目指せ!時事問題マスター

1からわかる!バイデン大統領(5)脱アメリカファースト?

2021年04月22日
(聞き手:伊藤七海 佐々木快)

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バイデン大統領は、トランプ前大統領が掲げた「アメリカ第一主義」を軌道修正し、国際協調を重視する姿勢を示しています。気候変動問題はどうなる?世界は平和になるの?アメリカ担当の髙橋解説委員に聞きました。

髙橋祐介解説委員は、国際部でワシントン、エルサレム特派員、ジャカルタ支局長などを歴任。アメリカを内からも外からも見続けてきた“アメリカウォッチャー”です。

脱アメリカファースト?

学生
伊藤

中国との向き合い方はわかりましたが、世界とはどう向き合っていくんですか。

バイデンさんは、外交方針を示す演説で「アメリカは戻ってきた、対外政策の中心に外交が戻ってきた」と言いました。

髙橋
解説委員

「何事も同盟国重視、国際協調重視で対話を大事にします」ということです。

大統領就任後、WHO=世界保健機関からの脱退撤回を表明し、パリ協定にも復帰した。国際機関や国際的な枠組みを重視する姿勢を示している。

学生
佐々木

つまり「脱アメリカファースト」ということですか?

うーん、よくそう言われるけど「脱アメリカファースト」は多分正しくない

そうなんですか?

もちろんトランプさんのような「極端なアメリカ第一主義」ではない。

でも、バイデンさんもアメリカの国益が一番大事という姿勢は全く同じで変わらない。大前提として、この点はおさえておいたほうがいいです。

「気候変動問題」が最重要課題なワケ

自分の国を優先するのは、確かに当たり前ですよね。そんな中で、なぜ気候変動問題を最重要課題にしたんですか。

それは、国家の命運を左右するからです。

国家の命運!?

私が学生の頃、環境問題は、皆さんの言葉で言えば「意識高い系」の人たちが熱心に取り組む環境保護活動というイメージでした。

「あの人は北極のシロクマが心配なんだな」というような。

でも私たちの世代にとっては切実というか、切迫具合が違います

そうですよね。さらに、環境問題を考えずして経済も安全保障も考えられない時代になった。

皆さんは、低炭素と脱炭素の違いってわかりますか?

低炭素は「二酸化炭素の排出量を減らそう」だけど、脱炭素は「なくしましょう」ということですか?

そう。「低炭素社会」から「脱炭素社会」に転換しましょうというのが、2015年に採択されたパリ協定でした。

これは似ているようで全然違う。例えば自動車産業でも、なるべく排ガスを出さない車づくりから、今やガソリン車は作りません、電気自動車にシフトします、というところまで来ている。

経済や産業のあり方にも大きく関わるということですね。

さらに、最近では、脱炭素の取り組みが不十分な国の輸入品に関税を課す仕組み「国境炭素税」も議論されている。

国境炭素税(炭素国境調整措置)

環境規制が緩い国からの輸入品に対して、その製品が作られた際に出た二酸化炭素の量に応じて課税する仕組み。ある国が脱炭素の取り組みを厳しく行うと、その国の企業のコストが増えることになり、海外企業との競争力が損なわれるためEUなどが検討を進めている。導入されると日本企業にも大きな影響が出ると予想されている。

これって貿易、通商、外交、安全保障にも関係してきますよね。日本企業の競争力にも関わってきます。

乗り遅れたら、大変なことになりそう。

だからバイデンさんは、最重要課題に据えたんです。

トランプさんは、後ろ向きだったと思いますが…。

トランプさんは「気候変動問題はまやかしだ」と言っていましたからね。

まやかし…

トランプさんの支持者には温暖化対策に否定的な人が多かったし、脱炭素への転換が進むと石油産業などで雇用も奪われます。それでパリ協定から離脱した。

パリ協定からの離脱を表明したトランプ大統領(当時)2017年

一方で、トランプ政権で気候変動対策が後退したかというと、技術は格段に進歩しているし、州によっては取り組みが進んでいるんですよ。

意外です。

アメリカって地元の州の権限が強いから、東西両岸のカリフォルニア州やマサチューセッツ州、それにテキサス州などでは風力発電など再生可能エネルギーの導入が進んでいます。

歴代政権で最も野心的な目標

そうすると、バイデン政権になって、さらに対策が進むということですね。具体的にどんなことをするんですか?

まずは、パリ協定に復帰しました。

また、大目標として「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにします」さらに、「2035年までに発電に伴う二酸化炭素の排出量をゼロにします」とも言っている。

2035年って、14年後…結構すぐですね。

今はどんな状況なんですか?

