2019年10月11日
(聞き手:高橋薫 田嶋あいか)
混迷を極めるイギリスのEU離脱「ブレグジット」。ジョンソン首相になって、ますます混乱しているように見えます。なぜあんなにもめるの?結局、どうなるの?前ロンドン支局長の税所玲子さんに1から聞きました。
ジョンソンさんと議会のゴタゴタのお話を聞きましたが、肝心のEUとの交渉はどうなっているんですか?
離脱期限までもう1か月を切っているんだけど、ジョンソンさん、ついにEUとの再交渉に向けて動きました。10月2日にね、EU側に新たな案を提示したんです。
新たな案?
メイ前首相がEUと離脱の条件を決めた離脱協定案は議会で3回否決されてしまいましたよね。
イギリスではもうこの案はダメということなので、中身を見直して合意に向けた話し合いを進めないといけなくて、EU側もイギリスからその案が提示されるのを待っていたんです。
中身を見直した離脱の条件などの案ということですね。それをジョンソンさんが示したと。
そう。メイさんのときに一番懸案だった問題って何だったか覚えていますか?
あ、難しい問題ありましたよね。国境の、アイルランドの?
そうです。イギリスに属する北アイルランドと、EU加盟国アイルランドの間の陸続きの国境の移動や物流をどうするか、という問題。
この問題を解決する方策が見つからないため、メイさんの案では、「国境管理について解決策が見つかるまで、イギリス全土が事実上、EUの関税同盟にとどまる」としていたんです。
でも「EUのルールに縛られ続ける離脱なんてありえない」と議会で強く反発されて否決された、という流れでしたよね。
そうでしたね。
ジョンソンさんの新しい案ではここを修正し、「イギリスはEUの関税同盟から抜ける」としています。
その一方で、「北アイルランドには特別な規定を適用して、EUのルールのもと国境から離れた場所で税関検査を行って、アイルランドと取り引きを続けられるようにする」と。
で、「このルールは4年ごとに北アイルランドの了解を得ることにする」としているんです。
4年ごとに北アイルランドの了解を得る?またそのときにもめたりしないのかなと思ってしまいますね。
そう。根本的な解決策にはならないという批判の声が出ています。北アイルランドが拒否する権限を持つというところがひっかかるという人もいます。
ジョンソンさんは「これに代わる選択肢は合意なき離脱だ」と、新提案を受け入れるようEUに迫ったんです。
10月31日がEUとの間で決めた離脱期限でしょう。このまま何も決まらないまま10月31日を迎えたら、イギリスは混乱したまま、まるで崖から落ちるように離脱してしまう。
で、その2週間前の10月17日と18日には、EUとの交渉のラストチャンスとなるEU首脳会議がある。
このEU首脳会議でジョンソンさんの新たな案で合意することを目指すのだけど、それができなければ合意なき離脱への危機感が一気に高まると思います。
そうなんですか…
でもね、EU側も合意なき離脱は影響が大きくて避けたいので、せっかく出てきたこの新しい案をベースに一度は話をするとは思うんです。
ここで突っぱねて、もし本当に合意なき離脱になってしまったら、「EUのせいだ」と戦犯にされかねないし、それは避けたいだろうから。
ジョンソンさんもこれまで強硬一辺倒だったのが、さすがに期限が迫っているからか、少し折れてきているというか、何とかまとめたいんだなと感じる言動が増えてきた。
少し変化がでているんですね。
だからこれから17日まで、どこまで歩み寄れるか協議を続けることになると思います。
ただね、仮にここでEUと合意できても、正式な合意となるにはイギリス議会の承認が必要なんですよ。
またメイさんのときのように議会で否決されてしまったら合意にならない。
議会はジョンソンさんの新しい案をどう受け止めているんですか?
野党側からは批判的な声もありますが、メイさんのときに反対勢力となった議員も現状は割と好感触なんです。
そうなんですか。じゃあうまくいくかもしれないんですね。
そう。でもこのあとEUとの協議で、合意をまとめようとイギリス側があんまり譲歩しすぎてしまうと、議会が「こんなのではだめだ!」と言い出しかねないので、綱渡りの状況は続きますね。
ジョンソンさんは、裁判所に「違憲」だとまで言われたのに、首相を辞めさせられたりしないのかなと思うんですけど。
そうだよね。普通だったら辞任してもおかしくないと思いますけど、本当に今、異常事態なんですよね。野党側も次の手が打てない状態になっていて。
ジョンソンさんは総選挙をやりたがっていると言いましたよね。でも野党はその提案に乗らず、否決された。
野党はね、政府が合意なき離脱はしませんと約束してくれない限り、選挙はできないという立場なんです。
どうしてですか?
というのは、選挙をしようと思うと、最低でも25日間必要なんですね。選挙運動をしないといけないから。やりますと言って3日後にできるものではない。
今、選挙なんかやっていたら混乱のうちに離脱期限を迎えてしまう。なのでもう怖くて選挙はできないんです。
そういうことですか。
あとね、ジョンソン首相のことが気に入らないなら、首相を変えてしまえばいい、退陣させればいいと思うじゃないですか。内閣不信任案を提出して可決されれば首相をクビにできる。
そうなったらそこから14日以内に、次のリーダーを決めないといけないんですけど、野党っていっぱいあっていまいち足並みがそろっていない。
ジョンソンさんをおろしたはいいけど、誰が次のリーダーになるの?と。最大野党・労働党の党首のコービンさんという人もあまり人気がなくてね。
そうなんですか・・・
交渉のラストチャンス、EU首脳会議が迫るなかで、首相が不在になることは避けたい。
だから野党側が本当に一枚岩になって「この人を次のリーダーに」という人を見つけられない限り、この内閣不信任案のカードも切れない。
どうすることもできない感じですね。野党も野党で問題を抱えているというか。
そうなんです。最大野党の労働党も党内が残留一色というわけではないんです。
労働党の中にも残留の人と離脱の人がいて、選挙になっても、残留しますと言って選挙運動をするのか、離脱しますと言って選挙運動をするのか、そこの整理もつかない状態なんです。そういう事情もあって次の策をすぱっと打ち出せない。
ジョンソンさんの新しい案でEUと合意できないとなったら合意なき離脱しか選択肢はないんですか?
