2019年10月11日
(聞き手:高橋薫 田嶋あいか)
混迷を極めるイギリスのEU離脱「ブレグジット」。ジョンソン首相になって、ますます混乱しているように見えます。今どうなっているの?なぜあんなにもめているの?この夏までロンドン支局長を務めていた税所玲子さんに1から聞きました。
税所さんは2004年~2007年と2016年7月~ことし7月の2回、計6年特派員としてロンドンに。BSのニュース番組のキャスターや国際部デスクも歴任され、ロンドンから帰国後の現在は、海外向け英語ニュースの編集責任者です。
前のメイ首相が辞めて、ジョンソン首相になったのですが、まず、メイさんがなぜ辞めたのか教えてください。
はい。メイさんは「鉄の女」と呼ばれたサッチャー元首相以来の女性首相で、最初は華々しく期待も集めたんです。「サッチャーさんの再来か」とまで言われてね。
でも彼女、ものすごく真面目なの。「学級委員長みたい」と陰口を言われるような性格で。
イギリスは国民投票でEUから離脱すると決めましたよね。でも、どういう形で離脱するのかを一切決めないまま離脱するということだけ決めちゃったんですよ。
だから一口に離脱と言っても、みんな解釈が違ったんです。EUから出るけどずっと仲良しでいたいという人もいれば、もう金輪際、縁を切りたいという人もいて。
メイさんはすごく真面目なので、いろいろな意見を必死で束ねようとした。
EUと交渉して合意案=離脱協定案を持って帰ってきたんだけどね。みんなが満足するような折衷案にしたら「中途半端だ」と誰も満足しなかった。だから議会でOKが出なかった。
前回、松木さんにもそういうお話を聞きました。
それで人気もどんどんなくなってしまって・・・。
最後は「もう私が辞めるから、それと引き換えにお願いだから離脱協定案を通して」と頑張ったんだけど、やっぱり否決されちゃって、それで退陣しないといけなくなったんです。
その後に登場したのが、ジョンソンさんね。
ジョンソン首相って過激な感じもするんですが、どんな人なのかなと気になって。なぜジョンソンさんが次の首相に選ばれたんですか?
“学級委員長”とも言われたメイ首相時代、イギリス社会のムードがすごく停滞していたんですよね。離脱以外にもたくさん問題はあるのに、政治は離脱一色で国民はげんなりしていた。
そういう時に、ジョンソンさんのような明るくてイケイケみたいな人が出てきて、「この空気を打破して!」という期待感があったんだと思います。
なんとなくわかります。
ジョンソンさんって、とてもパフォーマンスがうまいんですよ。政治家の関係の家の出身で、名門オックスフォード大卒で、自分にすごく自信があって。
国民からすると政治がわかりやすくなるというか見ていて楽しい。それですごく人気があった。
だからメイさんの後任を決める保守党の党首選では、党員14万人近くが投票したんだけど、6割を超える得票で圧勝しました。
完勝ですね!
でも少し脇が甘いというか・・・。
パフォーマンスをやる人って勢いはあるけど、細部を詰めていなかったり、勢いだけで物を言ったりするじゃないですか。
だから大丈夫かな?という見方もあったんですけどね。
ジョンソンさんの発言を見ていると、強硬派のイメージが強いのですが、実際はどうなんですか?
実はね、昔はあんなバリバリの強硬派ではなかったんですよ。ジョンソンさんは、2008年からロンドン市長を2期務めたんだけど、弱者寄りの政策も多く手がけていた。
なんかイメージと違います。
私も。結構強烈なイメージだったので。
ただ、ジョンソンさんってね、すごく野心家で、首相になりたくてなりたくてしかたなかったそうなんです。子どもの頃、世界の王になりたいと言ったという話もあるぐらい。
元首相のキャメロンさんは大学の同級生でね。そのキャメロンさんが最近暴露したんだけど、ジョンソンさん、当初は離脱派ではなくて、国民は離脱を選ばないだろうという見方だったそうなんです。
え?そうなんですか。
でも「国を変えよう」というメッセージを打ち出すのって前に向かって攻めている感じがしませんか?
戦略として離脱をやっておいたほうがいいかも、そうしたら首相になれるかもと考えて、離脱運動に入っていったそうなんです。ステップアップのためというか政治家として上がっていくためにね。
戦略だったんですか。
実際、離脱をやってみたら、パフォーマンスがうまいので、離脱運動を快調に引っぱっていっちゃったと。途中で「やーめた!」と言うわけにもいかず、結局離脱派の中心人物になっていった。
意外です。今の感じを見ていると・・・
そもそもこの離脱問題ってね、最初はもっと穏やかな議論だったんです。EUとの関係をどうする?経済をこれからどうしていく?そういう話だったんですけど。
最初というのは、メイさんの時ですか?
そう、メイさんの頃。議論のスタートは、経済とかシステムの話、ただの政策論争だった。
それが、もめているうちに国のあり方を問う一大議論になってしまった。話がどんどん大きくなっていっちゃったのね。
今では離脱問題と言うと、アイデンティティーの話みたいになってきちゃって。
大ごとになってきたと。
議論が過激になるにつれて、ジョンソンさんの発言も過激になっていってね。
首相になるためにはどうしたらいいかと考える中で、どんどん過激なほうにいってしまったという感じなんです。
ジョンソンさん自体が過激なわけではないんですね。「合意なき離脱でもいい」みたいな記事ばかりなので、トランプ大統領みたいな人なのかと思っていました。
そうね、トランプ大統領が出てきて、過激なことを言っても一定の支持を集めるじゃないですか。それを見て「こういうのも戦略としてありなんだ」と思った部分はあるのかもしれないですよね。
ジョンソンさんに、実際お会いしたこともあるんですか?
