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官僚人生 私たちはこう走った

私たちが「霞が関のリアル」を取材し始めて2か月。これまでの取材や、いただいた投稿からは、長時間勤務に疲弊し、やりがいを見い出せずにいる官僚の姿が見えてきます。いったいどうすれば?そのヒントを、この2人に聞いてみました。
(「霞が関のリアル」取材班記者 三浦佑一 杉田沙智代)

村木さんに聞いてみた

村木太郎さんと村木厚子さん

村木厚子さん。平成21年に障害者団体のための郵便制度をめぐる事件で検察に逮捕・起訴されましたが、一貫して無実を訴え、翌年に無罪が確定。復職して、最後には官僚トップの事務次官を務めました。

インタビューをしたのは4月下旬。教べんを取る津田塾大学で、同じく厚生労働省の官僚だった夫の太郎さんにも同席していただきました。官僚人生を完走した2人は、後輩たちの様子に何を思うのでしょうか。

寄せられた声を聞いて

(記者)私たちのもとには、現役官僚の皆さんから数々の切実な声が寄せられています。長時間労働、国会対応の徒労感、民間と比べて低い給与、国民からの批判…。官僚の自信と意欲が失われていると感じます。

厚子さん「1つの案件が勃発するとものすごい長時間労働になるし、民間企業ほどの労務管理が行われていないのも事実だと思います。官僚も生身の人間なので、疲れれば気力だって損なわれる。国のためという使命感頼みで問題をなおざりにしてはいけないと思います」

太郎さん「世の中の変化に霞が関・永田町がマッチしていなくて、生産性が低くなっている。膨大な紙資料も、深夜の国会待機もそう。これは官僚の考え方だけを変えても意味が無くて、政治と官庁の役割分担なり関係の仕組みを考え直さないと解決しない」

村木さんでも変えられなかったの?

―村木さんたちも問題意識を持ちながら、現役の時に改善するのは難しかったのでしょうか?

厚子さん「まず定員が決まっていて、簡単には人を増やせない。そして仕事の配分の見直しとか組織の合理化とかの細かい努力をしても、仕事量の増加のほうが圧倒的で追いつかない。厚生労働省で言えば、社会保障と働き方改革という、今の内閣の非常に大きな仕事の2つが重なっている。昔はもう少し時間をかけられたし、大きな仕事の嵐が過ぎ去ると一呼吸置けた。でも今は嵐が連続して来ています。言い訳になるかもしれないけど職員の疲れもたまるし、ミスも起こりやすい。国会もほとんど変わらなかったですね。質問の通告を早めてもらうとか何度かお願いしてきたけど、よくなったり元に戻ったりで。国会って与野党のバトルで、勝つためには何でも使うっていう場所だから、官僚から変えてほしいって言いにくい。選挙の洗礼を受けている人は偉いんですよ」

太郎さん「民間なら選択と集中で仕事を切り捨てていくでしょう。ところが国の仕事ってなかなか切り捨てられない。新しい仕事が加わっても昔からの仕事も残り続けて、収拾がつかなくなる」

―2人がいた厚生労働省は、裁量労働制のデータミスや、統計不正、介護保険料の未収など、不祥事が相次ぎました。なぜだと思いますか?

厚子さん「私は職員のモラルが低いとは決して思っていなくて、むしろ最もよく働いている役所の1つだと思っています。ただ、少し悪循環になっている。大きな問題が起きるたびにペナルティーがかかっていく。ただでさえパンクしかけているところにまた問題が起こると、さらに修復に労力をかける。一人一人に全部責任が被さり、お互いに助け合えなくなる」

「やりがい」はどこに

―若手からは「国は法律や大きな予算を動かせるけど、生活する人たちの反応が見えづらく、やりがいを感じられない」という声もありました。お2人はどうでしたか?

