証言 当事者たちの声背中を追いかけて警察官に~長野立てこもり事件で殉職した父

2023年5月29日社会 事件

敬礼する親子の写真。

左が父親の池内卓夫さん。隣に写る長男の将吾さんの結婚式で撮影したものです。

将吾さんは父親に憧れて警察官になりました。

立てこもり事件で殉職した父に伝えたいことがあります。

(取材班 杉山加奈)

現場にパトカーで急行

-5月25日午後4時26分ごろ-

「男が女性を刺した」
110番通報が長野県警察本部に寄せられた。

池内卓夫巡査部長(61)は、同僚の玉井良樹警部補(46)とともにパトカーで女性2人が襲われた中野市内の現場に駆けつけた。

男は猟銃を持っていた。

そしてパトカーの窓ガラスに銃口を向け、引き金を引いた。

長男の将吾さん「父に憧れて警察官に」

池内卓夫巡査部長

長野県で起きた立てこもり事件で犠牲になった池内巡査部長。

ことし3月の異動で中野市の警察署に配属され、パトカーに乗って地域の安全を見守りながら、警察の音楽隊でドラムの演奏を担当していました。

事件の翌日に池内巡査部長の自宅を訪ねると、妻と長男が玄関先で取材に応じてくれ、時折声を詰まらせながら思いを語ってくれました。

長男の池内将吾さん(34)も長野県警察本部の警察官です。
高校生のとき父親に憧れて、同じ警察官の仕事に就こうと決めたといいます。

長男の将吾さん
「仕事の大変さは父の仕事を見ていて理解していました。呼び出しとか当直とか聞いて、警察ってやっぱり忙しいんだなと常日頃から思っていました。
成長する過程で父の背中をいつの間にか追いかけていて、自分の将来を考えたときに父がやっている仕事は誰かがやらなきゃいけない仕事だし、本当に頼られる誇りのある仕事だと思い始めました。そして俺も父のような警察官になりたい、父を超えられるような警察官になりたいと思って警察官を目指しました。警察に入ると父はすごく喜んでくれました」

父親から届いた手紙

将吾さんが警察官になったばかりの20歳くらいのとき。

池内巡査部長は実家に来ていた将吾さんが仕事で悩んでいることに気づき、「なんかあったんか?」と声をかけてきたといいます。

将吾さん
「仕事でうまくいかなかったり上司に怒られたりして、落ち込んだことがあったんですが、何も話していないのに父は悩んでいることに気づいてくれました。その場では『別に大丈夫だよ』と言ったんですが、後日父から手紙が送られてきました。それが心の支えになったというか、ふだんそんなことをするタイプじゃないんですが、やっぱりどこかで気にしてくれていたんだなと。手紙は今も残しています」

その手紙には、こんな内容が書かれていたそうです。

「世の中にいろんな人がいるように、警察組織にもいろんな人がいる。嫌なことやつらい思いするような言葉を言われても気にする必要はない。お前はもともと強い人間だから、お前らしく生きればいい」

その後、幼少期は厳しかった父親との距離も縮まり、仕事の相談ができる関係に。

将吾さんは「試験に合格したとかこういうことがあったとか、同じ職場だからこそ話せることもあり、一気に距離が近づいて一番身近で相談できるのが父でした」と話しました。

仕事も趣味も熱心な自慢の父

将吾さんは、パトロールなど地域の安全を守る最前線の仕事をしながら、音楽隊の活動にも励む父親が自慢でした。

再生マークをクリックすると音が出ます

家庭菜園に釣り、山菜採り。
仕事だけでなく趣味でも何でも熱心に取り組んでいたといいます。

大切にしていた家庭菜園

将吾さん
「仕事も子育ても釣りも家庭菜園も全部教えてもらいたかったです。私も父も似たような趣味で、小さい頃から海釣りにも一緒に行きましたし、川釣りにも行きました。父はキノコや山菜採りも好きだったので一緒に行きたかったなって。すぐに亡くなるなんて思ってもいなかったので、本当にいろいろ教わりたかったです」

