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AI・メタバースLabo ~未来探検隊~

“メタハラ” デジタルの”痛み”とは?

“メタハラ” デジタルの”痛み”とは?

2023.03.18

コミュニケーションやショッピンング、教育など、さまざまな分野で活用が広がっているネット上の仮想空間「メタバース」。
その中で行われるハラスメントを「メタバース・ハラスメント」と呼ぶという。
ユーザーの分身=「アバター」に対するセクハラやパワハラ、いじめや暴力行為ということだが、その実態はどのようなものなのか。
870人余りのユーザーへのアンケート結果をもとに「メタハラ」について考えてみたい。

メタハラ:初めての実態調査

アンケート調査の報告会の様子 ※Youtubeチャンネルより

「メタバース上でもハラスメントはあるのか?」

「どういったハラスメントが多いのか?」


仮想空間、メタバースでのハラスメントの実態調査が、去年9月、初めて行われた。

調査を行ったのは、メタバース界のアイドルで、メタバース文化の研究者でもある「バーチャル美少女ねむ」さん。

メタバースの発展に向けた議論の役に立てたいと、スイスの人類学者と共同で行い、結果は11月に公開された。

調査でのハラスメントの定義は「他のユーザーから不快な思いをさせられる不適切な行為」。

VRゴーグルなどのヘッドマウントディスプレイを使って、バーチャル空間でアバター同士が交流できる「ソーシャルVR」のサービスを1年以内に5回以上使ったユーザーが対象で、日本をはじめ北アメリカやヨーロッパ、アジアやオセアニア、南アメリカの地域から876人が回答した。

アンケートを行った「バーチャル美少女ねむ」さん

調査の結果は

▼「ハラスメントの経験率と目撃率」について。

Q【何らかのハラスメントを受けたことがあるか?】
→YES:57.8%。

回答者の半数以上が何かしらのハラスメントを経験したと回答していた。
男女比では、女性は69.1%と男性よりも17%ほどハラスメントを受けた経験が多かった。

Q【他人が何かのハラスメントを受けたのを見たことあるか?】
→YES:69%。

回答者の7割近くが何かしらのハラスメントを目撃したことがあった。
国によって差があり、特に北米からの回答者は90%余りがYESと回答していた。

出典:メタバースでのハラスメント (Nem x Mila)2022

複数回答で聞いた「ハラスメントの内容」は、「性的なもの」。
いわゆるセクハラが上位を占めた。

具体的には
▼「性的な言葉」をかけてくる→62.5%。
▼「性的に触られる」→42.9%。
▼「不適切なアバターを見せられる」→68.5%。

出典:メタバースでのハラスメント (Nem x Mila)2022

ハラスメントが与える影響の強さについては、内容によって差はあるものの「軽い」「中程度」が全体の60%から70%を占めた一方で、およそ7%が「極めて重度なもの」という回答だった。

ハラスメントを受ける原因としては、「女性型アバターを演じているから」という回答が最も多く、使用しているサービスにもよるが、最大で63%余に達していた。この中には「女性型アバターを使っている男性ユーザー」も含まれており、男性ユーザーも自分のアバターが触れられることでハラスメントを受けたと感じていた。

また、「ハラスメントがリアルに感じられたのはVR体験の『没入感』によるもの」だと75%余の人が回答していた。

「現実世界で他の人から嫌な思いをさせられた経験を持たない人はいないと思います。メタバースでも100%に近いだろうと思っていましたが、予想よりも少なかった印象です。ただ、割合としては少ないですがハラスメントが与える影響の強さについては7%の人が重大なものだと答えていました。メタバースのハラスメントがどういうもので、どういう危険性があるかを、社会が理解するのは大事なことで、仮想世界が今後どう発展していくのかを考える上でも重要なことだと思っています。一歩間違えればディストピア(暗黒世界)になってしまいますから」

ねむさん
ねむさんさん

メタハラを擬似的に体験

実際のメタハラはどういったものなのか。
メタバースの世界になじんでいると言えない私(山田大樹アナ)には、どうしてもピンとこない部分があった。

そこで、メタバース事業を展開している会社に協力してもらい、メタバース空間で疑似体験することにした。

メタハラとは何か 山田大樹アナが疑似体験してみた

訪れたのは、バーチャル空間の渋谷の街。

ハチ公もいるし、ファッションビルもあって、本当に渋谷の街を歩いているような感覚になる、

私は、ひげ面のアバター。

このひげ面のアバターが私(山田アナ)です

駅前の広場に集まり、まず、音の嫌がらせを再現してもらった。

他のアバターと会話している最中、突然、近くに「セミのアバター」が出現した。

そして「ミンミンミン」という、耳をつんざくような大音量を流してくる。

話し相手が何を言っているのか、ほとんど聞き取れない。

続いて、「視覚」についての嫌がらせ。

ミンミンという鳴き声にあわせて黄色のブロックがセミのアバターから次々に発射された。

視界がほとんど覆い尽くされ、対話相手の姿が見えにくくなり、まったくコミュニケーションが成り立たなくなってしまった。

視界が黄色のブロックで埋め尽くされた

「不快」な気分。
自分の意志と反することが起きていることに、イライラが募る。

バーチャルな世界のことと割り切ればさほど気にすることではないかもしれないが、感じるストレスは、リアルの世界と同じだった。

また、”たたかれる”体験もした。

他のアバターが私の前に立ちふさがり、一気に手をあげてくる。 

もちろん本当に痛みがあるわけではない。

でも相手の一方的な行動はこれまた「不快」でしかなく、体ではなく、心をたたかれているようにも感じた。

メタバースでも“嫌なことは嫌”