今は、アメリカの発電量の約6割を石炭や天然ガスなどの化石燃料でまかなっています。

うーん、日本と同じように火力発電の割合が高いですね。簡単ではなさそう。

そう、歴代政権で最も野心的な目標と言われている。

バイデン大統領は、8年間で2兆ドル=日本円で220兆円を超える規模のインフラ投資計画案を発表した。

簡単に言うと、コロナ禍からの経済復興と、脱炭素社会の実現に向けた産業振興を同時に目指しましょうというもの。

その中で、電気自動車の普及促進のため充電設備の拡充や、輸送インフラ整備の1つとして、アムトラック鉄道の改修などもあげています。

バイデンさんは確か、鉄道で地元とワシントンを行き来していたんですよね。

そう、「アムトラック・ジョー」と呼ばれるぐらい「鉄道好き」で知られているからね。

アメリカは自動車社会のイメージが強かったけど、これからは日本の新幹線技術の導入も検討されているテキサスなどの高速鉄道が、どこまで普及するかも見どころの1つです。

脱炭素への取り組みが進むと、反発もありますよね?

当然反対している企業はあるし、雇用も奪われる

企業は儲からないから反発しているわけで、だったら儲かるシステムにしようというのがバイデンさんの考え。「グリーン・ニューディール」とも言います。

グリーン・ニューディール?

再生可能エネルギーなどに投資して新たな産業を生み、そこに雇用の受け皿を作りましょうと。

脱炭素社会は民間企業の力なしには実現しないとも言われていて、民間の力をどう取り込めるかが今後の課題の1つです。

もう1つの課題が、電力需給の安定化。この冬、南部のテキサス州で記録的な寒波に見舞われて、大規模停電が起きたのは知っている?死者も100人以上出たんだけど。(関連死含む)

雪に覆われたアメリカ南部テキサス州(2月)

死者100人!?

テキサスって、石油や天然ガスが豊富なうえに、全米で最も風力発電を導入していることもあってエネルギーの都と言われていてね。

そんなところで、寒波がきたくらいで大停電になるんですか?

そう思うよね。ところが、天然ガスのパイプラインや、風力発電のタービンが凍って電力を供給できなくなった。

再生可能エネルギーを導入しながら、災害時にどう対応するか。電力供給システムの構築や蓄電技術の開発も同時にやっていかなくてはならない。

しかも、そうした先端技術を支える半導体などのサプライチェーンを、ライバルの中国に依存しすぎないよう再構築しなきゃならないという課題もある。

難しいことも多そうですが、対策の道筋は見えそうですか。

政権が交代して、バイデンさんがリーダーシップをとることで、雰囲気は変わりつつあると思います。

後世になって振り返れば、歴史の教科書に書かれるような大きな転換点になるかもしれません。

世界は平和になる?

以前、トランプさんは大きな戦争をしなかったと聞いて、すごく意外で印象に残っているのですが、バイデンさんはどうでしょう。

紛争をいかにコントロールして拡大させないかは、大統領の重要な役目の1つ。オバマ政権時代には、アフガニスタンに兵士を増派したり、イラクからの撤退を急ぎすぎてISの台頭を招いたり、という面もあったんだけど…

トランプさんは4年間で大きな戦争をしなかった。「アメリカファースト」だからね。「お金払って、アメリカ兵の命を危険にさらしてまで、他国の紛争に関わりたくない」というスタンスだった。

わかる気もします。

実際にドイツに駐留するアメリカ軍を減らす計画を発表したほか、日本や韓国に対してもアメリカ軍の駐留経費の負担を増やすよう求めてきました

そうでした。

ヨーロッパの同盟国からは、ロシアの脅威がある中で、アメリカ軍が縮小されることに懸念も出ていました。

一方、バイデンさんは世界に展開するアメリカ軍の態勢を見直します、ドイツに駐留しているアメリカ軍を縮小する計画も停止します」と表明した。結論は出ていないけど、ヨーロッパは一安心かもしれないね。

大きな戦争が起こることはないですか?

もちろん、今は大きな戦争が起こるような状況にないけれど、偶発的な戦争って古今東西枚挙に暇がない。それを避けるために重要なのがコミュニケーションです。

相手の意図を読み違えたりしないように、日ごろから政府どうし、政治家どうし、軍どうしの交流を深める必要はありますよね。

バイデンさんは長年の経験もあるので、そうした役割に期待がもてるかもしれないですね。

隠れた外交テーマは「核軍縮」?

バイデン政権は核軍縮の進展も期待されています。

そもそも、トランプ政権ではどうでしたか?

残念ながら核軍縮は全く進まなかった。今、世界で核兵器を保有している国はどこでしょう?

アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国…

その5か国が、NPT=核拡散防止条約で、核兵器の保有を認められている国です。

NPTには入っていないのに、核を持っている「事実上の核保有国」はパキスタン、インド、イスラエル、それに恐らく北朝鮮。全部あわせると9か国と覚えておいてください。

このうち、アメリカとロシアが世界の核兵器の90%以上を保有しています。

そうなんですね。

つまり、アメリカとロシアが核を減らさないと、世界の核軍縮は進まない。

両国は、INF=中距離核ミサイル全廃条約と、START=戦略兵器削減条約の2本柱で核軍縮に取り組んできたんだけど、トランプさんはINF全廃条約を破棄、条約は失効してしまった。

さらに、もう1つの「START」から引き継がれた「新START」も、失効の期限が迫っていたのに、トランプ政権とロシア側で協議が難航していたんです。

残る唯一の条約なのに、失効したらまずいですよね。

                           

