2021年02月26日
(聞き手:田嶋あいか 白賀エチエンヌ)
自動車や機械、建設などあらゆる産業を支える鉄鋼業。とても規模の大きなビジネスをしている印象がありますが、今「温室効果ガス排出、実質ゼロ」という難題に直面しています。最大手の日本製鉄はどう対応していくのか、就活生が聞きました。
学生
白賀
鉄鋼業って、そもそもどういうお仕事なんですか。
製鉄所って見たことないですよね。
日本製鉄
小島さん
ないです。
千葉県の君津市にある製鉄所では、端から端までがちょうど東京から新宿の距離(約6キロ)なんですよ。
学生
田嶋
えー!
働く人もたくさんいて1つの町のような規模感なので、(電気など)必要なインフラも自社で賄ったりして、協力会社の方々と一緒に仕事をしています。
鉄の源となる鉄鉱石を大きい船に乗せて海外から日本に持ってきて、高さ100mぐらいある設備で溶かして成分調整して製品を作っています。
作られた鉄って、実際にどのようなところで使われているんですか。
自動車とか家電、あとはビルを建てるときに使う鉄骨だったり、電車のレールや車輪とか・・・
日本製鉄
高濵さん
生活していくうえで関わらないことがないくらい、裾野の広い産業です。
ニュースに選んでいただいた「カーボンニュートラル」、ちょっと聞きなじみがないのですが・・・
出した分の二酸化炭素(CO2)などの量をその他の活動で吸収したりして、プラスマイナスゼロにするというイメージです。
鉄鋼業だと鉄を作るときに二酸化炭素が出てしまうのですが、それを他の環境保全活動や、今より排出量を少なくするという活動でマイナスします。
菅総理大臣が宣言したことで話題になりましたよね。
2020年10月、菅総理大臣が所信表明演説で「2050年までの温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」として、「カーボンニュートラル」の実現を目指すと表明しました。
鉄鋼業というと、煙がもくもくしているようなイメージがあります。
実はあの煙のほとんどが水蒸気だったりもするんですが、そういう印象もありますよね。
そもそも、二酸化炭素って減らすことってできるんですか。
そうですよね。
日本のすべての二酸化炭素(CO2)排出量の中で、鉄鋼業って1割ちょっと(13.9%)を占めているんですよ。
インパクトが大きいので、鉄鋼業界も対策をしていかなければいけないんです。
生産のどの段階で二酸化炭素が出ているんですか。
鉄の原料の鉄鉱石は酸化鉄なんです。
酸化鉄のままでは使えないので、高炉という設備で酸化鉄を溶かしながら石炭(炭素)で還元(酸素を取る)しています。
還元反応で鉄鉱石は鉄に変わり、石炭は酸素と結びつくので二酸化炭素が発生するんです。
さらに、工場は24時間365日動いていて、たくさん鉄を作っているので、二酸化炭素の排出量も多いんです。
その中でどうやって減らしていくんですか。
今いろんな取り組みをやっているんですけど、ひとつが「水素還元」という技術の開発です。
水素還元技術
鉄鉱石から余分な酸素を取り除く(還元)ため、現在は石炭(C)が使われているが、石炭の代わりに水素で還元する技術。水素(H2)で還元するので、発生するのは二酸化炭素(CO2)ではなく、水(H2O)となる。
他の鉄鋼メーカーや国と一緒に、君津にある試験高炉で研究を続けているところです。
二酸化炭素を削減すべきっていう動きは最近加速したんですか。
菅政権の発言があってからがらっと変わったかなと思います。
これまでよりも期間が短縮して、目標も高くなったなっていう印象はあります。
逆に環境にいい作り方をしていますよっていうPRポイントにもなるかなと考えています。
環境に優しい鉄ですって言ったほうが売れるということですか。
そうですね、お客さんも会社のことをいろんな指標で評価しているんです。
環境に優しくしなければいけませんよって国の規制があって、会社として買うものに関してもそれが指標に組み込まれていくと思います。
環境に優しいという点が良い評価につながるんですね。
そう。特に海外のお客さんだと取引先がどういう取り組みをしているかチェックするので、プラスになることはあると思います。
カーボンニュートラルのために、ほかに取り組んでいることはありますか。
例えば鉄を作る中で出た副産物を捨てるんじゃなくて、加工して海に持っていく取り組みがあります。
鉄の副産物には栄養がいっぱいあるので、海藻がいっぱい生えるんですよ。
ええー!
