教えて先輩! 若宮正子さん【前編】

アップルCEOに「どうしても会いたい」と言わせた87歳

2022年06月16日
(聞き手:梶原龍 芹川美侑)

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アップルのCEOや台湾のIT担当閣僚がこぞって「会いたい」と呼びかけたのが87歳の若宮正子さん。世界から注目される「世界最高齢のアプリ開発者」です。でも実はパソコンは58歳から、アプリ開発は80歳から。人生100年時代を体現する若宮さんに、生き方のヒントを聞きました。

アップルから招待状が、しかも・・・

学生
芹川

80歳でスマホのゲームアプリの開発を始めたと聞きましたが、どんなアプリですか?

ガラケーからスマホに変える人が増えたんですけど、お年寄りにとって楽しめるアプリがなかったんです。

若宮さん

そしたら周りから「若宮さんが年寄りなんだから、自分で作ったらどうですか」って言われて。

だからやむを得ず作ることになったんです。

【若宮正子さん】
1935年東京生まれ。高校卒業後に三菱銀行(いまの三菱UFJ銀行)に入社して定年まで勤務。58歳からパソコンを独学で習得し、80歳でゲームアプリの開発を始めた。アップルが世界の開発者向けに開く会議にも招待され「世界最高齢のアプリ開発者」として知られる。

やむを得ず・・・すごい!

学生
梶原

作ったアプリがいろんな記事になったんですよね。

日本の新聞に出たあと、アメリカのテレビ局から英語でメールが来ました。

翻訳ソフトで日本語にして読んで、自分で日本語の文章を書いてそれを今度は英語にしてお送りして。

そしたらカラフルで動画入りのすごい記事ができて、海外の通信社がそれを拡散して下さって、海外で有名人になっちゃったんです。

若宮さんが開発したアプリ「hinadan」

hinadanは12種類のひな人形を、ひな壇の正しい位置にはめていくパズルゲーム。正しい位置に置けると鼓の音が「ポン」と鳴り、「正解です」と表示される。位置を間違えると「ブー」という音とともに「間違いです」と表示。指をスライドすることなく、タップだけで操作できる。

アップルのCEOのティム・クックさんにお会いしたって伺いました。

そうなんです。でも最初にアップルから一緒にアメリカに行きましょうってお誘いうけたとき、お断りしたんです。

えっ?

旅行の予定があったし、よくわからなかったんですよね。

それでも「どうしても会いたい」って言っている人がいるから来てくれって言うんです。

「誰ですか」って聞くと「クックです」と返ってきたんです。

しぶしぶっていったら言い方悪いですが、それは行かなきゃまずいと思いました。

うれしかったですか?

最初はうれしいっていうよりも戸惑いました。

だってアプリ自体もほんとおそまつで、アップルの審査に通るかも分かんなくて。

なんでティム・クックさんに呼ばれたんですか?

恐らく今までの彼の頭の中にあったマーケットって若者しかなかったけれど、高齢者という新しい顧客層を発見されたのではないかと思います。

どんなことを聞かれたんですか?

なぜゲームアプリを作ったかっていうことと、高齢者にとってどんなところが使い勝手が悪いのかという質問がありました。

私が高齢者はスワイプとかスライドとかやりにくいということを伝えたら、そんなことはご存じなかったらしいんです。

また「なければ自分で作ろう」という発想にもびっくりされたということです。

へー!

ティム・クックさんも私のアプリについてわりと事細かに「『正解です』『間違いです』のテキスト表示をもっと大きくしたほうがいいんじゃないですか?」って意見くださって。

「タブレットのほうがいいんでしょうかね」なんていうお話もあって、極めて具体的かつ実務的でしたよ。

プログラミングよりも “お友達パワー”

実際に若宮さんはアプリを作る時はどういう点を気をつけたんですか?

作るには2つポイントがありました。

1つ目は、お年寄りは指先が乾いているので画面を上から突くのはなんとかなるにしてもスワイプだのフリックだのはものすごくやりづらいんです。

だから、タップだけで処理できるようにしました。

なるほど。

もう1つはおひな様七草といったお年寄りに馴染みの深いテーマであったらいいんじゃないかと思って作りました。

これなら、おばあちゃんがお孫さんに教えることもできます。

具体的にはどうやって作っていったんですか?

