2022年05月12日
(聞き手:白賀エチエンヌ 田嶋瑞貴 堀祐理)
気がつけば20年あまりにわたってミサイルの発射を続けている北朝鮮。最高指導者のキム・ジョンウン(金正恩)総書記ってどんな人なの?どうしてそこまでミサイルにこだわるの?気になるギモンについて、朝鮮半島が専門の池畑解説委員に1から聞きました。
北朝鮮って今やミサイルの発射を続けるのが当たり前のようになっていますが、そもそもいつから撃ち始めたんですか?
北朝鮮が日本海に向けて撃った弾道ミサイルが、初めて日本列島を飛び越えたのが1998年です。
2代目の最高指導者だったキム・ジョンイル(金正日)氏が始めました。キム・ジョンウン総書記のお父さんですね。
池畑修平解説委員。ジュネーブ支局を経て、2008年から3年間、中国総局で北朝鮮を担当。ソウル支局長も経験した朝鮮半島情勢のスペシャリスト。
僕らが生まれる前から行われていたんですね。
そうです。防衛省のまとめでは父親のジョンイル氏の代に16発。
そして息子のジョンウン氏の代になってから2021年までに約90発のミサイルが発射されたとありますから、いまでは100発ほどになっていると思います。(※取材当時)
そんなにたくさん!
はい。核実験もジョンイル氏の代に2回。ジョンウン氏の代になってからは、4回行われています。
キム・ジョンウン氏の代になってから、ミサイルの発射がより、頻繁に行われるようになっていますね。
はい。それには理由があるんですね。
父親のジョンイル氏が初めて核実験を実行したことは、北朝鮮では極めて大きな功績として捉えられています。
それを受けて息子のキム・ジョンウン総書記は、核弾頭を搭載したアメリカ本土まで届くミサイルを開発する。
つまり、父親がつくった核戦力の土台を完成させることが、自分にとっての大きな功績になると考えたんです。
父の功績を引き継ぎつつ、自分の功績を残す意味合いもあるということなんですね。
そういうことです。
北朝鮮は核兵器やミサイルを開発する理由について「アメリカの脅威に対抗するためにつくっているんだ。自国を守るためであって、戦争するためじゃない」と主張しています。
実際、ミサイル実験が成功すると、キム・ジョンウン総書記が「朝鮮半島の平和がより確かなものになった」ということをよく言うんですね。
私たちからすれば、より危なくなっていると感じるわけですが。
北朝鮮がミサイルを発射する理由をより詳しく「1からわかる!「北朝鮮とミサイル」 改訂版(1)ミサイル発射の狙いは?」はこちらからご覧ください
キム・ジョンウン総書記ってどんな人なんですか?
おじいちゃんが、最初の指導者のキム・イルソン主席という人で、その息子のジョンイル氏の三男になります。
母親はコ・ヨンヒさんという人なんですが、この人は大阪で生まれ育った在日朝鮮人です。
そうなんですか!
はい。北朝鮮では一応、秘密とされていますけどね。
北朝鮮の伝統的な音楽の歌い手で踊り手だった人なんですが、その公演で北朝鮮を訪れた際、キム・ジョンイル氏に見染められて結婚したんです。
キム・ジョンウン総書記も幼い頃、何度か母親に連れられて日本に来ていたという話が結構あります。だから、日本のこともよく知っているんですね。
知りませんでした。
子供の頃は、妹のキム・ヨジョン(金与正)氏と一緒にスイスに留学していました。
アメリカのプロバスケットボールが大好きで、彼が最高指導者になってからはNBAの往年のスター選手、デニス・ロッドマン氏を何度か北朝鮮に招いています。
え~、そうなんですね。
外の世界のことをわりと知っているので、彼がキム・ジョンイル氏の後継者に決まったと分かった時には、北朝鮮が開放的で民主的な国になるという期待が日本やアメリカなどで高まったんです。
でも、そうはならなかったと…。
その期待とは全く逆方向に進んでしまいましたね。
なぜ、そうなってしまったのでしょうか。
難しい質問ですが、祖父のイルソン氏と父のジョンイル氏の代で北朝鮮という国の仕組みがある程度完成してしまっていたことが、あったんだと思います。
最高指導者を頂点に、朝鮮労働党という行政の組織と軍部があって、極めて強い思想統制で人々を治めるシステムができあがってしまっていたので。
だから仮に、キム・ジョンウン総書記が「僕がスイスで見てきた世界はこんなんじゃないんだよ」と思っていたとしても、いきなり民主的な国に変えることはできなかったんじゃないかと思うんですね。
あと、仮に南北を統一して民主的な社会を実現するとなると、北朝鮮の“ロイヤルファミリー”である自分たちの居場所はどこにあるんだ、という話にもなってきます。
そう考えたら、なかなかできなかったんだと推測することもできますよね。
確かに…。
居場所を守るという意味では、キム・ジョンウン総書記は自分の世襲の権力を脅かすかもしれないという親族に対してものすごく疑い深い。
それで、側近だった叔父のチャン・ソンテク(張成沢)氏を裏切りの罪で処刑してしまったりとか。
長男のキム・ジョンナム(金正男)氏がマレーシアの空港で殺害された事件についても、韓国の情報機関は、北朝鮮が組織的に行った国家テロだとする見方を示しています。
ニュースで取り上げられていたのを覚えています。
ジョンナム氏は、そんなに権力を脅かす存在ではなかったんですけど、もしかしたらいつか、自分の地位を脅かすと考えたのかもしれません。
あるいは周囲からそう吹き込まれたのかもしれませんが。
北朝鮮の国民は、キム一族をどう見ているんですか?
