追跡 記者のノートから桃泥棒を追え! 残された痕跡

2022年8月16日事件

フルーツ王国が、そして農家が揺れています。
山梨県で収穫を間近に控えた桃が数千個単位でごっそり持ち去られる被害が相次いでいるのです。
泥棒からみれば札束が木にぶら下がっているようなものだ」と話す農家の男性。

一体誰が?

取材を進める中で8月、捜査に大きな動きがありました。
現場に残された犯行の痕跡、そして、警察の捜査を追いました。

(甲府放送局 赤木雅実)※9月1日追記

大きく動いた捜査

「フルーツ王国」山梨県で相次ぐ桃などの盗難被害。
警察によりますと6月だけで被害額は570万円以上
去年1年の被害額をすでに上回っています。
これほどの被害は例がないといいます。

桃泥棒は誰なのか?

取材を進める中で、大きな動きがありました。
8月11日、警察が桃を盗んだ疑いで、群馬県伊勢崎市のベトナム人グループが住むアパートを捜索したのです。

山梨県警幹部
「7月に起きた桃の盗難事件について捜査を進める中で、事件の時間帯の前後に山梨県内を行き来する不審な車を防犯カメラなどから特定した。その行方を防犯カメラなどを分析して追った結果、このアパートを割り出した」

警察はアパートにいたベトナム人の容疑者2人を不法残留の疑いで逮捕し、フルーツ盗難との関与についても捜査を進めています。

捜索の現場では・・・

早速、警察が捜索を行った伊勢崎市のアパートに向かいました。
アパートにはベトナム人のグループが暮らしていたということです。
アパートの周辺で話を聞いてみると。

近所の人

様々な県のナンバープレートの車が止まっていて、夕方に外出して、次の日に帰ってくることがあった

特にトラブルはなかったが、外国人風の人がこの1か月くらい車をいじっていて、ナンバープレートがない車もあった

近所の男性

実際にアパートの前の道路をはさんだ向かいには複数の車が止まり、証言の通りナンバープレートのない車もみられました。
さらに取材を進めると、手がかりにつながる証言も。

アパートの管理会社の男性

もともと部屋の契約者は女性で家賃の滞納などはなかったです。男性が住むという話は聞いていなかったです。
近所の人から『アパートに出入りする人たちが使っていたワインレッドの車の中に桃が入った黒い袋が3、4袋ほど入っていた』という情報は聞いています。

警察への取材や目撃証言などを総合すると、この車に黒い袋に入れられた桃が入っていたとみられます。

また、捜索したアパートの部屋からは桃や梨といった果物が大量に見つかったということで、警察は関連を慎重に調べています。

グループのものとみられる車

(※9月1日追記)
警察は、2人を含む3人について、茨城県の畑から梨およそ2000個を盗んだ疑いで再逮捕しました。
調べに対し3人は容疑を認めているということです。また、容疑者の1人は「山梨で桃を盗んだ」などと話しているということで警察が捜査を進めています。

一方、一連のフルーツの盗難については、その規模の大きさからほかにも複数のグループが関与した疑いがあるとみて、警戒を強めています。

一夜にして消える桃 被害の実態

私(記者)は桃の盗難が相次いだ6月から、各地の被害の現場を取材してきました。
その被害の実態は、まさに「根こそぎ」という表現がぴったりな荒っぽい手口でした。

笛吹市で被害にあった農家
記者

被害にはいつ気づかれたのですか?

きょうになって見に来たらほとんどなくなっていた。低いところも高いところも、実がほとんどない。5000個くらいはやられました。昨夜から早朝にかけてやられたんだと思う。

農家の男性
記者

これだけやられてしまうと額も相当大きいのではないですか。

だいたい150万円くらいかな。それよりもね、ここまで1年間、ずっと手入れをしてきて。もう少しでね、やっと収穫できると思ってたのに。悔しいですよ。

農家の男性

枝はあちらこちらで折れて葉が散乱し、何者かがねこそぎ持ち去ったとみられています。

折られた枝

白いシートの上にタイヤの痕が残っているでしょ。犯人は車を畑の中まで乗り入れて乱暴にもぎ取ったんだろうね

残されたタイヤ痕

現場に残された痕跡

ほかの現場では犯人につながる手がかりも残されていました。
7月上旬に桃およそ500個が盗まれた、南アルプス市での目撃情報です。

被害にあった畑

被害の4、5日前から付近で不審車両に関する通報が相次いでいたといいます。

県外ナンバーの軽の黒っぽいワンボックスが日中に畑の農道をうろうろしているという通報がたくさん来ていた。外国人風の2人組でこの辺では見ない顔だったと聞いている。夜に盗むために、日中、下見に来ていたのではないか

JAの担当者

さらに、“犯人の忘れ物”も。現場に残されたのは桃が入った黒い袋。盗んだ桃を入れたあと、車に積み忘れたとみられます。袋は通常は土のうなどに使われる材質の黒い袋でした。

犯人が置き忘れたとみられる桃と袋 写真提供:JA南アルプス市

この袋は、通常農家が使わないものだといいます。

畑の入り口のすぐ脇に1つぽつんと落ちていた。暗い中で、見えずに回収するのを忘れたのでは。桃が狙われたのはおそらく夜遅くだろう。

JAの担当者

目撃された不審車両や残された黒い袋。
これらが今回、伊勢崎市で捜索が行われた現場と結びつくかはわかっていません。
警察は被害の規模からみて複数のグループが動いている可能性もあるとみて捜査を続けています。

なぜ今、フルーツ盗が増えているのか?

