観客はなぜ靴を投げたのか 中東情勢から考える

    サッカーのアジアカップ、UAE=アラブ首長国連邦で行われたUAE対カタールの試合はカタールが4-0で勝利し、決勝に駒を進めました。

    この試合、スタンドはUAE側のファンで埋め尽くされ、カタールが得点するたびに靴が投げ込まれるなど異様な雰囲気の試合となりました。なぜスタンドは荒れたのか、それには試合内容以上の理由があります。

    目次

    ※クリックすると各見出しに移動します

      2022年W杯開催国 カタールはいま

      日本から直行便で12時間半。日本人にとっては、むしろ「悲劇」の場所としてなじみのあるカタールの首都ドーハには、ドバイやアブダビ同様に近未来的な高層ビルが建ち並びます。

      空港から外に出ると1月でも強い日差しにさらされ、くらくらするほど。この国で2022年のサッカーワールドカップが開催されます。

      私が向かったのはドーハ郊外にある「ルサイル」という都市です。ワールドカップのメインスタジアムと、そのお膝元となる町をつくる工事が同時並行で進められているというのでその様子を一目見ようと取材を申し込んだのでした。

      カタールは、アラビア半島からペルシャ湾に向けて突き出ている小さな半島の国です。人口は270万人。日本だと大阪市とほぼ同じ規模ですが、その8割から9割を外国人労働者が占めていて、カタール人は20万人から30万人程度といわれています。国の規模を考えると、ワールドカップの開催はまぎれもなく大きなチャレンジです。

      しかしカタール大会で使われる既存の施設は1か所だけ。大会の会場となる残り7つのスタジアムは、新たにゼロから建設が進められています。
      なかでもメインスタジアムとなる「ルサイル・スタジアム」の収容人数は8万人。建設現場では、観客席部分の設置工事などが行われていました。

      夏には気温が50度近くまであがることを考慮して大会の開催は11月となりましたが、スタジアムには気温の上昇に備えて空調設備が完備されるとのこと。8つのスタジアム建設など準備費用は、1兆円とも指摘されています。

      ワールドカップが国の形を変える

      このご時世に巨額の投資が可能なのは、カタールが世界最大のLNG=液化天然ガスの輸出国だからにほかなりません。

      なかでも日本はカタールにとって最大の輸出先になってきました。LNGは、日本では主に火力発電向けや都市ガスとして使われていますから、私たちの電気ガス料金の一部はカタールに支払われているということになります。

      カタールは国家的プロジェクトであるワールドカップにあわせて空港、港湾、都市交通システムなどの整備も進めています。

      ちなみに都心とスタジアム、空港などを結ぶ地下鉄の建設は、日本企業が中心の企業連合が受注し、現在、一部区間では、試運転が行われています。電車はすべて日本製です。

      カタールが国の威信をかけるワールドカップは、日本にとっても大きなビジネスチャンスとなっているのです。

      アラブにとってのワールドカップ?

      サッカーは中東では最も人気のあるスポーツと言って間違いないでしょう。カタール大会は中東で初めて開催されるワールドカップとあって、その意味合いは特別なものとなります。

      先述の「ルサイル・スタジアム」の建設プロジェクトの責任者のタミム・アベドさんは、「このワールドカップはカタールだけのものではありません。アラブにとってのワールドカップです。中東の職人技を反映したような壮観な建造物になります」と胸を張りました。

      カタール大会は「アラブのワールドカップ」−−本来は、そうなるはずでした。しかし今、カタールがアラブ諸国を代表する形で大会を開催できるかといえば、現実の国際関係はそこからほど遠い状況になっています。

      カタールがサウジアラビア、UAE、バーレーン、それにエジプトから国交断絶を一方的に通告されたのは2017年6月。以来、カタールにとっては我慢と辛抱が続いています。

      閉め出されるカタール

      サウジアラビアなどはカタールが「イスラム過激派などを支援し、地域の安定を損ねている」と主張。人やモノの移動を制限し、物流網を遮断しました。現在、UAEやサウジアラビアなどと、カタールの間では直行便すら飛んでいません。

      サウジアラビア側は断交解除の条件として、衛星テレビ局アルジャジーラの閉鎖など13項目の要求を突きつけていますが、カタールは要求に応じる姿勢を見せず、双方の主張は平行線をたどっています。

      対立の原因の一つは、イランとの関係です。カタールは、沖合の天然ガス田の開発でイランと協調する必要があるため、スンニ派主体の国でありながらもイランとは良好な関係を築いてきました。

      イランを敵視し、包囲網を形成したいサウジアラビアにとっては、カタールのこうした態度が看過できなかったとの指摘もあります。

      カタールはなぜ屈しないのか

      サウジアラビア、UAE、エジプトなどと言った地域の主要な国々から仲間はずれにされながら、なぜカタールは持ちこたえられるのか。

      その答えの大前提にアメリカとの関係があります。カタールには、アメリカの空軍基地があり、アフガニスタンの安定維持や、過激派組織IS=イスラミックステートへの軍事作戦の拠点になってきました。サウジアラビアなどが、軍事的なカードを切れないのは、アメリカ軍の存在があるからです。

      もうひとつが地域大国トルコとの関係強化です。トルコ企業はカタールへの輸出を強化し、カタールはトルコへの経済支援を行っています。

      私がカタールに滞在した際、ドーハではトルコ企業100社あまりが参加する見本市が開かれていました。あるトルコの企業関係者は「政治的な関係がよければ、ビジネスにももちろんプラスだ。インフラ整備などにも関わっていきたい」と話していました。

      中東地図に新たな対立軸

      中東には、サウジアラビアを中心としたスンニ派の国々と、イランを中心としたシーア派の影響力の強い国々という対立軸が存在してきました。

      これとは別に、カタールとの断交の影響などの結果、サウジアラビア、UAE、エジプトなどのグループと、トルコ・カタール連合+イランという各国の利害に基づいた新たな対立軸もこの1年あまりで鮮明になりつつあります。

      UAEとカタールが対戦した試合の異様な雰囲気にはそんな中東の対立軸がもたらす感情的な分断がかいま見えました。

      2022年のサッカーワールドカップを中東はどのような形で迎えるのか。開催は3年後、中東の国々の相関図が変わるのにはまだ十分すぎる期間が残されています。(取材・吉永智哉)