難しい災害対応の伝承
カギを握るのは“共有”とデジタル活用

12年は、人の年齢でいう「一回り」にあたります。東日本大震災の直後、現場の最前線で災害対応にあたった自治体などでは世代交代が進んでいて、未曽有の大災害が残した教訓を次の世代にどう引き継ぐか模索しています。900人以上の死者・行方不明者がでた仙台市などの取り組みを取材しました。(仙台放送局/井手上洋子・広池健大)

混乱した震災直後の対策本部

「とにかく混乱していました。『親戚や友達と連絡がつかない』『どうなっているか教えて欲しい』と次々に寄せられる市民からの問い合わせに、『情報がありません。すみません』としか伝えられませんでした。つらかったです」

こう話すのは仙台市の職員、柴田恵美さん(56)です。震災直後、宮城野区役所の災害対策本部で電話対応などの業務に当たりました。

当時は、警察や消防から入る被害の情報や避難所からの連絡、市民からの問い合わせなど、次々に対応業務が発生していました。

周辺地域が停電するなか、区役所は非常用電源で電気がついていたため、大勢の市民が訪れて、ロビーで不安な夜を過ごしました。暖房が止まり、冷えていくロビーの床に市民らは段ボールを敷き、毛布にくるまって体を温めていたといいます。

柴田さんは、市民が日常生活を取り戻すため、市として何ができるか、自問自答の日々だったと振り返ります。

そんな柴田さんがいま、危機感を募らせていることがあります。

震災から年月がたつにつれ、同じ苦労をともにした同僚たちが次々と退職し、当時を経験した職員が減っていることです。

増える若手職員

NHKは、震災の津波で大きな被害を受けた沿岸にある一部の自治体に、震災後に入庁した職員の割合を尋ねました。

自治体によって含める部局などが違うため、あくまで参考データになりますが、▽仙台市が約5割、▽宮城県石巻市や福島県いわき市などが約4割、▽職員の犠牲が多かった岩手県大槌町は約6割に上っていました。

柴田さんは、未曽有の大災害を経験した自治体職員として、大切な教訓を次の世代に継承する活動を続けています。「Team Sendai」というグループです。ほかの職員などとともに、震災の経験を若い職員たちに語り継ぐ活動を続けています。

「震災を経験していることで、これからどんなことが起きるかという予想がつきます。市職員としては日常業務とは全く別の対応をすることになると思うので、臨機応変に動けるように、伝えていかなければならないと思っています」

グループには部署や年齢、役職の違うメンバーが参加。当時、対応した業務の内容から被災者と向き合った経験、それに失敗談まで、震災時に何ができて何ができなかったかを直接、語り継ぎます。

人の口から、人の心へ伝える

伝える方法はさまざまです。若い職員に直接語るやり方や、当時の状況をイメージしてもらいやすくするため、映像やBGMを流しながら朗読形式で伝えるやり方もあります。

チームが大切にしているのは「人の口から、人の心へ伝えること」。文字では伝えきれない苦悩や葛藤なども共有してもらうのが狙いです。

2023年3月11日の1週間前、仙台市が主催する震災の経験や教訓を伝えるイベントで、メンバーたちも発表しました。

震災当時、避難所の運営にあたった男性職員は、自分たちの対応が不十分だったと苦しい胸の内を明かしました。

例えば、備蓄品や食料などは確保できていたものの、職員の業務の割りふりが決まっていなかったため、スムーズに提供できなかったと語りました。

また、毎日夜遅くまで対応する職員がいる一方で、業務量が少ない職員もいるなど、現場では職員の業務配分に偏りがあったことなども明かしました。

イベントで震災時の状況を話す市職員(右)

