2019年03月26日
(聞き手:田嶋あいか)
「今、世界経済にとっていちばんインパクトがある」「行方を注視している」―――「人事が選ぶマストニュース」で多くの企業が挙げるのが、「米中貿易摩擦」。これは知らなきゃマズいということで、1から教えてもらいました。(取材日 2019年3月17日)
それにしてもテーマが大き過ぎて、どこから学べばよいのだろう?とりあえずネットで検索してみたところ、ふと気づきました。「米中貿易摩擦 ○○」と合わせて検索されているワードこそ、多くの人が「わからない」「疑問」に思っていることなのでは?
検索してみると、
①経緯
②影響
③今後
この3つのワードが、合わせて検索されているようです。
そこで、ワシントン支局に勤務した経験があり国際情勢と経済の両方に詳しい布施谷博人デスクに、この3つのワードについて聞きました。
きょうはよろしくお願いします。
早速ですが、学生は「米中貿易摩擦」と聞いてもほとんど分からないと思うんです。
なぜ、いつごろから、米中貿易摩擦が起こったのでしょうか。
事の起こりはトランプ氏が大統領になってからです。
動きが表面に出てきたのはまさに1年前。2018年3月がいちばん最初です。
中国で作ったものが、安い値段で、世界にバーッと輸出されていくようなイメージは、なんとなく分かりますよね?
はい。
最初にトランプ大統領が問題視したのは、中国で作る鉄鋼製品でした。
鉄鋼製品ですか…?
鉄の棒というか、ニュースなどで見かける真っ赤なもの。
あれが中国で大量に作られて、すごく安く世界にばらまかれていると彼は問題視したんです。
それで2018年3月、その鉄に「おれは関税をかけるぞ」と始まったんです。
「関税」とはどういうものかというと、海外旅行に行って帰りにお土産をたくさん持ち込みすぎると、税関を通るでしょ?
あ!なんか紙を書いたことがあります。
そう、例えばワインを規定の量を超えて買っちゃうと、税関でお金を払わないと持ち込めなくなる。
旅行者がスーツケースを抱えて税関を通るように、中国からたくさん物を積んだ船がアメリカに入るときにも、関税がかかるんです。
関税がかかると、アメリカの人たちは関税の分だけ高く、中国から来た物を買わなくちゃいけなくなる。
関税の分、値段に上乗せされるということですね。
そうそう。関税をかけて値段が上乗せされれば「中国から高い物を買うよりアメリカの工場で作ったほうがいい」となるんじゃないかと思って最初に仕掛けたのが2018年の3月だったんです。
じゃあ、米中貿易摩擦の始まりは去年の3月という認識で大丈夫でしょうか。
そう、動きが表面に出てきたのはね。
最初は鉄だけだったけど、それだけじゃなく中国からいろんな物が入ってきていることをトランプ大統領は問題にしたんです。
貿易赤字って、聞いたことあるかな?
あります。
トランプ大統領は、大統領になる前の「不動産王」と呼ばれていたときから、「アメリカの貿易赤字は悪である」という考えを持っている人だったんです。
アメリカが中国から買い過ぎて赤字になっている。赤字になっている分だけ、アメリカの工場で働く人たちの仕事がなくなっているじゃないか、と。
だから大統領に就任して、中国から入ってくるいろんなものに関税をかけようと。
さらに2018年の7月以降、もっといろんなものに関税をかけ始めました。
鉄のあとに、340億ドルと160億ドル、合わせて500億ドル分、中国製品に関税をかけるぞと。
そういう形で中国を懲らしめると、中国が「ごめんなさい」と、輸出を減らしたり、アメリカからたくさん物を買って相殺したりするんじゃないかな、と期待したんです。
でも中国がしてきたのは、「そうやって理不尽に一方的に関税をかけるなら、私たちも我慢できません」ということだった。
中国が反発したということですか?