事件3日前の5月22日には家族で集まり、池内巡査部長がチャーハンをふるまいました。

父が作った最後のチャーハンについて、将吾さんは「食べることができたことはよかったです。むちゃくちゃうまかったです」と振り返りました。

同僚にふるまうことも 左上が池内巡査部長

全国の警察官に伝えたい今の思い

父親を殉職という形で失った将吾さんは複雑な思いを抱えていると明かしました。

将吾さん
「気持ちとしては『父じゃなかったら』と。父があの日別の仕事があればとか、どこか違う現場に出動していたらとか思ってしまいますが、口に出して言えることじゃなくて。父じゃなかったら違う人が犠牲になっていたと思うのでそんなことは簡単には言えないです」

だからこそ自分と同じ思いをしてほしくないと強く感じています。

将吾さん
「警察官という仕事は常に危険と隣り合わせだと心のどこかでわかっていたつもりでしたが、いざ身内がこのようなことになると改めて強く感じます。気をつけたいし、周りにも経験を伝えて殉職とかそういう目にあってもらいたくないです。
自分も初級幹部で巡査部長、父と同じ階級なんです。当然部下もいるし、同僚もいるし、同期もいるし、上司もいる。自分みたいな思いを誰にもさせたくないです。だから今回の経験を広く全国の警察官にも知ってほしい。誇りある仕事なので、安全に職務を全うして、地域住民の安全を守っていける警察官になってほしいと言いたいですし、そういうことを先頭に立って言えるような警察官になりたいです」

妻の佳代子さん 「たくさんの孫に囲まれ優しいじぃじ」

妻の佳代子さん(61)にもお話を聞きました。
夫との思い出話が止まらず、時折思いがあふれて涙ぐむ場面もありました。

事件がなければ、翌日の5月26日は、池内巡査部長は同僚とたけのこを採りに行く予定でした。
そして採ってきたたけのこで、佳代子さんに「たけのこ汁」を作る約束をしていたそうです。
週末には家族で富山県に旅行に行く予定で、池内巡査部長も楽しみにしていたといいます。

妻の佳代子さん
「前の日から楽しみに準備して、たけのこを採ってくるから、たけのこ汁作っておくと言っていました。次の日から旅行だからそんな量は作らなくてもいいなという話もしていました。お父さんのたけのこ汁はいつもおいしいから食べられなかったのは残念です。たくさん採ってきて庭先でむいて瓶詰めにするんですが、ことしはもうないですね」

そして佳代子さんは、夫の人柄について「優しいじぃじだった」と振り返りました。

佳代子さん
「若い頃は厳しい人でしたが、今はたくさんの孫に囲まれて優しいじぃじでした。孫たちがじぃじ、じぃじと慕ってくれるので、かわいくてかわいくてしょうがなかったみたいです。いつも子どもや孫の心配をしていました。すごい将吾のことも自慢で、よく褒められるんだと周りに話していました。娘の夫も同じ警察官で自慢でした」

孫にプレゼントした手作りのキーホルダー
ドラムの練習で使っていたスティック

仕事のことはあまり家で話しませんでしたが、家の中で音楽隊のドラムの練習をする姿が印象に残っているといい、「孫たちと一緒に演奏会に行っていましたが、もう見られないですね。じぃじもみんなでいくとうれしそうでした。ドラムの音をもう聞くことができないのは本当にさみしいです」と話していました。

取材後記

地域住民の安全を守るのが警察官ですが、理不尽に奪われる命があってはならない。

私はどんな警察官だったのか伝えたいと家族のもとに向かいました。

自宅を訪ねると、将吾さんと佳代子さんは気持ちの整理がついていない様子でしたが、話を聞いていると、「これが一生懸命育てていた家庭菜園」とか「これが孫のために作っていたいちご」と、涙ながらに次々と思い出話をしてくれました。

インタビューが放送されたあと、将吾さんはSNSに「優しいじぃじだったんだね」とか「ご冥福をお祈りします」といったコメントが書き込まれているのを見て、父親が人々から温かく受け止められていると知り、取材を受けてよかったと話してくれました。

そしてこんなメッセージを寄せてくれました。

「孫も父が大好きでしたし、父も孫が大好きで、たくさん抱いてもらい、お風呂に入れてもらい、遊んでもらい…まだまだこれからもお世話になりたかったです。本当に愛されたじぃじでした。そしてたくさん愛してくれました。まだまだ父のことは語り尽くせません」

4人の命が奪われた今回の事件。
何が起きるかわからない、危険と隣り合わせの警察官の安全をどう組織として守っていくのかも事件が突きつけた課題だと感じました。

  • 取材班 杉山加奈 2018年入局
    千葉局で事件・司法担当などを経て現在は富山局で行政担当