厚子さん「私は逆に、机を離れて労働や福祉の現場と接点を持つようにしてきたから続けてこられたと思います。実際、厚労省は現場が好きな人が多いんです。忙しいと上司、関係業界、政治家の顔ばかり浮かぶかもしれないけど、私はよく若い人たちに『利害に引き裂かれそうになったら、国民にとってどっちの道が正しいのかというところへ立ち返ってごらんよ』と言っています。現場の人たちに会うと、判断の軸が戻ってくる。そうすれば誰をどう説得したらいいかが見えてきます」

厚労省局長時代の厚子さん

―具体的にどんな仕事で充実感を感じられましたか?

厚子さん「障害者雇用も担当しましたし、地域の家庭で子育てを支援するファミリーサポート制度ができたのも私が担当の時です。それに保育所政策とか、現場に密接な仕事がたくさんありましたね。同僚には公務員を辞めて、直接的な福祉の仕事に転職する人もいました。私も霞が関にいていいのかなあと思うこともあったんです。でも現場の人たちが『ああいう人がちゃんと霞が関にいて大きいハンコを持つようになってくれないと、私たちが困るのに』と言うのを聞いて、私の仕事はここだと割り切れました」

太郎さん「役人人生の後半は管理の仕事が多くなったけど、若い頃の仕事には手応えがありました。働き方改革の波が当時もあって、週休2日制の普及や年休の取得促進に私たち2人とも携わったんです。働く人のためっていう実感があったよね」

厚子さん「その時は残業のことはあまり触れられなかったけど、いま後輩たちが時間外労働の上限規制の仕事をしています。定年も55歳だったのが、60歳になり、今度は65歳までの雇用延長。そういうふうに政策で社会が動いていくことが分かると、仕事の意義を実感できる。ゆっくりしか変わらないし、1人ではできない。大きな仕事のバトンを渡しているという実感が持てるようになるまでには、時間がかかるかもね」

お互い官僚でよかった?

家族で撮った一枚

―仕事と家庭の両立についてはどうでしょうか。

太郎さん「私が民間企業に勤めていたとしたら、妻が毎日夜中の2時まで帰ってこないというのは理解できないと思うんですね。お互いに職場の状況が分かっているのはメリットではある。実際に職場結婚は多いですよ。忙しくて出会いの場がないし(笑)。同期には4人女性がいましたが1人は入省前から結婚が決まっていて、残り3人は職場結婚。私も『この人(厚子さん)はほかにもらい手がいないだろうから、同期で誰かが犠牲になって結婚しよう』と(笑)」

厚子さん「救済策だね(笑)。私も相手の立場が分かるのはよかった。当時はイクメンという言葉は無かったけど、家事育児は(太郎さんも)ほとんどイーブンにやってくれていたね」

―子育ては、当時は今よりも大変だったのでは?

厚子さん「育休なんてなかったから、預けるしかない。保育所もなかったけど、すごくいい保育ママさんが見つかって、娘が2歳になるまでお世話になりました。そのあと私は松江に転勤になったので、1人で娘を連れて行きました」

「これが初めて入った保育所の写真です。今は公務員も育休が取れるし、省内にも保育所もできましたね」

「今どきの官僚事情」をどうみる

―「官僚はころころ部署が変わって、専門性が身につかない」という声もよく聞きます。村木さんは著書で「長くやっていれば、点でやってきた仕事が線になる時が来る」と書いていらっしゃいます。でも若い官僚からは「定年まで勤めることを前提に事務次官レースに参加するよりも、いつでも転職や独立ができるスキルを早く身につけたい」という意見が少なくありません。

厚子さん「何年我慢しなきゃいけないの?っていうことはあるかもしれない。自分がやっている仕事の位置づけが見えない時は私にもあった。仕事が2年で変わると最初は厳しいよね。役人と民間の違いって、例えばトヨタだったらトヨタの車を好きで買ってくれる人を増やせばいい。でも年金って嫌でも全員が国が定めた制度に入ってもらわなきゃいけないし、規模が格段に大きい。動かすにはものすごく手間がかかるし、壁の厚さも全然違う。苦しいけど、そこが役人の仕事の醍醐味でもある。自分で起業した人って無我夢中で、朝から晩まで働いていても楽しいと言いますね。それは自分で決めた仕事を自律的にやれているから。でも役所は人に左右される仕事が多い。職員が自律的に仕事できる要素を組み入れて成果も見えやすくしてあげたら、もっといきいき働けるんだろうな。国民のためになっているという実感が得られたら、ストレスはものすごく減るんですよ」

