2020年03月11日
(聞き手:伊藤 七海 勝島 杏奈)
数々のドラマの演出を務めてきた桑野智宏さん、実はどうしてもドラマを作りたいとNHKの就職試験を3年連続で受けたといいます。桑野さんが就活生に伝えたいこととは?
「就活生日記」のドラマを通して、学生に伝えたいメッセージはありますか。
いやー、あんまり大上段でえらく語りたくないんですけどね(笑)。
「就職活動で悩んでいるのはあなただけではないし、僕ら上の世代もみんな悩んできたことだから、そんなに心配しなくていいよ」ということですかね。なんとかみんな生きてるっていう。
僕は学生の時、演劇に夢中になりすぎて、大学に6年間通っていたんです。自分たちで劇団も旗揚げしました。
おおー。
当時は、演劇の中に映像を使って場面転換するのがはやりだしていて、芝居を映像で撮るのも楽しいなと思い始めて。
だからどうしてもドラマを作りたくて。実は、NHKを3回受けているんです。4年生の時ダメで、5年生の時もダメで、6年生で内定もらいました。
ドラマ愛がスゴイですね。
これじゃなきゃ嫌だと思っていたタイプです。エントリーシートには全部ドラマのことを書いていました。「あなたの今年1番のニュースは?」って聞かれてもドラマのこと。
今思うと、リスクがありすぎたと自分でも思うので、こんなこと就活生の皆さんはやらない方がいいと思うけど(笑)
たしかに・・・まねできないです(笑)
今回の就活のドラマは、悩みとか苦しさみたいなことをあまり重たく書きたくなかったんです。
「こんな考え方があるんだ」とか、どこかに引っかかってもらって、眠る前に少し気持ちが明るくなってもらえればなと思って作りました。
ふだんの情報収集はどうやっているんですか?
何でもドラマの題材になるので、偏らないように何でも興味を持つようにしています。
ヤフーやテレビでニュースを見るし、NHKスペシャルとかも見るし。今、世の中が注目していることをボーッと追いかけています。このボーッというのが大事。
ボーッとですか。
一生懸命追いかけていると、追いかけることが目的になってしまうので。それよりは今みんなこんなことを気にしているのかとか、Nスペでこんなことが取り上げられているんだとか。
情報は本当にたくさんあるので、気に入っているサイトとかアプリとか、電車の中とかでボーッと見ています。
ブックマークに「ネタ元」ってフォルダ作って、そこにボコボコ入れて、たまに見直して、「あっこんなことあったな」って思い出したりして。
あとは奥さんの話題はすごく気にしています。みなさんもお母さんとよくしゃべるでしょ。
たしかに家だとぺらぺらしゃべりますね。
テレビ局の人間って、みんな表現に手慣れている人だから、きれいにしゃべったりするんですよね。
でも奥さんはそうじゃないから、思ったことをポーンと言うじゃないですか。感じたままに。
「あっ、今そんなことを気にしてるんだ」とか、「今そんなことに怒っているんだ」とかすごく気にしています。
なるほど。
情報ではなくて、気分とか感情とかをかぎ取るために大事にしている感じですかね。
ネットやメディアからは基本的な情報を、奥さんからは気分と感情を教えてもらっています。ドラマって情報だけじゃないので、そのバランスは見失わないようにしていますね。
1942年のプレイボール (平成29年8月12日OA)
1941年、職業野球・大洋軍のエースで4番として二刀流の活躍を見せた野口二郞ら4兄弟の、戦争に翻弄されながらもグラウンドに立つことを夢見た兄弟と家族の絆を描いた物語。
どういう時に、これはドラマになる!って引っかかるんですか。
「へえー」って思うことあるじゃないですか。人と話している時に、「へえー」とか「ふーん」って。
へえー。
そう(笑)
「うわ!すげえ」じゃあなくて「へえー」って思ったことの奥に何かあるよって言われたんですね。
多分、「すげえ」と思ったことはその人が本当に思ったことなんですけれど、多分その感動は、その人の個性によるところが大きいのかもしれないし、隣の人は全くそう思わないかもしれないんです。
でも、「へえー」って思ったことは、意外とみんな「へえー」って思いますよね。
マスメディアなので「へえー」のほうが大事で。「へえー」の裏側を探っていくというのは習慣として持っています。
なるほど。
実際、大谷翔平選手が活躍し始めた時に、何がすごいのかとか、どういう特徴があるのかとか、アメリカとの比較とかいろんな記事が出ていので、それをボーッと見ていたんです。
すると、大谷選手の何十年も前に、「野口二郞」っていう人がすでにいたって記事が書いてあって「へえー」って思ったんです。記事は2、3行だったんですけど。
へえー(笑)
そうなりますよね(笑)世の中これだけ大谷選手に注目が集まっているから、昔、二刀流がいたと聞いたら、みんなも「へえー」って思うだろうなと取材を始めて、ドラマを作りました。
いだてんの平均視聴率は関東で8.2%、関西で7.1%と大河の中で最も低かった。しかし、最終回の12月15日、ツイッターには、主人公・田畑政治のセリフにちなんだ「#いだてん最高じゃんねえ」の投稿が相次ぎ、トレンドワード1位を獲得。大きな反響があった。
ところで、視聴率はどれくらい気にしているんですか?