メタバース上でインタビューに応じた2人 左の緑のビンが筆者(島田記者)

実際に、メタバース上でハラスメントを受けたという2人に話を聞くことができた。

さわえみかさん。

5年以上前から日常的にメタバースでアバターを業務やプライベートなどで使っている。

さわえさんの娘は、アバターのことを「もう1人のママ」と呼ぶぐらい、さわえさんは日々このアバターを利用しているという。

さわえさんのアバター 赤い髪と尖った耳がポイントだ

さわえさんは、「メタバースでは良心的な人たちが多い」とした上で、一部の人からハラスメントに近いことを受けたと話した。

「騒音を聞かされたり、視界を奪われたり、卑猥な言葉や暴言を吐きかけながら追いかけられたりしました。エログロみたいなものを発したり、ギミックでまぶしくさせられとかもありました。リアルだと大声を上げたり気持ちを伝えられますが、当時のアバターだと何もできなかったので、嫌な気持ちというよりは腹が立ちました」

さわえさん
さわえさんさん
育良さんは女性型アバターでインタビューに応じてくれた

さわえさんと同じく、5年ほどメタバースを公私ともに利用しているという育良(いくら)さんが、話したのは、メタバースならではのハラスメントだった。

育良さんは、男性だが、女性型のアバターを使うことがよくあるという。

「単に「かわいらしい」という理由で女性型アバターを使うこともあります。その時に、スカートの時にのぞき込んでいる人がいて、そこでウワッと、気持ち悪いと思いました。スカートの中を覗かれる経験って男性はほぼないじゃないですか。メタバース上ではありえるので覗かれた時って嫌なのだなと改めて再認識できたのはありました」

育良さん
育良さんさん

ねむさんが、おととし(2021年)行った調査では、男性ユーザーの70%以上が女性型アバターを使っているという結果だった。中の人は男性だが女性型のアバターでハラスメントを受けた人も少なくないと考えられる。

(ねむさん)
「メタバースにはマイノリティーもいるし、いろんな世代の人や世界中の人たち、美少女アバターで生活している人や心身の性別の不一致を抱えている人などもいます。現実よりも多様性があり、常識が通用しない世界でもあります。そのような世界で『相手の気持ちになって考える』ということは、とても難易度が高いことですが、メタバース時代のコミュニケーションをうまく進めていく上では必要になってくる『新しい常識』なのだと思います」。

アバターへの誹謗中傷が認められた判例も

ネットや仮想空間で、人間の分身としてふるまうアバター。

アバターへの言葉による誹謗中傷が、アバターを操っている生身の人間への侮辱行為にあたると認定された裁判例もある。2021年3月、東京地方裁判所の判決だ。

<裁判の概要>
動画配信サイトでアバターを介して配信活動を行っていた女性VTuberの言動に対し、インターネット掲示板で視聴者の1人が「片親だから常識が無い」などと、誹謗中傷の投稿を行った。女性側は、侮辱されたとしてプロバイダー側に発信者の情報開示請求を求めた。「アバターに対しての誹謗中傷が『中の人』、つまり本人に対しての誹謗中傷になるか」が焦点となった。裁判所は「アバターを使っているが表現行為は中の人、本人が行っていて同一人格である」として「アバターに対する誹謗中傷は中の人への侮辱行為で違法である」という認定をした。被告側は「投稿はアバターに対してなされたもので、原告=本人に対するものではない」と反論したが認められなかった。

この裁判を担当した弁護士は、判決の意味を次のように話した。

田中圭祐 弁護士

「VTuberというものが個人と一体となっていることを裁判所が認めたこと。画期的な判断をしたと言うよりは新しいものに対する法律的な考え方を確認したというニュアンスですが、将来、たくさんの人がメタバース上に、1人1つアイコン(アバター)を持つ時代になるということを考えたときに、大きな意味を持ってくると思います」

一方で、仮想空間でアバターを叩いたり、胸を触ったりといった物理的なハラスメントに対しては、現行法では、権利の侵害が認められることは原則、難しいとした。

「物理的な接触に対しての不法行為、暴行とか強制わいせつは成立しません。ただ、セクハラで言えば、性的な写真などを送りつけることで羞恥心を侵害する、または自分の分身としてのアバターの胸やお尻を触られた時に性的羞恥心が侵害されたという理屈は通るとは思いますが、誹謗中傷と比べるとハードルは高いと思います」