太郎さん「今はSNSで、民間で華やかな生活をしている同級生と自分を比べてしまう。しかもSNSはうまくいっている人しか投稿しないから、よけい目立つよね。それと比べちゃうと自分が惨めに思えてしまう。トラブルの国会対応に追われていたら空しくもなるでしょう。世の中のためになる仕事に集中できるほうがいい。報道にも、官僚にちゃんとした仕事をさせろと言ってほしいですよ」

時代の変化の中で

―昭和、平成、令和と時代が移り変わる中で、官僚の役割の変化をどう感じていますか。

厚子さん「確かに自由に使える予算の伸びはなくなっている。小さくても新しいことを作れば喜びになるけど、今は入省した時からいかにお金を削るかという仕事で、つらいでしょうね。だけど逆に言うと、役所の仕事は国民のためにどうしてもなくせないものばかりなわけで、すごく責任が大きい。昔なら労働省って三流官庁と呼ばれていたけど、いま入ってくる人たちにそういう意識は無いと思う。本当に大事な仕事を背負いたいと思っているから。そこは今のほうがプライドややりがいがあると言えるんじゃないかな」

太郎さん「われわれは予算が増える中で仕事ができた最後の世代かもしれない。国の役割が『富の再分配』から『痛みの分かち合い』になって、官僚は喜びを感じづらくなっている。政治との関係も、昔は霞が関の役人が政治家のボスと話をして政策を決めていたんだろうけど、今は政治主導。その中で役人の役割は、複数の選択肢のメリットとデメリットをきちんと分析して政治家に提示をすることと、決まったことを具体的に進めて問題が起きていないかモニターしていくことの2つ。でも霞が関はそうした新しい価値観に基づく仕組みに行き着いていない気がする」

厚子さん「消費税をいくらにするかは政治家でないと決められない。でも少子高齢化の中で社会保障の費用はどれぐらいかかっていて、何を削れて何が削れないかという選択肢を政治家に示すのは霞が関。設計図を書いていくのはやっぱり官僚で、それは圧倒的に面白いと思います。こういう車が売れている。次はこんな車が売れるだろう、今度は電気自動車だと、決めるのは社長(政治家)かもしれないけど、設計図を書くのはわれわれの役目。さらに今は、この車がどんなにいいかとセールスできるようにならなきゃいけない」

令和の時代の後輩たちへ―

最後に取材班とパチリ

―最後に新しい時代の官僚たちへ、メッセージをお願いします。

太郎さん「官僚の仕事は、お金をもうけたいとか、自分が天下国家のことを差配したいという人には、今はあまりお勧めしない。逆にこつこつとした積み重ねでいいから社会の役に立つことをしたいと思う人には、それでお金までもらえるいいお仕事ですよ」

厚子さん「説明能力を高めてほしい。民主主義ってみんなを説得して多数から賛成してもらわなきゃダメ。昔はお役所っていう権威で政治家と結びつくことで賛成を得ていた。これから大切なのは国民が味方になってくれること。そして税金や権限を使う重い責任を背負ってでも誰かのために役に立ちたいという覚悟があれば、官僚は本当にやりがいのある仕事だと私は思っています」

これからの時代の官僚像について、村木さん夫妻は答えを出すというより、一緒に悩みながら考えてくれました。皆さんは2人の話をどう思いますか。こちらのアドレスの投稿欄にご意見をお寄せください。これまで同様、具体的な職場の問題や解決の取り組みの情報もお待ちしています。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/kasumigaseki/

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