日本の海では海藻類が生えない「磯焼け」が問題になっていますが、全国38か所でワカメとか昆布を生やすために使っています。
海藻が増えると光合成をするのでCO2を吸ってくれます。
いろんな取り組みをされていますが、2050年までの温室効果ガス実質ゼロというのは達成できると思いますか。
やっぱり、そのための開発をするのにコストがかかるので、それをどう乗り越えていくか。
前向きに検討していくのですが単体の会社では難しさもありますし、課題がけっこう残っているなというのが第1段階の受け止めなんじゃないかなと思います。
2つめに「デジタルトランスフォーメーション」、こちらを選んだ理由は何でしょう。
鉄作りの現場を想像したときに、人がいっぱい働いているっていうイメージだと思うんですけど、実は5GとかIoTとかいろんな技術を生かそうとしているんです。
実際にどのように生かしていくんですか。
以前は3Kと言われたこともある厳しい現場環境がありました。
例えば人の横を何千度もある真っ赤な鉄が流れるような現場があったり、製鉄所の中に鉄道が走ったりしているんですよ。
ええ!
それを運転する人がいて、マグマみたいな鉄の塊を載せてる列車もあったりして。
それをどう制御していくか、どう効率的に物を運ぶか。
人でやるよりも機械学習をさせて分析したほうがよい面があります。
具体的には室蘭の製鉄所で5G活用に向けて、列車の運転を自動化してそのデータを分析する取り組みをしています。
へー!
運転室から列車を運転するんじゃなくて、離れた事務所からカメラで撮って遠隔操作したりしています。
効率化だけじゃなくて、危険の回避というのもあるんですか。
そうですね。1000度以上の鉄がありますし、重圧が何十トンもかかるような設備が動いてるので自動化していますね。
会社の中で掲げている、一番大切にしなきゃいけないことって全てに優先させて安全なんですよ。
まず安全、そして環境・防災・品質と言っています。
社内の挨拶も「ご安全に」っていうぐらいなので。
そうなんですね。
さらに、技能伝承の問題もあります。
技能が蓄積されているんですけど、世代を超えて伝承することが課題です。
長年の経験がなくても鉄を作れるような仕組みにするということですか。
数キロある製造ラインを自動システムを使って4人くらいで管理してるんですけど、最後に頼るところはやっぱり人なんです。
レーザーで傷や異物がないかを確認した後に、目視で確認するんですよ。しかも動いているものを見る。
それは結局、職人じゃないとできないんです。
そうなんですか!
こういうことをどれだけ人の力だけに頼らずできるか、実験段階ですが取り組み始めています。
アメリカ大統領選、こちらを選んだ理由を教えてください。
太平洋の向こう側の国の話なんですけど、鉄は産業・インフラの基礎素材で、国内の鉄鋼業を保護する国が多いので政治と深い関わりがあるんです。
大統領が代わる影響はどういうものですか。
保護貿易的な「アメリカを守りましょう」というところは急に変わることはないと思います。
バイデン大統領でも変わらないんですか。
まだ分からないところが多いんですけど、急激に好転するということはないと思います。
というのは、アメリカもそうですし、新興国など他の国も鉄の自国産化が進んでいく中で、保護貿易的な流れになっています。
今後(新型コロナの影響などで)経済が悪化するとしたら、自国を守らなきゃいけないという流れは続くので、なかなか変化はしないのではと個人的には思います。
ビジネスにとっては厳しいように思うのですが、どうやって生き残っていくんですか。
その国に進出して、市場に食い込んでいくことが大切です。
例えば、現地に生産拠点を持つ。
当社ならインドの鉄鋼メーカーを共同買収して現地で生産して売ったり、アメリカの生産拠点で作ってアメリカで売ったりとか。
現地マーケットの規模や自国産化の動きなどを踏まえ、品種や地域ごとに最適な展開をすることが大事になっています。
なるほど。
「鉄は国家なり」って古い言葉かもしれないですけど、仕事をしていて実感します。
中国は国策で鉄を作っていますし、古くはヨーロッパもアメリカもそうです。
鉄鋼業ってやっぱり政治には結びつきやすいですし、扱っている量や金額も大きく海外向けも多いので、保護貿易みたいなものからは影響を受けやすいですね。
そうなんですね。最後に、鉄鋼業界に対して就活生にはどんな印象を持ってもらいたいですか。
インフラ系の企業のように、安定とかそういったカテゴリーに入りがちな業界だと思うんですけど、鉄鋼業界はいま変革期を迎えていて、いろいろなことができるチャンスがあります。
新しいことができるっていうイメージを学生の皆さんに持ってもらえたら、うれしいですね。
本日はありがとうございました!
ありがとうございました。
取材:加藤陽平 撮影:伊藤七海