田中弁護士
田中弁護士さん

その上で、田中弁護士は、今後、法律的、社会的な議論を深めていくことが必要だと指摘した。

「価値観が裁判官によって異なるので、裁判所の共通認識について議論を進めることが必要です。男性が女性のアバターを使って女性のアバターの胸を触ったときにセクハラになるのか、本当は男性だけど女性アバターとして活動していて、自尊心や自分を肯定するための『名誉感情』の侵害が成立するのか。これからメタバースの利用者は増えてくると思うので、アバターへのハラスメントなどについてはさまざまな論点での議論が必要です」

田中弁護士
田中弁護士さん

メタバースの規制のあり方は

外見、性別、年齢…なりたい者になれる、現実とは異なる価値観が存在する自由な世界。

ねむさんが行ったアンケートでは、メタバースに法律で規制を加えることに対して、抵抗感や拒否感を示したユーザーが多かった。


「個々人の良心に委ねられるもの」「各プラットフォームによるガイドライン等によって規定されるべき」といった、「法律による制限を望んでいない」とする回答がおよそ77%だった。
(出典:メタバースでのハラスメント (Nem x Mila)2022)


これについて、ねむさんは次のように語った。

「一定数ハラスメントを受けている人がいても、こういう結果が出たのは意外でした。本当に好きな姿で生きていける、なりたい自分で自分を表現できる、現実には無いメタバースならではの自由度に魅力を感じているユーザーがたくさんいるんだと思います。一方で、もし今後メタバースのハラスメントがもっと増えて規制せざるを得ないとなると、それこそメタバースの可能性を摘んでしまうと思うので、この自由なメタバースやその可能性を探っていくという意味でもお互いにコミュニケーションを取っていくことが大事なのだと思います」

ねむさん
ねむさんさん

バーチャルでも“思いやり”が大事

一方で、匿名のアバターが活動するバーチャルの世界では、「荒らし」など、過激・迷惑な行動に出るユーザーがいるのも事実だ。

そうした中で、大切なものは何か。

ねむさんは、結局、相手の立場になって考えることなのだと言う。

「ひと言でいうと「思いやり」なんです」

ねむさん
ねむさんさん

ねむさんが行ったアンケート調査では「よりよいメタバースのために行動の指針と安全を守るもの」という設問に対して、88.8%が「一般常識」と回答した。

そして、「メタバース体験をハラスメント観点からより「安全」にするためになにが必要か」という問いについては「ユーザーがお互いにマナーと思いやりをもつこと」が76.7%と最多を占めた。

ハラスメントを受けたさわえさんも、相手への気遣いだが大事だと語った。

「人が入っている、「魂がある」ということを意識することで、気を遣ったり思いやったりという行動が生まれてくると思います」

さわえさん
さわえさんさん

メタバースのマナーを、社会が学んでいくべき

メタバースに関して、政府への政策提言などを行っているNPO法人バーチャルライツの國武悠人 理事長は、「思いやり」だけでなく、社会全体で、メタバースのマナーやエチケットについて議論し、学んでいくことが大事だと指摘する。

國武悠人 NPO法人バーチャルライツ理事長

「メタバースにおけるTPOの考え方の整理が必要だと思います。現実世界でも同じ発言や行動でも、仕事と酒の席のように、時と場所で許容される範囲が違います。メタバースはまだ始まったばかり。人もこれから増えていくので、メタバースのどういった空間なら、どういった発言まで許容できるか共通認識が出来ていない。メタバースにおけるプライベート空間の定義は何かなど、TPOに関する共通認識を作り上げていくことが大事になてくると考えています」

また、法律での規制やメタバースのコミュニティーを運営するプラットフォーマー(PF)の対応については次のように話した。

「仮にメタバースに対するハラスメントを法律で細かく規制していくとなると、最終的には証拠を保存するために、プラットフォーマーがユーザーの行動や発言を全部ログ(記録)として保存する、という方向に行かざるを得ない。そうなるとプライバシーの侵害につながるという問題も出てくる。インターネット上のコンテンツや考え方にも多様性があり、法律で一律に規制するよりも、プラットフォーマーごとに指針を作って行くべきだ。法整備をするとすれば、プラットフォーマーにガイドラインを公表することを努力義務にするなどの方向性での議論が必要だと思う」

國武さん
國武さんさん

取材後記 ~ユーザーとして感じたこと~

ついリアルとの境界を忘れてしまう 左のビンが筆者(島田記者)

私(島田)自身、1人のユーザーとしてソーシャルVRを使用することがあるが、ハラスメントにあったことはない。
「初心者ならここに行った方が良いですよ」「こんなルームもありますよ」など、基本的には良識的な対応をしてくれる人が多く、混沌としたイメージはないのが実感だ。

去年の年末は、メタバースで年を越してみたが、バックグラウンドがまったく違う人たちに出会い、雑談したり、ゲームをしたりしながら楽しい時間を過ごすことができた。

確かに現実世界よりも多様性のあるメタバースの特有さゆえに相手の立場に立って考えることは難しいかも知れないが、それを乗り越えたり受け入れたりすることで、相手を理解する、思いやる力が今まで以上に促進されるのではないかと思う。そうした新しい常識がどこまで浸透し、現実世界に影響していくのか、今後も見ていきたい。

寂しそうにしている緑のビンを見かけたら声をかけてきてください。

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