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高齢ドライバーで医師悲鳴?

全国で後を絶たない高齢者ドライバーの事故。3月12日から安全対策が強化されました。ポイントは、認知症のおそれがある75歳以上のドライバーへの「医師の診断」義務づけです。医療の現場は、受診するドライバーの増加にどう対応していくのか。各地で取材を進めると、受け入れ態勢や診断を懸念する現場の実態が浮かび上がってきました。

変わる 高齢運転者対策

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2月、宮崎市の自動車学校に集まった75歳から88歳の5人の男性。
記憶力や判断力を確認する「認知機能検査」を受けていました。
この検査は75歳以上のドライバーが運転免許証を更新する際に義務づけられています。
「きょうは何月何日か」を答える問題。それにイラストを見たあと、一定の時間をおいて思い出す問題などが出題されます。
そして、100点満点で49点未満だと…。
3段階の評価で最も低い「認知症のおそれがある」と判定されます。
3月12日に施行された改正道交法では、「認知症のおそれがある」と判定された場合、全員に医師の診断が義務づけられます。
そして、認知症と判断されると運転免許証の取り消し、または停止の処分に。
検査を受けた男性の1人は「今回は大丈夫だったが、今後も運転を続けていけるか不安を感じます」と話していました。

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受診運転者 13倍に急増か

法律の改正後、どれぐらいの高齢者ドライバーが医師の診断を受けるのか。
NHKは2月末までに、全国の警察本部に取材しました。
その結果、受診が見込まれるドライバーは、年間およそ5万2700人に上ることがわかりました。これはおととしの4027人と比べると13倍。
一方、警察庁によりますと、現段階で診断に協力する医師はおよそ3100人。警察庁は、これで十分対応できるとしています。

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認知症専門医“3か月待ち”も

一方、医療の現場からは、受診するドライバーの急増に対応できるか懸念の声も。
岡山県倉敷市にある倉敷平成病院は、地域で認知症の診療を担う「認知症疾患医療センター」に指定されています。
初診の場合、あわせて3時間ほどかけて診察を実施。
臨床心理士による認知機能テストや専門医の問診、それにMRIなどによる脳の内部の画像検査も行います。

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神経内科医4人で1週間で最大15人の患者を受け入れる態勢を整えていますが、それでも診療の予約は2か月待ちの状態です。
このため、運転免許証の更新に関係する認知症の診断については、専門の外来の窓口を設けることを検討していますが、多くの患者を受け入れるのは難しいとしています。
また、宮崎県国富町の病院に勤務する認知症の専門医、岡原一徳医師は年間、およそ3000人の患者を診察。
1日に検査できるのは4、5人程度で、今でもテストの予約は3か月待ちの状態です。

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専門医だけではなく、地域のかかりつけ医の協力も必要だと感じています。
岡原医師は「生活をよく見ているかかりつけの医師に診断できるところはしてもらい、判断が難しい部分を専門医が担う態勢をつくるべきだ」と話しています。

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かかりつけ医“戸惑い”も

地域のかかりつけ医にも協力してもらおうと、警察は要請に回っています。
2月、警察の職員が訪ねたのは、宮崎県の山間部の椎葉村にある唯一の病院、椎葉村国民健康保険病院。
この病院の3人の医師は認知症の専門医ではなく、主に、高齢化が進んだ住民のかかりつけ医として診療をしています。
村内は、バスなどの公共交通機関が十分でないため、住民の多くがマイカーに頼っているのが現状。医師が認知症と診断すれば、住民の生活の足を奪うことにもつながります。
医師からは、「住民の生活を考えるとどのような診断書を書くべきか、判断に迷うケースも出てくると思う」と戸惑う声も出されました。
ただ、専門医に診断を任せることになると、患者は、村から1時間半以上離れた沿岸部の病院まで行かなければなりません。最終的に、院長は、認知症の診断を了承しました。
吉持厳信院長は、「代替の交通機関の乏しいところでは『運転ができない』という診断をするのは大きな宣告だと思う。しっかり勉強して診断書を書けるように努力したい」と話していました。

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ソフトで認知症診断支援

かかりつけ医を支援する取り組みも始まっています。
大分市の精神科医、釘宮誠司さんは、診断の参考にしてもらおうと支援ソフトを開発しました。
認知症と運転について詳しい佐賀大学医学部の教授の協力を得て作ったこのソフト。
はじめに、本人か家族などに、「昨日の夕食のメニューが分からない」、「物をどこに置いたか分からない」、「信号機の赤・黄・青の意味がわからない」など、記憶や行動などにかかわる69の項目について答えてもらいます。
回答を入力すると、最終的に、「認知機能」と「運転機能」の2つの指標で点数化され、一定の基準を超えると、「運転免許証の返納をおすすめする」状態と判定されます。

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判定結果は、あくまで目安で、認知症かどうかの診断は、生活状況の詳しい聞き取りなどをもとに、医師の責任で行います。
大分県の74歳の女性は、物忘れが見られるようになったことから、去年12月、娘に付き添われて釘宮医師の病院を訪れました。 支援ソフトを使って判定した結果、運転機能と認知機能の点数は、いずれも基準以下。
釘宮医師は、女性の“物忘れ”は老化によるもので、運転に支障がでるほどの症状は出ていないと分析しました。
女性の娘は「結果を数字で見ることができるので安心しました。
母には、年相応に注意して運転してもらえればと思います」と話していました。
支援ソフトは去年、大分の警察と医師会が開催した認知症についての連絡会議で、およそ100人のかかりつけ医に無料で配布されました。
釘宮医師は「認知症検査の対象となるお年寄りはますます増えていくので、臨床での実績を積み重ねさらにソフトの精度を上げていきたい」と話しています。

“医師増やす努力を”

認知症の専門家で高齢者ドライバーの事故防止の対策を検討する警察庁の調査研究委員会の委員を務めた慶應大学医学部の三村將教授に話を聞きました。
三村教授は、「警察と医師が問題の重要性を認識して協力しあう関係がないと困るのは地域の高齢者ドライバーだ。警察が医師に理解を求め制度に協力する医師を増やす努力をしていくことは今後もさらに必要だと思う」と話しています。

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暮らし支える取り組みを

高齢者ドライバーに対する医療の側の関わりを増やそうという今回の法律改正。事故が多発する現状を考えれば、連携が円滑に進み、対策の効果が上がることが期待されます。
一方、車がなくても暮らしていける環境を整えないまま、強制的に免許を取り上げるだけで解決するような問題ではないことも確かです。高齢者の「暮らしの質」を保証する面でも、免許を失うことを恐れて受診をためらうなどのケースを防ぐためにも、「運転をやめたあとの暮らし」を支える環境整備が欠かせません。
65歳以上の人の6人に1人は認知症と推計され、さらに増える見通しです。地域の交通体系をそうした時代に見合ったものへと作り替えていく必要があると感じました。

牧野慎太朗
宮崎局
牧野慎太朗 記者
佐々木森里
大分局
佐々木森里 記者
福田陽平
岡山局
福田陽平 記者