そうそう。中国も、アメリカから買っていた大豆や牛肉など主に食料に、同じ金額だけ関税をかけて対抗します、と報復してきたんですね。
なるほど…
アメリカは「それなら、こっちはもっとやってやる」と、最初は500億ドルだったのが次は2000億ドル相当に関税をかけた。
結局、中国から入ってくる品目のほぼ半分に関税を上乗せしているという状況になったんです。
中国も600億ドル相当に関税をかけて対抗して、こちらはアメリカからの輸入品の70%ぐらいにあたる。
アメリカの方が中国からたくさん物を買っているから関税をかける物もたくさんあるけど、中国はもう関税をかける物がなくなってきちゃっているんだよ。
そういうことなんですね…
僕はアメリカに駐在していたから、中国よりもアメリカの目線で語っちゃうことはあるから、そこは割り引いて聞いてほしいんだけど。
分かりました。
トランプ大統領は「貿易赤字は大問題だからなんとかしないと」というのが一貫した思いなんだけど、同じようにアメリカでは、中国がアメリカの企業秘密みたいなもの、電子部品とかAI技術とか重要な技術を自分たちのものにして対抗しようとしている、ということを気にしている人たちもたくさんいるんです。
なるほど…
このまま中国に自由にやらせていいのか、中国が世界中の技術を吸収してアメリカに追いつくことを許していいのか。
トランプ大統領が登場したときに、この際だからそういう面でも中国を叩かなきゃ、という人たちがたくさんいたわけです。
中国の発展を抑えるためなんですね。
そうそう。貿易摩擦の問題は、トランプ大統領が登場したから表面化したんだけど、実はアメリカにはそういうマグマみたいなものがグツグツあって、なんとか中国を、出る杭を打たないといけないという思いも重なって、どんどん激しくなっていったという側面もあるんです。
でも常識的に考えると、関税をかけて得する人はほとんどいないと思うよね。
中国から物を仕入れている人たちは、「ちょっと待って、やめてくれ」って思うでしょ、コスト上がっちゃうし。消費者だってそうでしょ?
だから、関税をかけるというのは、必ずしも合理的な選択ではない。
そうですよね。
だけど、この際だから押さえつけたほうがいいっていう人たちがたくさんいるのもまた事実で。
特にアメリカの軍事技術とか宇宙開発とかをやっている人たちは、中国が軍事に応用可能な重要な技術を吸収してアメリカに対抗したら、国と国との安全保障、軍事の問題でもやばいと思うわけですよね。
その面からすると、経済的には合理的な選択ではなくても、ここで今押さえつけとかなきゃいけないという動きも出てきたわけです。
米中貿易摩擦について、より詳しくは、こちらのサイトをご覧ください「米中新冷戦」
影響というワードも多く検索されていました。
関税をかける品目が増えて、アメリカの消費者にも影響が及んでいるのでしょうか?
アメリカは最初は一般の消費者が直接買わないもの、原材料とか部品とか工場で使うものとか、そういうものを中心に関税をかけていました。
例えばiPhoneなんかは関税の対象になっていない。直接、消費者が買うものだから。
だけど、だんだんエスカレートするにつれ、消費者に直接、響くようなもの。家具とか洗濯機など一部の家電製品とか、あるいは帽子とか旅行かばんとか、そういうものにも関税をかけざるをえなくなってきているんですね。
関税をかけると、確かに中国の輸出が減って、中国も困るんだけど、同時にアメリカの消費者も困る。
そういう影響が出ているんです。
現在はどのような状況なんですか?
いちばん分かりやすいのは、中国の景気がだんだんスローダウンしてきている。
こういう状況が続くとさすがに、「新しい工場を作ろう」とか「ものをどんどん作ろう」という雰囲気じゃなくなってくるじゃないですか。
アメリカもこの状態が続くと、消費者に打撃だし、景気も悪くなるってことで、去年の年末くらいから株価がガーンと下がっちゃった。
この先ちょっと景気が悪くなっていくんじゃないかという状況が出てきたので、トランプ大統領もなんとなく心配になってきたんです、去年の年末くらいから。
両方に影響が出てきているんですね。
それで、去年12月にアルゼンチンでG20が開かれたときに、2人が直接対話をして、「しばらく休戦しましょう」となった。
「しばらくこの状況は続けるけれど、これ以上エスカレートさせることはいったんやめましょう」という状況に、今、なっているんですね。
G20…先進国と新興国それにEUなどあわせて20の国と地域の首脳が参加して毎年開催される国際会議。
2人の下についている副首相や貿易担当の閣僚が、これ以上事態をエスカレートさせないための解決策はないだろうか、と議論を続けているのが今なんです。
何とかしなきゃいけないけれど、一度始めたけんかをどうやってやめたらいいのか、まだ双方折り合いがつく答えにたどり着けない状況にあるんです。
このサイトの取材をしている中で、いろいろな企業がマストなニュースとして「米中貿易摩擦」を挙げています。
日本の企業がなぜ米中貿易摩擦を大事なニュースとして認識しているんでしょうか?
