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増えるイノシシ 都市に迫る危機

今、街なかに現れるイノシシが急増し、襲われてけがをする人も相次いでいます。農村部では、イノシシの被害がひとつのきっかけになり、集落が消滅するさらに深刻な事態も起きています。日本に生息するイノシシは20年余りでおよそ4倍、98万頭にまで増えたと推計されています。専門家は農村部で耕作放棄地が増えたりハンターが減ったりしたことが背景にあると指摘しています。増えたイノシシの一部は都市にも流れ込んでいると考えられ、これまでイノシシの被害とは無縁だった都市部でもひとごとではなくなっている実態が見えてきました。(ネット報道部・後藤岳彦記者、鹿児島局・老久保勇太記者、仙台局・成田大輔記者)

都市部に住み着くイノシシ

およそ150万人が暮らす港町・神戸の夜景は、「日本三大夜景」のひとつとも言われて観光客に人気です。 しかし、そんな夜の神戸のもうひとつの姿をご存じでしょうか。

ことし3月16日午後9時ごろ、私たち取材班が、東灘区のマンションなどが建ち並ぶ住宅街のど真ん中で見たのは、親子と見られる3頭のイノシシでした。黙々と何か餌を食べ、車のライトが当たっても逃げる様子はありませんでした。

神戸では住宅街や駅前にイノシシが頻繁に出没しています。襲われる人も後を絶たず、平成28年度だけで13人がけがをしています。

東灘区に住む米倉澄子さんは2年ほど前、買い物帰りにイノシシに襲われけがをしました。「ちょうどマンションの入り口のところで思いっきりボーンとイノシシがぶつかってきました」と話します。イノシシは米倉さんが手にしていた買い物袋を狙っていました。中に入っていたケーキとプリンを、イノシシに食べられたといいます。

イノシシに襲われ、けがをしたほかの住民の中にはイノシシを恐れて、アパートの入口までタクシーを使うことがあるという人もいました。

野生動物の生息状況などを調査している兵庫県森林動物研究センターが2年前、東灘区で撮影したイノシシは住宅街を流れる川べりに寝そべって、日中にもかかわらず警戒心も感じられません。

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神戸のイノシシは、山から下りて「出没」するだけでなく、エサの豊富な街に適応し、住み着いているケースもあるのです。

神戸市だけではありません。
甲府市では去年1月、大学構内でイノシシが見つかり捕獲しようとした警察官がけがをしました。
高松市では去年10月、繁華街に出没したイノシシが3人にけがをさせ、最後は電車にはねられました。
愛媛県新居浜市ではおととし10月、集団登校中の小学生の列にイノシシが突っ込み、3人がけがをしました。

いま、イノシシは全国の都市部に出没しているのです。

兵庫県森林動物研究センターの横山真弓研究部長は「イノシシがどんどん生息数を拡大する中で、気がついたときには都市であってもイノシシの数が本当に増えて被害が多発する状況に陥ってしまう」と警告しています。

学習能力の高いイノシシ

本来、イノシシは警戒心が強いとされる一方で、学習能力が非常に高く、安全だと思えば都市の中であっても住み着いてしまいます。
神戸市は六甲山が近く、住宅街でイノシシが出没するようになったのは最近のことではありません。

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しかし平成26年度までの5年の兵庫県内のイノシシの生息密度の変化をみると、意外な事実が分かります。大きく見ると、20%以上の増加を示す濃い赤は神戸など都市が多い南部に、減少を示す青は山間部が多い北部に広がっているのです。

横山さんは、都市では銃を使えないなど、捕獲が制限を受けていることが背景にあると指摘しています。この事情は神戸だけでなく、全国のほかの都市にも言えることです。

深刻化するイノシシ被害

一方、以前からイノシシの被害に直面している農村の状況はより深刻ですが、その経験から、都市部でイノシシにどう対処すればよいのか、そのヒントも見えてきました。

広島県世羅町ではイノシシの被害が年々、深刻化していて、平成27年度は被害面積が62ヘクタール余り、被害金額が3521万円と、ともに3年連続で過去最悪となりました。

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グループで農業を営む梶川和昭さんは、合わせておよそ25ヘクタールの水田がありますが、去年は、その10分の1がイノシシに荒らされ、まったく収穫できなかった水田もありました。
被害は作物だけでなく田んぼの水路にも及んでいます。イノシシに荒らされ、完全に土で埋まってしまうのです。その修復には膨大な時間と労力が必要になるといいます。
梶川さんは「水田を元の状態に戻さなければならず、コメの収入が減った以上にこういった手間のほうがいっぱいかかります。修理をすれば壊されるというイノシシとの競争です」と話しています。