面白い方ですよ。記者の囲み取材でもちょっとした発言を捕まえて冗談を言ったりする。
イギリス人って、そういう会話のやりとりをすごく大事にするんです。自虐ギャグとかも結構好きでね。言葉の力でいかに人を魅了できるかということがイギリスの政治家にとっては大事なので、ジョンソンさんもそういうところが人気なんでしょうね。
ジョンソンさんが首相に就任してからこれまでにどんな動きがあったんですか?
前任のメイさんはすごく真面目に議会と向き合って、ちゃんとした手続きを踏んでひとつひとつやろうとしたけど、結局3回もダメ出しされて離脱は成し遂げられなかった。そういう教訓も踏まえて、ジョンソンさんは奇策に出たんです。
奇策ですか。
イギリス議会は、8月は夏休みで9月3日に再開したんだけど、ジョンソンさんはすぐにまた議会を閉会することにした。9月の2週目からまた「お休みにします」と。
議会をお休みにする?
なんでそんなことしたんですか?
メイさんは一生懸命に議会を説得しようとしたけど、そのせいでうまくいかなくなった部分もあった。だったら議会をパスしちゃえみたいな。
議会を閉会してしまえば議員はいないわけだからその間は好きなようにできると踏んだんじゃないかな。でも議員たちがめちゃくちゃ怒って。
そりゃそうですよね。
イギリスって議会制民主主義の発祥の地と言われていて、みんなそれを誇りに思っている。その議会を閉鎖する?!ふざけるな!と大騒動になって。
首相の身内の保守党までもが、それはちょっと強硬すぎると言って野党に協力した。造反したんです。
それでどうしたんですか?
何をしたかと言うと、法律をつくった。どういう法律かと言うと、「10月19日までに離脱の条件についてEUと合意できなければ、10月31日の離脱期限を来年1月末まで延期するようEUに要請しなさい」とジョンソン首相に義務づけたんです。EUに離脱の延期を求めるよう首相の手足を縛る法律ですね。
それで、ジョンソンさんは?
ジョンソンさんは「EUに延期を申し入れるぐらいなら死んだほうがマシだ」と言って断固拒否。
「10月31日の離脱期限には、EUとの合意の有無にかかわらず、必ず離脱する」というのがジョンソンさんの公約なので、延期を申請したら公約を破ることになるのでね。
それでジョンソンさんは、10月に解散総選挙を行うことを議会に提案しました。10月31日に離脱するかしないか、国民の信を問おうよと。
選挙ですか。
ただ、イギリス議会で総選挙をやるには、日本みたいに首相の判断だけでできるわけではなくて、議員の3分の2以上の賛成が必要なんです。
与党・保守党だけでは足りないため、最大野党・労働党にも賛成してもらう必要があったんですが、それはやはり難しく、ジョンソンさんの総選挙の提案は否決されてしまった。
それで、どうなったんですか…。
ジョンソンさんは、9月2週目から議会を閉会することにしたと先ほど説明しましたよね。
総選挙の提案が否決された後、ジョンソンさんの意向どおり議会は閉会されてしまいました。そしたらそこでね、最高裁判所がある判決を出した。
裁判所?
「議会を閉鎖するなんて暴利謀略だ、許せない」と言って市民が裁判所にジョンソンさんのことを訴えていたんですよ。首相のやっていることは違法ではないかと。
最終的に最高裁で判断することになったんだけど、最高裁は11人の裁判官が全員一致で「ジョンソン首相の措置は違法」「議会の閉会は無効です」という判決を出したんです。それで結局、議会は再開されました。
そうなんですか…!
ジョンソンさんはいつまで議会を閉会しようとしたんですか?
イギリスって女王様がいて、基本的には政治には介入しないんですけど、形式上は女王陛下の政府なので、議会初日には女王がスピーチするんです。
で、ジョンソンさんはそれを10月14日に設定した。それまで5週間にわたって閉会すると。
10月14日って、離脱期限2週間前とかですよね。結構ギリギリまで休むつもりだったんだ…。
そう。で、その理由として、女王陛下のスピーチの準備のために時間が必要だからと説明したんです。
そういう理由をつけてということですか?
そう、女王陛下をある意味利用してというかね。それでもう「嘘つき!」みたいな、政策とは全然関係ない感情的な議論になっちゃって。
女王を巻き込むというのは、イギリス人からしたら、それだけはやっちゃダメという部分ではあるんですよね。その後、ジョンソンさん、女王に電話して謝ったらしいですけど。
へえ~。
これだけ長期間、議会が閉会したことってこれまでにもあったんですか?
議会の閉会自体は違法ではなくて、過去にも数日間とかはありました。
ただ、こんな国の行方を左右するような時期に5週間はないでしょうと。しかも女王の演説まで持ち出してやろうとしたので、めちゃくちゃだとたたかれてしまったんです。