日本から世界への輸出をざっくりと見ると、中国向けアメリカ向けがともに20%ぐらいで二大巨頭になっているんです。
そうですね、桁が違いますね。
日本にとってみれば、中国とアメリカは大事なお客さんなんです。
この2つの国がいがみ合って景気が悪くなると、その影響はもろに日本に来る。
これからみなさんがどういう企業に入るかは分からないですが、会社員になるんだったら、中国やアメリカとつきあわなければならない企業はものすごく多いんです。
日本の消費者にも影響はあるんですか?
中国が世界の工場みたいな形になって、中国からアメリカに物が流れるという構図がありますよね。
その世界の工場である中国に、日本はすごくたくさんの物を輸出しているわけです。日本から中国に輸出するだけでなく、日本の企業が中国に行って作っている物もすごくたくさんある。
中国とアメリカがいがみ合って、その貿易が滞るようになると、結果的に日本の工場に影響が及ぶし、中国に進出している日本の企業にも影響が及ぶってことになる。
そうすると、その企業の売り上げが減っちゃう。売り上げが減ると業績が悪くなるよね。
業績が悪くなるとボーナスが減ったり、工場を閉めるということになったりする。すると私たちの暮らしや給料といったところにも響いてくるんです。
それは困ります!
実際に年明けくらいから、日本の中国向け輸出が落ち込んじゃってるんですよ。
それが一時的なものか見極めなければいけないけれども、アメリカと中国のけんかのおかげで日本の輸出が減っちゃっている。
企業にとっては自分たちのビジネスに直結してくる話なんです。
特に打撃が大きい業界ってありますか?
中国にとって重要な部品や材料って、どういうものだと思う?
中国にとって…?
中国とアメリカの関係を考えてみると?
中国は情報技術がとても発展してきているイメージなので、半導体とか電子的なものですかね?
そうそう。分かりやすい例では、iPhoneはほとんど中国で作って世界中に出荷している。
日本から中国に何をたくさん輸出しているのかなと見てみると、半導体電子部品、要するにスマホなどの中に入っている部品、それが多いよね。
だからそういうものを作っているところが今、大変なのかな。
半導体工場がしばらく閉めますという話が出たりしているし、企業の決算発表の場でも、電子系の企業から「大変だ大変だ」という声が結構出ているのはそういうことなんです。
大手半導体メーカーのルネサスエレクトロニクスは、中国で需要が落ち込んでいる影響で、国内の6工場で最大2か月間の操業停止に踏み切ることになった。
今はアメリカと中国の間の貿易摩擦ですが、「日本とアメリカ」「日本と中国」とか、日本がこの貿易摩擦に巻き込まれる可能性ってあるんですか?
そういう意味で言うと、もう巻き込まれてる。
すでにですか!?
そう。最初にアメリカが鉄鋼に関税をかけるぞって言ったときには、中国だけじゃなくて日本やカナダも含まれていた。
中国ほどじゃないけれど日本もアメリカとの貿易で赤字をもたらしているんですよ。
みなさんが生まれる前、アメリカにとって最大の問題国は日本だった。
日本の自動車や家電製品がアメリカに輸出されて、ものすごい赤字をアメリカが生み出して問題になったんです。
今の中国みたいな感じだったんですよ。
今はそこまでではないけど、2018年の実績でいうと、アメリカにとって4番目の貿易赤字の国なんです。
日本がですか!?