そう。そこで、核軍縮に前向きなバイデンさんが大統領になって、まず「新START」を5年延長しました。

一安心でしたね。バイデンさんが核軍縮に前向きなのは、オバマさんが呼びかけた「核なき世界」を引き継ぐということですか

現職のアメリカ大統領として、初めて広島を訪問したオバマ大統領(当時)2016年

それももちろんあるけど、裏事情もあります。バイデン政権は、コロナ対策で200兆円規模の巨額の経済対策を成立させたばかりで、財政が非常に厳しい

どこから支出を削れるか?カットされるかも知れないのが国防費の核兵器なんです。

へ~!そうなんですか。

核兵器って、維持メンテナンスに莫大なお金がかかるけど、抑止力のためにあるんだから使えない。それって割に合わないじゃない?

確かに…

核を減らせば財政的にも余裕が出てくるし、「核なき世界」の復活という政治的な得点にもなる、一石二鳥なんです。

なるほど…

バイデンさんは、中国も核軍縮の交渉に巻き込もうともしています。

前回のお話で、中国と協力できる3つのことに「核の不拡散」がありましたね。

中国は「核兵器は、あくまで抑止力で先に使うことはありません」と言いながらも、今、中距離ミサイルを一番たくさん持っている。

アメリカは中国に対抗するため中距離ミサイルをアジアに新たに配備することも検討している。

でも、軍拡競争によって財政がさらに悪化することは避けたいという利害は中国と一致している。

だからバイデン政権としては中国を巻き込んで核軍縮の流れを作っていきたいところなんです。

さらに、バイデンさんは、トランプさんが離脱したイラン核合意への復帰も検討しています。

イラン核合意

2015年、イランが核開発を大幅に制限する見返りに、アメリカやヨーロッパなどがそれまで科していた経済制裁を解除することで合意。トランプ前大統領は「合意に欠陥がある」として一方的に離脱した。バイデン政権はイラン核合意への復帰を目指し、復帰の条件としてイランが核合意を守ることをあげている。

イランも交渉上手で、「まずは制裁解除してほしい」と言っていて、元の道に戻るのはそう簡単ではない。バイデン政権にとっても大きな課題になると思います。

バイデン政権 今後の注目点は?

最後になりますが、これからバイデン政権のニュースを見るとき、どんな点に注目すればよいですか?

もうすぐ政権発足100日の節目を迎える。バイデンさんは意外に「期待値のハードルが低い大統領」と言ってしまったけど、実はそういう期待値の低さこそが政治的な武器になっているんだ。

期待値の低さが政治的な武器…どういうことでしょう?

今はまだ内外から向けられる視線ってすごく優しい。

トランプさんが破天荒な人だったから、バイデンさんが記者会見を開いて質問に当たり前に答えただけで「何て真摯な姿勢なのかしら!」と絶賛されたりね。

初の記者会見で質問に答えるバイデン大統領(3月)

トランプさんと比較すると、そうなりますよね…

こういう表現は怒られてしまうかも知れないけれど、バイデンさんは「でも・しか型」の大統領だと僕は勝手に思っている。

有権者の中に「政権交代のためならバイデンでもまぁ良いか」「トランプを倒せるのはバイデンしかいないなら仕方ないよね」といった消極的な動機で投票した人が目立ったから。

でも、そういう期待値の低さを武器にして、大統領が偉大な仕事を成し遂げたことが過去にある

過去にも?

大恐慌による経済雇用の落ち込みを「ニューディール政策」で挽回して20世紀のアメリカの繁栄の礎を築いたと評価されているルーズベルト大統領(FDR)。

フランクリン・ルーズベルト元大統領

彼は副大統領候補として選挙に惨敗したことがあったけど、ニューヨーク州知事として地道に力を蓄え、未曽有の経済危機という、いわば時代の要請を受けて一躍、民主党が誇る“偉大な大統領”になった

日米開戦時の大統領だし、日系アメリカ人の強制収容なども命じたから、われわれから見ると“偉大”という評価はちょっと複雑だけどね。

バイデンさんも政権のスタートダッシュを重視するところ、気候変動対策とインフラ整備で「グリーン・ニューディール」をめざすところなど、FDRを強く意識している面がうかがえる。

そうなんですね!

同じ民主党のジョンソン大統領(LBJ)も、ケネディ暗殺で急きょ大統領に就任したから「でも・しか型」の典型だったけど、「偉大な社会」を提唱して貧困撲滅に努め、人種差別に反対して公民権法なども成立させた。

バイデンさんも、2人のように民主党大統領の“殿堂入り”を果たせるような実績を残せる可能性はある

コロナ禍の最悪期に政権を引き継いだことは、政治家としては幸運でもあるし、バイデン政権を支える顔ぶれには、それぞれの分野でプロフェッショナルとして定評のある人も多い

はたして「でも・しか型」のバイデンさんは“偉大な大統領”に大化けするか?これからはその点に注目していきたいと思っています。

私たちも、注目して見ていきます。

ありがとうございました!

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