いや、もう毎日チェックしていますよ。朝ドラと大河は、特に視聴率を気にしています。
数字が低かったら現場の雰囲気が変わったりするんですか?
そんなことないですよ。もちろん、個人個人はいろいろと考えていると思いますが。
いだてん、低かったですよね。大河史上最低だったんですけれど、撮影現場では少しでも面白いものにしようって熱やパワーにあふれていました。
でも正直なところ今はもう視聴率は番組の指標にはなっていないと思います。いだてんが低かったからという負け惜しみじゃなくて(笑)
視聴率の代わりに指標としているものは、ありますか。
それがないから、みんな困っているんだと思いますね。視聴率は実態を反映していないけれども、代わりのものがないからまだそれを使っている状態だと思います。
でもNHKもネットの同時配信が始まるので、制度が変わると、視聴率みたいなツールも変わってくると思うので、ガラッと違う何かが生まれてくるだろうという気がしています。
ツイッターの反応とかは見ていますか?
めっちゃ見ていますよ。検索もありとあらゆる単語を組み合わせて検索しています。
例えば「いだてん」とか「阿部サダヲ」とか、みんながつぶやきたいと思う材料を想像して、数十パターンくらい検索して、ザーッとみています。
その反応を作品に生かしたりするんですか。
一つのツイートで何かに影響することはないです。
でも、自分の狙いをこんな風に受け取った人がこれくらいいて、気づかない人はこれくらいいるのかというのは、自分の中に蓄積しています。
次に演出する時にはもっと分かりやすくしようとか、もっと分かりにくくしても伝わるのかなとか、その辺は探っている感じですね。
仕事は楽しいですか?
楽しいですよ。全く飽きないです。次はもっと、もっとって思っちゃうので。16歳から演劇を始めて25年になりますが、楽しいです。
最後に桑野さんにとって、仕事とは何でしょうか。
いつでもベターが見つかってしまう。
もちろん、ベストはいつも尽くします。
でも、終わったとたんに「こうしときゃよかった」とか、「もっとこういう方法があった」とか自分で気づく場合もあるし、奥さんや先輩からの意見や、ツイッターで分かることもあるし。
「ベストを尽くしたはずなのに、いいものが見つかってしまう」ということが僕にとっての仕事。
それが見つからなくなったり、そういうものに対して不感症になったら、もう辞めるときだと思っているので。マニアックすぎるかな?
いや、これ好きです。
多分、そういう仕事が見つかると、楽しいと思いますよ。
取材後記
勝島)「へえー」や奥さんの話題など、何気ない日常にも仕事に生きるヒントが転がっているんだなと思いました。情報だけでなく感情にも目を向けるところに監督らしさを感じました。
伊藤)どんな小さなことでも「へえー」と思ったことから広げられる、というのが自分にはなかったけれど、「なるほど」とふに落ちる発想法でした。ドラマの企画以外にも応用できそうなので、私もまねしてみようと思います。
編集 成田大輔