北朝鮮の中国との国境にペクトゥ山(白頭山)という朝鮮民族の聖なる山として伝えられている山があるんです。
イルソン氏・ジョンイル氏・ジョンウン氏と続くこの3代の家系は、国内で「ペクトゥの血統」というふうに呼ばれています。
要するに、「聖なる家系」なんだと。キム・ジョンイル氏は、ペクトゥ山の麓で生まれたとされていますが、実際はソ連の軍事キャンプで生まれています。
ウソの情報を流すことで神格化を図っているんですね。
徹底していますね。
だから、国民にとってキム・ジョンウン総書記はもちろん、妹のヨジョン氏も特別な存在なんです。
彼女がどこまで権限を持っているかは意見が分かれる所で、広報官みたいな役割だっていう人もいれば外交の方針にかなり深く関与しているという人もいます。
北朝鮮の人々をコントロールする思想教育で中心になっているという見方までありますね。
北朝鮮で女性が表に出てくるのも珍しいですよね。
父親のキム・ジョンイル氏がロシアに訪問した際、ロシアの高官に「もしヨジョンが男だったら後継者にしていただろう」と言ったという話もあります。
当時、NHKも番組の中で伝えたことなんですが。
そうなんですか!
頭の回転が速く、政治的なセンスもあると評価されていたようです。
子どもの頃、キム・ジョンウン総書記と一緒にスイスに留学し、帰国後もずっと仲がよくて、常にサポート役として兄をしっかりと支えてきました。
もしかしたらキム・ジョンウン総書記が腹を割って相談できる唯一の相手かもしれませんね。
キム・ジョンウン総書記って、軍事力の強化ばっかりに一生懸命で国民に対してはあまり何もしていない印象があります。
確かにそういう印象が強いですね。
でも、まったく何もしていないわけじゃありません。
例えば、2013年には核開発と経済再建を同時に進める「並進路線」という政策を打ち出し、多少の経済改革を進めました。
どんなことをしているんですか?
例えば国営企業の工場の運営。中央が作った計画に沿って進めていた業務を、ある程度、自分たちで考えて運営できるよう改めたんです。
そのうえで、プラスの儲けは国に納めるんじゃなくて、従業員で分配してよいとしました。
でもやはり、「外国から企業をバンバン入れて資本主義化を一気に進めましょう」とはなりません。
どうしてですか?
「脱北者」ってことば聞いたことがありますか?
北朝鮮から逃げた人たちのことですよね?
そう。外国から情報や物を入れると、北朝鮮の体制に不信感を抱いた人たちが脱北してしまう。
それが怖いから北朝鮮は一生懸命、外国の情報を遮断していたんだよね。
だけどもう、今の時代はITが発達して、北朝鮮の人々にも外の世界の情報が入ってくるようになりました。
そうなんですね。
例えば、韓国のドラマや音楽番組の録画をみんな家で隠れて見ていたり。若い人たちが「『愛の不時着』おもしろい」とか「BTSかっこいい」とか言っていたりするわけですよ。
だんだん外の世界が分かってきて、韓国の方がはるかに発展していて、自由があるということも分かってきちゃっているんですね。
それでも北朝鮮が、今の体制にこだわる理由はなんなのでしょうか。
キム・ジョンウン総書記の頭の中には、旧東ドイツのことが頭にあるんだと思います。
北朝鮮と同じ社会主義国だった旧東ドイツでは、国外への移動の自由を一部認めた結果、大勢の人たちが富を求めて旧西ドイツにわたりました。
こうした動きもあり、最終的には東西ドイツの統一につながっていくわけです。
キム・ジョンウン総書記としては、アメリカに「国を開放して豊かになりなさい」と言われても、そんなことをしたら自分たちの体制がもたない、という不安がやはり根底にあるんだと思うんです。
いくら経済が豊かになる可能性があっても自分たちの体制を壊すかもしれないものを簡単に入れることができないと考えていても、なんら不思議ではないですからね。
問題を解決に導くためには、どうしたらよいのか。次回は北朝鮮を巡るアメリカや日本の対応ついて見ていきます。
編集:梶田昌孝 撮影:梶原龍
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