間で通信テストを実施。ローバーを遠隔操作できたほか、ローバーが撮影した映像もクリアに送られ、打ち上げに向けた準備は順調に進みました。

最大の危機

ところが、去年12月、そのアストロボティックが衝撃の発表を行います。「ビジネスを優先させたい」などとしてレースから撤退するというのです。
打ち上げの期限まで、あと1年に迫る中、月へ向かう方法はほかにないのか。袴田さんは、あらゆる可能性を探りました。

その中で、月着陸船を持つインドのチームインダスに相乗りさせてほしいと願い出たところ、前向きな反応を得られました。ただ、チームインダスから提示された費用はアストロボティックよりも高額で、開発費を含め、新たに1億円を超える出費が発生します。
それでも、袴田さんは、ここで諦めるわけにはいかないと、チームインダスとの契約を決断しました。

インド機への乗り換えで…

しかし、チームインダスへの乗り換えに伴って、ある問題が発生しました。チームインダスがどのような通信システムを採用しているのか、何度問い合わせても情報を得られないのです。

通信担当の清水敏郎さん(38)は、打ち上げ期限まであと9か月と迫ったことし3月、インド南部のベンガルールにあるチームインダスの開発拠点を訪れました。チームインダスの開発者と面会した清水さんは、HAKUTOが独自に開発した通信用のソフトウエアがチームインダスの月着陸船でも使えるのか、たずねました。

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これに対し、チームインダスの開発者は、回答を渋ったうえで、次のように話しました。「例えば初対面の人に個人情報が詰まった携帯電話をいきなり渡すことはしないでしょう。それと同じで、仲よくやるためには、まずは握手から始めようじゃないか」
清水さんが「もうその段階ではない。もう少し具体性のある議論がしたい」と食い下がると、チームインダスの開発者は「われわれが用意するソフトウエアを使ってほしい」と求めてきました。

開発の主導権は自分たちにあるとするチームインダス。一方、これ以上開発を遅らせたくないHAKUTO。立場の違いが表面化しました。

月面走破の夢はかなうか

民間による月面探査という、前例のない挑戦で起きる幾多の困難。HAKUTOの代表、袴田さんは、私たちの取材に、諦めずに挑み続ける決意を話します。
「新しいものを開発しているので常に問題は起きてくる。それを一つ一つ時間内に解決し、着実にミッションを成功できるようにしたい」

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チーム、HAKUTOのローバーを月面に届けるインドの月着陸船は、ことし12月28日に打ち上げられる予定です。今後、通信の問題を解決し、打ち上げなどの衝撃を想定した振動試験をクリアして、ことし8月ごろまでに実際に月面に向かうローバーを完成させることになります。
限られた時間でさまざまな課題を克服し、月面を走破する夢を成し遂げられるのか。挑戦は、重要な局面を迎えています。

岡田玄
科学文化部
岡田玄 記者