そう、中国、メキシコ、ドイツ、次いで日本となっています。
だからトランプ大統領は、日本との間の赤字もなんとかしなきゃいけないといろんな場面で発言している。
特に日本とアメリカの関係では、やっぱり自動車なんですね。
日本からアメリカに輸出されるたくさんの自動車をどうするか、あるいはその代わりにアメリカから入ってくる農作物をどうするのか、というあたりが議論になってくるということなんです。
3つめのキーワード「今後」ですが、米中貿易摩擦は今後どうなるのでしょうか。
米中貿易摩擦には、「赤字」と「技術」の2つの問題があります。
今後も、この2つをどう解決するかがカギになるわけです。
まず「赤字」の解消については、関税を掛け合うというダメージのかかるやり方は、お互いの国民にとってもいいことではないので、できるだけ回避しようという機運は出てきているようで、中国側がアメリカの物をたくさん買いますというような提案をしているようです。
そうすると赤字が結果的に減るじゃないですか。
でも、もうひとつの「技術」のほうがすごい問題。
アメリカが気に入らないのは、アメリカは自由主義経済というか企業が自由に競争して世界で戦っていこうという考え方。
だけど中国はどちらかというと国家主導で世界の経済競争に勝ち残っていこうという仕組みですよね。
はい、ニュースを見ていたらなんとなく分かります。
なのでアメリカは、中国が国を挙げて情報・技術を集めて製造立国・情報立国として発展していくことをすごく問題にしている。
だけど中国にしてみれば、国の在り方そのものに関わることじゃないですか。だから「アメリカに言われたから、中国の国営企業を支援することをやめます」とは言えない。
双方が納得できる解決策を見いだすというのは結構難しい感じがするよね。国の在り方と在り方を争うという形になっちゃっているから。
じゃあ、これといった解決策はないということですか。
そう。しかも潜在的にアメリカは中国に追われる身で、これから中国が今のペースで成長を続けていったら、2030年ぐらいにはGDPの規模で大体並ぶくらいになるんじゃないですかね。
アメリカはナンバーワンであり続けるために、中国が国を挙げて経済的に伸びてくるやり方を改めさせたいっていうのがあるので、これは結構根深い問題ですよね。
アメリカにもプライドがあるんですね。
そうそう。
今は事務方の人たちが交渉しているということですが、トップが出てくるのは、何らかの結論が見えたときですか?
普通はそう。スタッフが一生懸命細かいところを詰めて、まとまったら習近平さんとトランプさんが出てきて握手をして、っていう感じだけど。
でも残念ながらトランプさんはそういう人ではなく、最後は自分が決めるって人なので、必ずしも2人が会うから合意できるんだって思えないことが、予測不能なトランプ政権の問題ではある。
ただ、「2人が会うよ」っていうアナウンスが出てきたら、何らかの進展がある可能性が高まっていると思ってもいいかもしれないね。
今後実際に会うことがあるのかって見ていくことは、僕らが受け止めるべき重要なサイン。
ただトランプさんだから、会っても「やっぱりやーめた」となるリスクはあるけれど。
最後になるのですが、就活生はこのニュースをどこまで知っておけばいいですか?最低ここまでは、というのがあれば教えてください。
米中貿易摩擦の問題は、「赤字」と「技術」という2つの問題がありますということ。
トランプ大統領が登場したことで貿易赤字の問題がクローズアップされたけど、図らずも米中間の根深い対立というか、根深い仕組みの違いというのが露呈しちゃったという状況がありますね。
この構図を理解した上で、自分が目指している企業はどのくらい影響を受けるのかな、という観点で見てみる。
いつか必ず、何か解決策はあると思うけれど、今、世界は物の流れですごくつながっているから、米中といっても実は日本の問題であり東南アジアの問題でありヨーロッパの問題であり…ということかな。
これまでの経緯や、私たちにも関係のある問題なんだということ、よく分かりました。どうもありがとうございました!
米中貿易摩擦について、さらに詳しくは、こちらのサイトをご覧ください「米中新冷戦」