【住民みずから語る】
歌声を響かせ、稽古に励む人たち。このミュージカルでは、3歳から82歳までの総勢およそ110人が舞台に立ちます。この人たち、全員、プロの俳優ではありません。東松島市や石巻市などで行われた出演者募集に応じて集まった、まさに地元の人たちです。
ミュージカルの中で、ある人はこう語ります。
母が亡くなりました。私や子どもたちを守るため、母1人、犠牲になったんだと思いました。
別の人は…
声をかけてくださいました。
おなかに向かって「元気で生まれてこいよ」「頑張って生まれてきてね」
出演する住民が、みずからの実体験を語る場面を中心に構成されています。
【被害の実像 伝える舞台を】
このミュージカルを手がけたのは、東京を中心に活動する作曲家・演出家の寺本建雄さんです。これまでに作った曲は800を数え、4000回の舞台をこなしてきたと言います。
稽古は真剣そのもの。出演者を激励するこんな場面も。
(寺本建雄さん)
もっと真剣に舞台を踏んで!夫の顔ふんづけるようにやって!(笑)
寺本さんは震災の被災経験はありませんが、仕事仲間の夫婦の自宅が津波で被害を受け、その夫婦は1か月にわたって東京の寺本さんの家に身を寄せました。
被災の状況について話を聞く中で、住民が経験した被害の実像を伝える舞台をつくろうと考えたのです。
被害が出た地域で出演者を募集し、集まった人たちの体験をもとにオリジナルの台本を作りました。そして、震災のよくとし、2012年以降、国内外で5回の公演を行ってきました。
(寺本建雄さん)
皆さん、演劇については素人ですが、被災した方は本物の被災者です。
傷ついたり、悲しんだり、助けられて喜んだり…そうした経験をいっぱい持っています。だから、そのまんま、すてきな舞台ができるのです。
【十三回忌 追悼を】
新型コロナウイルスの影響もあって、公演は4年ぶりです。
出演者の顔ぶれも新しくなり、寺本さんは去年夏から、改めて1人ひとりの体験を聞き取
り、台本を見直すことにしました。
聞き取りの中で、ある出演者は当時の状況をこう振り返りました。
津波のほうは直線で来ますから。こっちはもう、くねくねした道路を行かなくちゃならないから、どうにもならなくて…。
今回、寺本さんがこだわったことがあります。亡くなった人その本人を、初めて登場させようと考えたのです。十三回忌となることしの舞台では、亡くなった人自身の体験も描き、追悼の意味を込めたいという願いがありました。
(寺本建雄さん)
いろんな人に話を聞きに行くと、「亡くなった方に会いたい」という人がほとんどなんですよね。謝りたいとか、「どうだった?苦しかったか?」と聞きたいとか、そういう声がとても多くありました。ことしは十三回忌の節目でもあるし、こうした亡くなった人のことをみんなの心の中に入れて一緒に歩めたら、それが一番の供養になんじゃないかと思うんです。
聞き取りを始めて5か月。新しい台本が完成しました。そこには、地域を守ろうと活動する中で命を落とした消防団員の姿が盛り込まれました。
【亡くなった人をいかに演じるか】
亡くなった人を演じる大役を任されたのは、高橋賢造さん(61)です。
ふだんは高校の技師として勤務し、このミュージカルには、震災のよくとしから参加しています。
自宅が水につかる被害を受けた高橋さん。震災の経験を伝えることは自分の使命だと感じ、舞台に立ち続けています。
(高橋賢造さん)
震災のことを風化させないように、そして後世に伝えていくために、死ぬまで震災の伝承を続けたいと自分では思っています。
今回の舞台で演じるのは、水門を閉めに行った直後に巨大津波が迫り、逃げ遅れたという消防団員です。命を落とした人の役を演じることができるのか、戸惑いがあったと言います。
(高橋賢造さん)
私よりも、もっと別な人がいいんじゃないかというのもありますし、どういうことを思って亡くなっていったかも分からないですし。正直なところ、不安でした。
練習を重ねても、特に難しいと感じるせりふがあります。
「車は急発進。でも津波のほうがはやかった。俺は津波に負けた」
経験したことのない最期の場面をどう表現するか、迷っています。
【友人への思いを届ける】
この役を演じるとき、高橋さんがいつも思い浮かべる人がいます。
小学校からの同級生、伊藤保博さんです。
あだ名で呼び合う仲のいい幼なじみでしたが、仕事で車を運転中、津波に襲われ、亡くなりました。
(高橋賢造さん)
一緒にサーフィンなどをやって、泳ぐのが達者な友人でした。それでもやっぱり、津波には勝てなかったのかなと思います。ミュージカルをやっているときに、よく遊んだ光景なんかが必ず思い浮かぶんです。また一緒に飲みたいと思うし、孫が生まれたことも伝えたいし。多分どっかで見ていると思うので。
稽古の終盤、寺本さんから個別に指導を受ける特別練習に臨みます。ここでも指導は真剣勝負。せりふ回しの1つひとつに厳しい指摘が入ります。亡くなった人の姿をどう描くか考える中で、高橋さんは、同級生への思いを胸に、力強く演じきることを心に決めました。
(高橋賢造さん)
ミュージカルをやるとき、いつも、震災で亡くなった友人が思い浮かぶんです。その人たちに訴えるように、全力でできればと思います。今回の役は、練習すればするほど難しいですね。でも、亡くなった伊藤さんが、「本番に向かって頑張れよ」みたいに、「俺も応援している」というように思ってくれて、せりふも聞いてくれるんじゃないかというふうに思います。大切な人への思いをお客さんに伝えられればいいかなと思っています。
(寺本建雄さん)
高橋さんは、亡くなった人のためにこの芝居をするんだと言っているので。その人たちが背負ったもの、そこから発する何かが本当の供養になるんじゃないかなと思っています。
この世を去った人に思いをはせながら臨む新たな舞台。まもなく開演のベルを迎えます。
【公演情報】
このミュージカルは、亡くなった消防団員の姿を描くほか、国内外から受けた支援への感謝や、この地域でこれからも生きていくという出演者たちの決意など、さまざまな要素が盛り込まれています。
「つたえる・つなげる・つづける」がテーマという『心の復興13回忌ミュージカル 100通りのありがとう』は、3月4日(土)「東松島市コミュニティセンター」で2回、公演が行われます。
チケットは完売しましたが、本番前日の3月3日(金)午後6時から行われる総仕上げの稽古は有料で見ることができるということです。
問い合わせ先は次のメールアドレスです。
cent.arigatou@gmail.com
※「てれまさむね」では、公演当日の模様を含め、改めてお伝えする予定です。
仙台放送局 映像制作
熊谷 弘之
1996年入局
東京や沖縄、大阪などを経て2020年6月から仙台局勤務
石巻市で生まれ、東松島市で育ちました
「震災の経験を後世に伝えていく」という、ミュージカルに参加する皆さんの使命感と決意に心を打たれながら取材しました