それでは、なぜ今、山梨県内で盗難事件が増えてきているのか。
取材を進めると2つのキーワードが見えてきました。

【キーワード①】ブランド化

JAふえふき 小池一夫 組合長
「フルーツのブランド化が進んでいることも無関係ではないと思う。山梨県のフルーツの価値を理解しているから盗むんだと思う」

実際、JAふえふきが扱うすべての品種の桃の1キロあたりの平均単価を見てみると、


平成24年 512円
令和3年   832円

と、この10年ほどで価格がかなり上がっていることがわかります。
さらに、近年は「シャインマスカット」など単価の高いフルーツを作る農家が増えたといいます。

【キーワード②】多様な販売ルート

ブランド化とともに、盗む側にとって好都合だとみられるのが販売ルートの多様化です。

収穫から3日ほどで食卓に並ぶ“足が早い”桃。
現金化するには短時間で売りさばくルートが必要です。
複数の農家に話を聞くと考えられるルートは主に2つあるといいます。

ルート1)インターネット
インターネットには、誰もが商品を自由に売買できるサイトやアプリがあふれています。
実際に検索してみると、確かに桃をはじめとするフルーツが売られていることを私も確認できました。中には「山梨県産」と書かれた桃も。

ネット上で大量に取引される桃 

ルート2)路上
もう1つが路上販売です。複数の関係者は次のように話します。
「JAなどの団体を通さず直接、一般の人に販売することが可能で、盗む側からすれば証拠が残るリスクが低いためルートの1つとしてはあり得ると思う」
実際に去年、静岡市清水区で甘夏およそ150キロが盗まれた事件では、盗まれたあと路上で販売されていたことが明らかになりました。

山梨県内の警察署が6月に開設した盗難被害に関する情報提供のための専用のフォームには、開設から7月末までに346件の情報が寄せられています。
その多くが
「ネットで山梨県産をうたう不審な桃が売られている」
「路上で不審な桃が大量に売られている」

といった情報だということです。

JAふえふき 小池一夫 組合長
「木から離れてしまえば見た目は一緒ですからね。通常に生産されたのか、盗まれたのか見分けることは不可能に近いですよ。あやしいなと思っても、ネットや路上で自分で作った桃を販売する農家も当然いますので」

盗まれないために 農家の自衛策も

フルーツのブランド化、販売ルートの多様化が進む中、新たな被害を防ぐための対策も進められています。
パトロールに加えて、今注目されているのがドローンによる警戒です。

ドローン
ドローンの映像(赤外線で温度が高い場所は黄色く写っている)

機体には、温度の違いが色で分かるサーモカメラを搭載。
上空からの目で、平面からでは気づきにくい人の動きもくっきり見えます。

訓練の様子 モニターを見て犯人役を追う

先日、JAや警察が合同で行った訓練でも効果を発揮。
ドローンからの映像をもとに指示が送られ、警察が素早く犯人役を取り押さえました。
ドローンのほかにも農家の間では侵入者を検知するセンサーや防犯カメラなどの導入も進められています。

訓練で犯人役を確保

正念場は「実りの秋」

フルーツ盗難に翻弄される地元のJAや農家。最も被害を懸念しているのが秋だといいます。
笛吹市の農家、藤巻豪さん。日本が誇る高級フルーツ・シャインマスカットを生産しています。

シャインマスカットのひと房あたりの単価はおよそ2000円。仮に桃と同じような数を盗まれてしまうと、被害額はとんでもないことになってしまう。私にとってこの実たちは子どものような存在であると同時に、この子たちのおかげでご飯を食べられているからね

藤巻豪さん
ひと房1万円を超えるものも

8月下旬から9月上旬にかけて収穫期を迎えるシャインマスカットの盗難被害は毎年、発生していて、県内で去年はあわせて282万円分の被害が出ています。

ことしは特に気が気じゃないですね。考えてみれば、道路から手を伸ばせば届く範囲に、たくさん高級な実がなっているわけですから。その認識が甘かったかもしれないですね。幸いまだ収穫までには少し期間があるから、ことしは夜間の見回りを強化するなど対策を考えていきたいです

藤巻豪さん

取材後記

取材の中である農家の男性は

「泥棒からみれば札束が木にぶら下がっているようなもんだ」と話しました。

高級化やネットなどの新たな販路によって、標的になりやすい環境にある国産のブランドフルーツ。
取材をして感じたのは金銭的な被害もさることながら、昼夜をおしまず手塩にかけて育てた果物を一夜のうちに持ち去られた生産者のやりきれない思いでした。
「なんでこんなことをするのか」
「もうやめてほしい」

農家が盗難におびえないで生産に打ち込める環境を作れるよう、犯人の検挙と被害防止対策の強化を両輪として進めていく必要があると感じました。

  • 甲府放送局記者 赤木雅実 2021年入局
    主に警察・司法取材を担当
    学生時代はサッカー部
    最近は山梨県を車で巡り、魚釣りも