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避難所の女性トイレは男性の3倍必要~命を守る「スフィア基準」

「女性のトイレは男性トイレの3倍必要」 こうした項目を集めた、避難所の国際基準があることを知っていますか? その名は「スフィア基準」。日本ではあまり知られておらず、この基準が満たされている避難所は少ないと言います。しかし、「スフィア基準」には災害時にあなたの命を守るための大切な内容が含まれています。
(社会部記者 清木まりあ 森野周 熊本局記者 杉本宙矢)

目次

    日本の避難所は“難民キャンプ以下?”

    「スフィア基準」を国内で広めようとしている人がいます。登山家の野口健さんです。

    東日本大震災などの被災地で支援を続けてきた野口さん。「スフィア基準」を知ったきっかけは、海外の支援者から聞いた言葉でした。

    「日本の避難所はソマリアの難民キャンプ以下だ」
    「国際的な『スフィア基準』を満たしていない」

    多くの人が当たり前だと思っていた日本の避難所。「スフィア基準」という国際的な基準を満たしていないことが多いという言葉に、野口さんは衝撃を受けたと言います。

    命をつなぐ避難所で亡くなる人も…

    「スフィア基準」を満たしていないという日本の避難所。避難生活が原因で、多くの人が亡くなっています。

    2年前の熊本地震で「災害関連死」と認定された人は211人(平成30年4月現在)。これは建物の倒壊など地震の直接の影響で亡くなった50人の実に4倍以上です。

    この211人が亡くなった状況について、私たちが市町村に調査をした結果、避難所の生活や車中泊を経験した人が少なくとも95人、全体の45%にのぼることがわかりました。

    このうち90代の男性の遺族に話を聞くことができました。男性がいた熊本県益城町の避難所では、廊下まで人があふれていたといいます。

    遺族への取材メモです。

    「寝返りを打つのも難しいような狭いスペース」
    「トイレは汚いし並ぶ。行かずに済むよう飲まず食わず」
    「地獄のような環境だった」

    男性は避難所で高熱を出して病院に運ばれ、肺炎を繰り返し発症し亡くなりました。

    「地震前はひとりで自転車で出かけるくらい元気だった。避難所がもう少しいい環境だったら…」

    遺族は、悔しそうに振り返っていました。

    命を守る「スフィア基準」

    災害を生きのびたあとに身を寄せる避難所で、命を落とすという深刻な現実。まさに、そのような事態を防ぐために作られたのが「スフィア基準」なのです。

    「スフィア基準」は、アフリカ・ルワンダの難民キャンプで多くの人が亡くなったことを受けて、国際赤十字などが20年前に作りました。

    その後、災害の避難所にも使われるようになります。紛争や災害の際の避難所の環境について、“最低限の基準”を定めています。

    たとえば、居住空間について。

    「1人あたりのスペースは、最低3.5平方メートル確保すること」

    3.5平方メートルはおよそ2畳分。寝返りをうったり、スペースを保ったりするために最低でもこのくらいは必要だとされています。

    熊本地震の避難所では、避難者1人あたりのスペースが1畳ほどしかない場所もありました。

    また、トイレについては。「20人に1つの割合で設置」

    避難所でトイレが足りなくならないようにするためには、最低でもこのぐらい必要だと指摘しています。

    さらに大事なのが、男女比です。「男性と女性の割合は1対3」

    これは、一般的にトイレにかかる時間が、女性は男性の3倍の時間が必要になるからだということです。

    「スフィア基準」なぜ必要か?

    なぜ、このような基準が必要なのか。避難所で医療活動を行っている新潟大学の榛沢和彦医師に聞きました。

    榛沢さんは、避難所で大事なのは「水分をとり、こまめに動くこと」だと言います。しかし、1人あたりのスペースが狭いと長時間同じ姿勢でいることが多くなります。トイレが汚かったり混んでいたりすると水分をとるのを控える人もいます。

    榛沢さんの調査では「スフィア基準」の項目を満たしていない避難所ほど、「血栓」が足に見つかる割合が多くなりました。「血栓」は血のかたまりで、関連死の原因になることもあります。

    榛沢さんの分析では、避難生活でトイレを我慢しやすい傾向があるからか、男性よりも女性の方が「血栓」が原因の病気が多いという結果も出ています。スペースやトイレの基準には、こうした事態を防ぐ意味もあるのです。

