サウジでアニメエキスポ? 「進撃」だけじゃないファンの熱量

    その朝、ツイッターのトレンドに表示された「サウジアラビア」の文字。それは日本の音楽ユニットが首都リヤドに招待されるとのニュースでした。アニメ「進撃の巨人」の主題歌を歌う「Linked Horizon」。そのまま画面をスクロールしていくと「Revo陛下がサウジの石油王に見つかった」とのツイートが目にとまりました。あながちウソではないかもしれません。少なくともこうした動きは、かの皇太子が推し進める政策の一環だからです。

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      大盛況のサウジアニメエキスポ

      「やっと、やっとです。日本のアニメがサウジにきました」と興奮気味に語るコスプレ女子。娯楽が解禁されたサウジアラビアで、日本の人気アニメを一堂に集めた初めてのイベントが開催されました。

      「進撃の巨人」や「キャプテン翼」などのアニメの世界を映像やゲームなどで体感できるとあって、会場には長蛇の列。初日の大トリを務めたのはあの「Linked Horizon」です。ファンが殺到するなか不測の事態を避けるため、警備スタッフが増員され、厳戒態勢がとられました。

      Revoさんが登場すると全身を黒く覆い隠すアバヤ姿の女性も、コスプレした男性も、我先にとステージに手を振りました。ライブの最後に披露された「心臓を捧げよ!」では、誰もが手を突き上げ定番の歌詞を連呼し、会場は最高潮になりました。

      なぜ、サウジアラビアがいま日本のアニメイベントなのか。その理由はサウジアラビア王室が掲げる「脱石油依存経済」にあります。これまで「堕落につながる」として禁じてきたエンターテインメント産業を、国の成長分野の1つとして育成しようというのです。その動きをけん引してきたのが、王位継承者のムハンマド皇太子。日本アニメのファンとしても知られています。

      日本のアニメショップそのもの

      もともと日本のアニメはどれほどの人気があるのか。サウジアラビア第2の都市、ジッダに日本のアニメショップがあると聞いて見に行くと、そこは中野ブロードウェイのお店かと見まがう、想像以上に「日本のアニメショップ」でした。

      店に並ぶのは進撃の巨人や、ワンピース、キャプテン翼のフィギュアなどアニメグッズ。
      このあたりはまだ想定の範囲内でした。特にキャプテン翼は「キャプテン・マジド」という俗称で知られ、中東で根強い人気を誇っています。

      でも、ラブライブ!のフィギュアまで置いてあるなんて、思わなかったんです。全身を覆う布をまとったイスラム教徒の買い物客の女性と、ひざ上スカート姿でほほえむフィギュアのギャップには、ただただ頭が混乱しました。

      店主のノーハ・カヤットさんはアニメ好きが高じて日本に4年半留学し、大学卒業後に小さなアニメショップを開きました。同様の店は国内にひとつもなく、各地から買い物客が訪れるのだと胸を張ります。

      ノーハさんに「スカートの女性のフィギュアは大丈夫なの?」と聞くと——。

      「私たちは露出の多すぎる女性の商品は持ち込みません。私たちの宗教や文化にふさわしいものを選んでいます。カタログの写真を見て注文するんですが、メイド服のフィギュアがかわいいと思って発注したら、水着の着せ替えパーツがついていました。これでは私たちの文化にそぐわないと言わざるを得ません。子どもと買い物に来た父親や母親が困惑してしまいます」

      水着はだめだけど、ひざ上スカートはオッケーなのか。なるほど。

      どうやってアニメを見ているの?

      ところで、娯楽が制限されてきたサウジアラビアで、どうやってアニメが見られてきたのでしょうか。

      インターネットで日本のアニメを配信する事業を展開する会社に話を聞きに行きました。この会社は、日本のアニメ制作会社とライセンス契約を結び、日本のアニメをアラビア語字幕付きで楽しめる定額の動画配信事業を手がけています。

      社長のヒラルさんによると、最近の作品はもっぱらインターネット経由で見られているといいます。しかも主に使われているのは違法な海賊版サイト。日本で放送された3時間後にはアラビア語の字幕がついた状態でアップロードされているといいます。

      サウジアラビアで人気の日本のアニメは、皮肉にもこうした海賊版で違法に拡散されたものに支えられているという構図がありました。「進撃の巨人」もテレビ放送はなく「海賊版で見られているのだろう」とのことでした。

      自分たちの手でアニメを!

      ジッダでアニメ制作会社を経営するマジド・アズライさん(24)。名前の由来は「キャプテン・マジド」(「キャプテン翼」の中東での俗称)だそうです。キャプテン・マジドの大ファンだった兄が「弟の名前はマジドがいい」と両親に猛アピールした結果なのだとか。

      マジドさんは、現地のアニメーターが特に気を遣うのが当局による審査だと話します。そのわかりやすい例をたまたま、この日のマジドさんの会社で目にしました。キャラクターのデザインをめぐり、「サウジアラビアに現れた女の忍者、くノ一が髪を露出させて良いかどうか」、議論となりました。

      結局、髪の毛を覆うヒジャブをつけようという結論に。「忍者はもともと頭巾をかぶっているので違和感はない」。そりゃそうですよね…。

      次に議題に上がったのは腰に下げた星形のアクセサリー。

      「これはセクシーすぎないかな、とったほうがいいんじゃないかな」

      「キャラクターの特徴づけとしてあったほうがいいよ」

      デザインの細部まで話し合って、問題がないかを確認していました。
      こうした議論の背景にはマジドさんたちの苦い経験があります。

      かつて若者のテロをテーマにした社会派アニメを制作したマジドさんたち。この時、当局の審査で、主人公のひげについて「敬けんなイスラム教徒に失礼だ」と物言いがつきました。当局としては敬けんさの象徴である、ひげ面の男がテロを起こすとはけしからん、というわけです。

      結局、マジドさんたちはできあがったマンガに手を加え、マンガの最初のページで男がひげをそるシーンを入れて、「信仰心に厚い男が、テロを実行する際に怪しまれないためにひげをそった」という設定で、その後のシーンでは男のひげをすべて削除したのです。

      目指すは世界 “日サ”共同製作映画

      ムハンマド皇太子の財団の傘下にあるアニメ制作会社では、サウジアラビア国産アニメ映画に取り組んでいます。日本とサウジアラビアのアニメーターが共同で製作している映画『ザ・ジャーニー』。サウジアラビアの古代文明を舞台にした作品で、日本と中東各国で来年の上映を目指しています。

      CEOのブカーリ・イサムさん(41)はサルマン国王が来日した際に通訳を務めた知日派。学生時代に日本へ留学したとき、友だちができたきっかけは、やはりアニメだったと話します。今回のプロジェクトには、なみなみならぬ情熱を燃やしています。

      「この映画が1つの成功例として歴史に残ると期待しています。30年後に日本とサウジアラビアのリーダーが、私たちのつくったアニメを共通の話題にしてくれて、世界の相互理解と平和構築に貢献したい」

      ブカーリさんはサウジアラビアのアニメーターを日本の専門学校に派遣するなど、アニメ産業全体の底上げをはかろうと奔走中。サウジアラビアのアニメ業界には、ブカーリさんのように「いいものを見たい・作りたい」という圧倒的な熱量があふれていました。日本のノウハウを取り入れたサウジ発のアニメが中東や世界に羽ばたく——そんな日も、いつか来るのかもしれません。(国際部 佐野圭崇・ドバイ支局 吉永智哉)