ジョンソンさんは、EU首脳会議後の10月19日までにEUと合意できなければ、EUに離脱期限の延期を求めるよう法律で義務づけられているという話をしましたよね。なので、期限を延期するという選択肢もまだ残ってはいる。
もし延期することになったらどうなるんですか?
でもね、この延期というのもハードルがあって、EU加盟国のうちイギリス以外の27か国すべてが合意しないと延期は認められないんです。1国でも拒否したらダメ。
1国でもダメなら・・・
そう。すべての国に拒否権があるの。なのでこれは噂ですけど、ジョンソンさん、法律に従ってEUに延期を申請したとしても、裏でどこかの国に働きかけて拒否するように根回しするんじゃないかと疑う声も出ています。
女王まで持ち出してきて議会を閉会するような強引なやり方をする人なので、何をするかわからないと疑われているんです。
仮に延期がEUに認められたらどうなるんですか?
全加盟国が合意して正式に延期になれば、イギリス議会はおそらく解散総選挙をやることになると思います。ただ、その選挙、ジョンソンさんにも不安がないわけではない。
「10月31日に何が何でも離脱!」と言って首相になったのに、延期したらその約束を破ったことになるので相当たたかれますよね。
世論調査では与党・保守党がリードしていますが、逆風になる可能性もなきにしもあらずなんです。
たしかに、そうなると選挙は不利そうですよね。
というのもね、野党の中にものすごく過激な離脱政策を訴える「離脱党」という政党があるんです。
もともと保守党にいた人たちが「保守党なんて生ぬるい」と言って飛び出して作った党なんですけど、保守党のことを「離脱を成し遂げられない、約束を守らない保守党はヘタレだ」と攻撃している。
この離脱党が、5月に行われたEU議会選挙で票をのばして、保守党の票が食われてしまった。
保守党よりもっと強硬派がいるんですね…。
もし離脱を成し遂げないまま期限を延期して総選挙になったら、この離脱党にごっそり票を取られてしまうのではないかと恐れているんです。
政党として終わってしまうぐらい負けたりしちゃうんですかね?
そうですね。メイ政権の終盤は、それに近いぐらいの負けになるのではと、おびえる声も聞かれました。
どの党首だって党をつぶしたリーダーとして歴史に刻まれるのは絶対に嫌じゃないですか。なので簡単には延期しますなんて言えない。ある意味、追い詰められているのではないかと思います。
なるほど…。
こういう政治的なサバイバルって本当に厳しいものがあって。前任のメイさんも、保守党のことをとても愛している人だったんですよ。
メイさんが、なぜ折衷案を作ろうとしたかというと、保守党の中にも離脱強硬派や残留派がいてもめているので、一方に加担すると党が割れてしまうじゃないですか。
それを恐れて両方が納得するものを作ろうとしたけど、結局両方にそっぽをむかれた。やっぱり党が割れるのはみんな怖いんだと思います。
もし仮に10月31日に本当に合意なき離脱になってしまったら、どういう混乱が待っているんですかね?
どうなのかな。EUって、国境をなくして人や物を自由に行き来させようという世界で初めての実験なので、その枠組みをつくったときにそこから国が抜けるということを想定していないんですよ。
だから本当のところ、どうなるかはわからないんです。
どうなるか見通せないんですね・・・
色々想像はできるけど。たとえばオランダのチューリップがその日のうちにフェリーでイギリスに来るみたいなことが、検疫が必要になったら、その日のうちには届かなくなる。
そうしたらチューリップは傷むだろうし、今まで成り立っていたビジネスができなくなったりするんじゃないかな。
確かに。
大学の研究予算もEUからたくさんもらっているんですよ。イギリスはオックスフォードとかケンブリッジとか有名な大学があるけど、その研究費がなくなってしまうかもしれない。
あと、テロの情報なんかも、データベースを交換して、この人が国境を越えたら注意しましょうとか、そういう有形無形の協力があったのにそれもなくなったらどうするんだろう。
そういうこともあるんですね。
8月の段階で出たペーパーでは結構怖いことが書いてあって、薬品が最悪40%ぐらい入らなくなると。
40%も?!
人々の不満が爆発して暴動が起きますよとも書いてあります。
暴動ですか。怖いですね。
あと肝心の、北アイルランドとアイルランドの国境問題。合意なき離脱になると、現状のモデルはもうもたないだろうとも書いてあります。
この報告書は国が出しているものなんですか?
そうです。公表するつもりなかったらしいんですけど、議会の攻防の中で出されちゃったんです。それまでジョンソンさんは「大丈夫、準備している」と言っていたんだけど「あれ?」みたいな。
ジョンソンさんにとっては出してほしくなかったものですよね。こんな大混乱が待っているかもしれないのに、なぜジョンソンさんは合意なき離脱に持っていこうとしているんですか?
積極的に合意なき離脱に持っていこうとしているというよりは、「合意なき離脱も辞さない、選択肢としてある」という状態のほうがEUとの交渉を有利に進められる、EUから譲歩を引き出せると考えているんです。
そういうことなんですね。