    各地の避難所を視察してきた榛沢さんは、海外の避難所の多くで、「スフィア基準」が使われていると言います。

    2年前、大地震が起きたときのイタリアの避難所。発生から72時間以内に、家族ごとにテントやベッドが支給され、衛生的なトイレも、整備されたということです。

    海外では、被災者の置かれた環境が悪いことを人道的な問題ととらえているため、取り組みが進んでいることを実感したと言います。

    これに対し、日本では「スフィア基準」が浸透せず、劣悪な環境の避難所が設置され続けているとして、榛沢さんは危機感を示しました。

    このままだと日本の避難所だけが世界から置いていかれる。避難所の考え方を根本から変えていかないといけない

    野口健さんと「スフィア基準」

    日本でも「スフィア基準」を使おうという動きが徐々に出ています。

    東日本大震災など近年相次いだ災害のたびに海外の支援団体などから指摘され、知られるようになってきたからです。

    そのひとつが、登山家の野口健さんの取り組みです。2年前の熊本地震の被災地で「テント村」を開いた際、スフィア基準を参考にしました。

    1家族に1つのテント。家族だけでくつろげる上、寝る場所と生活する場所の空間も分けるようにしました。また、トイレは数を増やして、男女比も1対3にしました。

    実際にテント村を運営して、野口さんはスフィア基準の重要性を実感したといいます。

    スフィア基準を参考にしてやってみたらとてもよかったんですよ。避難所は苦しい生活を耐え忍ぶ場所ではなくて、家を失ってしまった人たちがこれからの生活再建のために少しでも前向きになれるような場所にしていかないといけないんだと思いました

    よりよい避難所を

    「スフィア基準」自体は、行政や専門家の間で、少しずつ使われてきています。南海トラフ巨大地震の被害が想定される徳島県は、平成29年、避難所運営マニュアルにスフィア基準を盛り込みました。

    国も、平成28年に作った避難所の運営のガイドラインに参考にすべき国際基準として紹介しています。

    それでは、避難所運営にどう生かせばいいのか。

    ことし4月に宮崎県で開かれた研修会。「スフィア基準」に詳しい宮崎大学医学部看護学科の原田奈穂子教授が、基準を参考に、避難所をよりよくしていくための工夫を教えてくれました。

    その1つが段ボールを組み立てて作る簡易ベッド。床での雑魚寝より快適で衛生的な上、ベッドの下にものが収納できるため、1人あたりのスペースを広く取れるようになるといいます。

    また、持ち運びが可能な簡易トイレ。数を増やせる上、手を汚さずに処理できるため、清潔な状態を保つことができます。

    こうしたものをあらかじめ多く準備しておくことも大事だといいます。

    原田教授は「スフィア基準は、あくまでも最低基準。その基準を元に日本に合わせたよりよい避難所作りにつなげることも大事です」と話していました。

    災害を生き延びたあとに死なないために

    そもそも「スフィア(sphere)」とは、英語で「球体」を意味します。

    球体、つまり地球のどこでも使えるようにという思いを込めて作られた国際基準なのだと、難民支援団体の担当者が教えてくれました。

    そのような意味が込められた基準が、先進国の日本で十分に使われていないことをどう感じますか?

    「災害時はみんな大変だから、我慢するのは当たり前」 こうした考えは、日本人の美徳とも言われてきました。しかし、そのような精神論に近い考えが、国際的な「スフィア基準」に満たない避難所が次々に作られる事態につながってきたのではないかと指摘する専門家もいます。

    災害を生き延びたあとの避難所で、人が死なないためにはどうすればいいのか。

    まずは「我慢は当たり前」という意識を変えること。そして、「スフィア基準」をよりよい避難所作りにつなげることです。そのためには、急場しのぎの対応を改めて、いざというときに質の高い避難所を作るため、事前に十分な準備をしておく仕組みに変えていくことが必要だと思います。

    「スフィア基準(スフィア・ハンドブック)」のホームページ
    https://jqan.info/documents

    記者名
    社会部記者
    清木 まりあ
    記者名
    社会部記者
    森野 周
    記者名
    熊本局記者
    杉本 宙矢

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