アイコンは気品がある元絵をお友達に描いていただいて、ナレーションも別のお友達に頼みました。

英語のWELCOMEという声も日本舞踊の先生に1000年前のおひな様が話している様子をイメージして収録していただきました。

そうなんですね。

いろんな方にお願いして、寄ってたかってやっていただいたのがあの成果になるんです。

アプリっていうとみんな「プログラミング」を特別視しちゃうんです。

だけどプログラミングっていうのは、アプリ作りの1つの要素でしかないんです。

なるほど。

脚本を書いて、大道具小道具をそろえるっていうことが大事なんですよ。

だから総合力というか、“お友達パワー”というのが大事なんだなと思います。

オードリー・タンとトークショー

今日のお洋服の柄も若宮さんがつくったものだと・・・

そうです。「エクセルアート」と呼んでます。

エクセルって表計算ソフトで四角い箱がたくさんあるんですけど、箱に何を入れてもいいと知って、無限の可能性を持っていると思ったんです。

単に色を塗るだけじゃなくて、グラデーションとかパターンとかいろんな形のものが作れる。

枠線や仕切り線も色とか形を変えられることに気が付いたので楽しんじゃえって、色々なものを作るようになりました。

すごい!

四角い箱(セル)の色つけや罫線という本来は補助的な機能を主役にして図案を描く
グラデーションや縞模様、ドット模様を活用

去年、台湾のIT担当閣僚のオードリー・タンさんとトークショーのお相手をさせていただいたのです。

何で私をトークショーのお相手にしていただいたのかしらとお伺いしたら「あなたのエクセルアートにすごく興味を持った」とおっしゃるんです。

「エクセルのファイルだから、メールで送れば私もあなたと同じブラウスを着ることができます」ということを仰ってくださいました。

オードリー・タンさんがそんなことを。

マイクロソフトの方にもデジタルアートだと評価していただきました。

シアトルのマイクロソフトの本社にお邪魔して、エクセルアートのうちわをお見せしたら喜んでくださいました。

なんだかすごい!

エクセルアートでブックカバーやバッグ、うちわなどを作り楽しんでいる

10年以上前に作り始めたんですけど、わりと笑われていたというか、変なことしている人みたいに見られていました。

でも今はクリエイティブな仕事をする人は、変なことをする人ではなくなりましたよね。

思いついちゃったものを形にするのはすごく楽しいです。

今やりたいことをやればいい

今って誰もがみんな学び直しながら暮らしていく時代です。

だからことし志望校に入れるかどうかとか、学校の成績がどうとかそんなの大きな問題じゃないんですよ。

先の事なんか分からないから、今はさしあたり好きなことをやればいいんです。

何か必要になった時は学び直せばいい。

ひとまずやってみようという気もちが大事ということですか。

そうです。逆に言うとどうして今の若い人ってそういうことに対して臆病なのかなと思うんですね。

例えば、講演会で「80歳を過ぎてからプログラミングをやる勇気と決断はどこから?」って聞かれるんです。

私はこれにびっくりしちゃって。

えっ、そうですか。

例えばバンジージャンプをするとかだったら決断が必要かも分からないですね、かかりつけのお医者さんに相談するとか。

でもプログラミングをやったって誰かが死ぬわけじゃないですし、嫌になったらやめればいいわけで。

家で変な干物を焼いていたらご近所迷惑ですけど、ご近所迷惑にもならないんだったら、どうして勇気と決断が要るんだか分からない。

あー。

若宮さんがそう思えるのはなぜでしょうか?

私は失敗はものすごくたくさんしていますけど、失敗しない人生はつまらなくないですか?

大人になるためにいろんな経験をしてみるってことも多分必要なんだと思うんですよね。

経験が必要。

だから失恋とか落第とか自分の勤めた会社が傾くとかいろんなことがあるのは、実りの多い人生になるうえでの肥料なんだと思うんですよ。

人生100年 まず、やってみましょう

「人生100年時代」と言われますが、どう思われますか。

100年時代には高齢者の教育も大事で、だから「リケジョ」もいいけども「リケ老」も作んなきゃいけないと。

リケ老?

お年寄りにも理科系をって意味です。

高齢者に欠けているのはテクノロジーも含めた、切れば血の出るような現代社会の知識じゃないかと思ったんです。

絶えず再教育していかないと人生100年もたない。

お年寄りにもテクノロジーが必要だということですね。

あと、人生100年あればいろんな生き方を体験できると思うんです。

就活も一緒で一生同じ仕事するっていうんじゃなくてね、例えば弁護士やって、その先の人生では漁師さんをやってみるとか。

次は保育園に勤めるとかいろいろあっていいと思うんです。

一生のうちにいろんな人生を過ごすってことですか。

そう、とりあえずやってみる。

だから就活もとりあえずやってみる事を決めればいいんじゃないでしょうか。

就活生へのメッセージをお願いします。

とりあえずやってみよう。

失敗を恐れないでとりあえずやってみましょう。

バッターボックスに立たなければ三振だってできませんよ。

まず、やってみましょう。

62歳で退職したあとに世界を代表するお年寄りになった若宮さん。人生で大事にしてきたのは何歳になっても「とりあえずやってみる」精神でした。記事の後編では、戦争や復興、リーマンショックといった歴史とじかに触れてきた若宮さんの「価値観の変化」を聞きました。近日、掲載します。

撮影:本間遥 編集:鈴木有

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