仙台市職員
「経験しない方がいいが、経験しないと分からないことがたくさんあった。生きているうちに伝えるべきなのかなと思っている」

柴田恵美さん
「直接語ることで、記録誌の行間、感情がこもった話を伝えていきたい」

デジタル技術を活用した取り組み

こうした災害対応の経験や教訓について、多くの自治体が研修の場で伝えたり、職員から聞き取った内容を映像や記録誌に残したりして継承しようとしています。

ただ、こうした業務は災害時にしか必要とされず、ふだんの研修で身につけるのは難しいとされ、どの自治体も苦労しています。

災害時にいかに素早く情報収集して、効率よく対応できるかーー。

その解決手段として、ここ数年注目されているのが、デジタル技術を活用した取り組みです。

福島県南相馬市は、通信アプリ「LINE」を使って市民から被害情報を収集するシステムを導入しました。

市民から投稿された被害の情報が地図上に表示され、AIが災害の内容を分析して職員に優先的に対応すべき業務を提示してくれます。

迅速に被害情報を収集できるうえ、職員の負担軽減にもつながっているということです。

また仙台市は、津波避難の広報業務を、ドローンを使って行う取り組みを始めました。

危険を伴う沿岸部で、職員に代わって避難を呼びかけてくれるほか、付属のカメラで沿岸の様子を確認することもできます。

さらにいま、全国の自治体で導入が進んでいるのが、東京大学が自治体向けに開発した「災害対応工程管理システム“BOSS”」です。

必要な業務を“見える化”

災害時に自治体に必要な業務を48種類500工程に定義してフローチャートで示したもので、災害対応の経験がない職員でも、次に何をすればよいかが一目で分かります。

漏れのない対応が可能になるほか、参考になるマニュアルやガイドラインを業務ごとに保管でき、忙しい場面でも探す手間が省けます。

システム上で情報共有するには、ネットの通信環境が必要という弱点もありますが、分厚い「地域防災計画」をいわば見える化したシステムで、すでに全国45の自治体で導入が進んでいます。

導入自治体の1つ、熊本市の担当者に話を聞きました。

熊本市危機管理防災総室 松下修二郎副室長
「熊本市の職員の間でも熊本地震から7年が経過し、職員の経験値が減っている。BOSSを導入したことで業務フローが視覚的に分かり、災害に慣れていない職員でも次に何をすればよいか分かるようになった。ただシステムを導入して終わりではなく、訓練の場でフローを確認し改善したりして、実践で使えるようにしておきたい」

また、BOSSの開発リーダーである東京大学・生産技術研究所の沼田宗純准教授はこう話します。

「膨大な対応が求められる災害時に、他部署の業務の進捗状況も把握することができるうえ、限られた職員をどこに優先的に配置するかの検討にも役立つのではないか。今後、導入する自治体がさらに増えれば、他の自治体から派遣された応援職員ともシステム上で、スムーズに情報共有できるようになるし、災害支援にあたる企業や地域の防災組織とも連携できれば、将来的に『公助』から『共助』による総合的な防災対応が可能になるだろう」

デジタル庁 技術の普及を目指す

こうした職員の経験不足という課題を、デジタル技術の活用で解決することは、今後ますます期待されます。

デジタル庁も去年12月、災害や防災分野でのデジタルフォーメーションを後押ししようと、企業や地方自治体など約290団体が参加する協議会を発足し、BOSSシステムも含めて、国や自治体の災害対応力の向上につながる新しいデジタル技術の普及促進を目指しています。

過去の災害を教訓に

東日本大震災をはじめ、過去の大災害の経験には、学ぶべき多くの失敗や教訓が詰まっています。その後起きた災害現場でも、多くの経験が生かされたほか、こうした業務を支援するデジタル技術の開発にも活用されています。

ただ、これらのツールを導入するだけで、解決できるわけではありません。災害に備えるためにも、震災の教訓をしっかり引き継ぐことが求められています。

顔写真:井手上 洋子

仙台放送局記者

井手上 洋子

ネットワーク報道部、首都圏局などでデジタル中心に記事を発信
2022年8月から市政担当

顔写真:広池 健大

仙台放送局ニュースデスク

広池 健大

災害・地域情報担当 解説委員も兼務