集落消滅のひとつのきっかけに

イノシシの被害がひとつのきっかけとなり、集落が消滅したケースもあります。

鹿児島県薩摩川内市の山あいにあった旧・津田集落は、多いときには100人以上が暮らしていましたが、高齢化や人口の減少が進んでいたところにイノシシなどによる田畑の被害が相次ぎました。

津田集落で生まれ育った津田盛吉さんによれば、飲み水をひくパイプもたびたび壊されるなど、繰り返される被害で集落に住む人たちの生活は立ちゆかなくなっていったといいます。
そして7年前、ついに全員がこの土地を去ったのです。

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津田さんは「集落を出たくて出たわけではありません。イノシシ、シカに負けたのです」と話しています。

原発事故の影響も?

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別な理由でイノシシの被害が広がっている地域もあります。

福島県に隣接する宮城県南部の丸森町では、平成28年度のイノシシの捕獲数が1300頭を超えて過去最も多くなり、農作物などへの被害も相次いでいます。
原因として、まず専門家が指摘するのは、東京電力福島第一原発の事故のあとイノシシの出荷が制限され猟が控えられたことです。
しかしそれだけでなく、福島県内で急増するイノシシの影響も否定できないと言います。 福島県内では原発事故のあと住民が避難した地域でイノシシが急増し、その一部が隣の丸森町にも入り込んでいる可能性があるというのです。

中央農業研究センターの仲谷淳専門員は、「1年で大きく広がっているというよりも、じわじわしみ出し、毎年毎年わずかずつ広がる状況だと思います」と話しています。イノシシは繁殖力が強く、何かのきっかけで増えると減らすのは容易ではないと言います。

イノシシの気持ちになって

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人々の暮らしそのものも壊しかねないイノシシの被害を大きく減らしたのが島根県美郷町です。
その取り組みを参考にしようと、全国から視察が相次いで1年間におよそ70件もの視察を受けています。
美郷町でイノシシ対策を指導する専門家は視察に訪れた人たちに「イノシシが悪いと思ってる間は全部失敗します。悪いのはみずからの畑だとわかったら簡単に被害は止まります」と伝えています。

具体的には、住民が設置したイノシシよけの柵を見ると柵の山側は、木や草をきれいに刈り取ってあります。山と田畑の間に身を隠せる茂みなどがあると、柵まで、そのままやって来られます。侵入に成功すれば、中の作物は食べ放題になってしまいます。
こうなると、イノシシは「柵があるところにはおいしい食べ物がある」と学習するのです。

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一方、柵のまわりの草を刈ると、イノシシの姿が丸見えになってしまいます。警戒心が強いイノシシは、柵に近づこうとしません。こうすることで、イノシシに、ここは「住みにくい場所だ」と認識させることが大切なのです。
住民は「イノシシの隠れ場をつくらないことが最も大切です」と話しています。

専門家は、こうした対策が都市でも重要だと指摘します。
兵庫県森林動物研究センターの横山真弓研究部長は「野生動物が増えて市街地をエサ場と学習し、動物たちの行動が変わってきている。まずはこの現実を都市の人間がきちんと把握して野生動物とどのように向かいあっていけばいいのか、しっかり整理していかないと都市部でも被害が深刻化する可能性が高まると思います」と話しています。

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都市に迫る危機どう防ぐ

農村はこれまで、野生動物と向き合う最前線でしたが今、その役割が弱まっているため、今後、都市にイノシシがどんどん出てくることが考えられます。

そのためにも、美郷町の「イノシシの気持ちになって考える」という対策を都市で一刻も早く行うことが大切です。
都市の場合、最も大切なのはイノシシへの餌づけをやめることで、イノシシが住みやすい環境を減らしていくことです。

イノシシは、去年、群馬県で襲われた人が死亡するなど、非常に危険な動物です。

取材を通じて、都市は農村に比べてもイノシシへの備えが不十分で、このまま放置すると都市の日常生活にも大きな影響を及ぼしかねないと改めて感じました。

後藤岳彦
ネット報道部
後藤岳彦 記者
老久保勇太
鹿児島局
老久保勇太 記者
成田大輔
仙台局
成田大輔 記者