追跡 記者のノートから「留置場」の弁当 4年間食べ続けた警察官

2022年10月18日不正 社会

8月に発表された埼玉県警の警察官の懲戒処分。
目を引いたのはその処分理由でした。

“被留置者の予備食を許可なく食べた”

ひらたく言うと、逮捕された容疑者用の弁当を“盗み食い”していたという内容です。
しかもその期間は4年余り…

なぜ警部補は留置場の弁当を食べ続けたのか?
「耳慣れない不祥事」を取材しました。
(さいたま放送局 小野 匠哉)

発覚のきっかけは弁当めぐるパワハラ

留置施設

ことし8月、処分を受けた50歳の警部補。
当時、埼玉県警本部の留置管理課に所属していました。

留置場
 逮捕・勾留された容疑者を収容する施設。
 県警本部の施設や警察署の中にある。

留置管理課
 留置場や容疑者など収容者の生活を管理する部署。
 交代で収容者を見回るほか、食事や護送などにも対応する。

警部補は本部の留置管理課員として、留置施設で勤務していたということです。

警部補が勤務していた留置施設

今回の不祥事の発覚のきっかけは弁当をめぐる別のパワハラ事案でした。

ことしの春、警部補の部下から、以下のような申し出が別の上司にあったのです。

部下
「警部補から、妻の作った手作り弁当を『ゴミみたいだな』と馬鹿にされた」

手作り弁当をけなすこの発言は処分の際に公表され、批判を受けました。

この訴えがきっかけとなり、行われた内部調査。

この調査でパワハラとは全く別の不祥事も明らかになったのです。
警部補が容疑者向けに留置場に配達される弁当に手をつけていたことがわかったのです。

4年間、容疑者の弁当を食べ続ける

警察の調査の結果、この警部補は4年間にわたって弁当を食べ続けていたことがわかりました。

期間:2017年11月~2022年3月
個数:数百食

食べたのは余りの弁当だったということで、警部補は調べに対して

「もったいないから食べた」

などと話しているということです。

これだけ長期の間、弁当を食べ続けても問題にならなかった背景にある「余りの弁当」。
なぜ余るのか、どうしてもその訳が気になり、取材してみることにしました。

留置場の弁当 毎日余る訳は

まず、そもそも、どのような仕組みで、どんな中身の弁当が留置場に納められているのか。
県警の入札資料などをもとに、業者にあたると、いくつかの業者が匿名を条件に取材に応じてくれました。

記者

留置場の弁当、どのようなシステムで納入しているのですか

はい。競争入札です。落札したら警察の仕様書に沿った商品を納入します。

業者

警察が公開している仕様書を見てみると、カロリーや栄養素などが細かく決められていました。

仕様書

~仕様書から~
▼1日分のエネルギー量は、2300キロカロリーを目安とする
▼エネルギー産生栄養素バランスとしては
 たんぱく質:13~20% 
 脂質   :20~30%
 炭水化物 :50~65%とし、
 主食、主菜、副菜、牛乳・乳製品、果物がそろった内容とする
▼主食は米飯、パン、麺の穀類からとり、米飯の量は1食200~300グラムとする

記者

栄養バランスにも配慮されているんですね。

栄養バランスだけではありません。
これも大きな特徴ですが、自傷行為や他人を傷つける恐れのあるものもNGです。醤油だったらキャップ付きのものは飲み込まれてあぶないのでカットできる袋に入ったものに。串や箸は入れていません。配達した時にそういったものが入っていないか警察官から確認されます。

業者

ほかにも、うちの場合は留置場の弁当にはあしらいとか、ゴマ塩が入っていないという特徴があります。
最低限の質素なものになっているんです。

業者

外部との連絡に悪用される恐れがある、紙や容器、食材も使うことができないということです。

そして、国際化や高齢化といった時代を感じる注文もあります。

外国の人が捕まった時は指定があるんですよ、豚肉がだめとか牛肉はだめとか。10個注文があれば1個は豚肉は使わないでほしいと言われるので、その時は鶏肉とか魚を入れて代替します。警察署に配達に行ったときに理由を尋ねると「宗教の関係です」と警察官が答えてくれるんですね。

宗教に限らずアレルギーがある留置人にも配慮しています。ポン酢(レモン)やマヨネーズ(卵)がNGの場合は同じように伝えてくれるので別の調味料に差し替えます。

業者

胃腸が弱いとか、咀嚼ができない人がいるので「おかゆや刻み食にしてほしい」という要望があるんです。
私はそれを聞いて「ああ、歯がしっかりしてないんだな」とか「お年寄りなんじゃないかな」と思っています。

業者

たびたび警部補が手をつけた弁当。
その味はどうなのか?

一般の弁当と比べると薄味かもしれません。具材もふつうの仕出し弁当とそんなに差はありませんよ。仕様書でもしっかり栄養が定められてますし健康的だと思いますよ。

業者

弁当が必ず余るのには理由が・・・

留置場の弁当について、多少脱線しつつも、イメージがわいてきました。では本題となる「なぜ余るのか」という疑問もぶつけてみると。

配達の途中に落としてしまったり、髪の毛などの異物が入っているといった弁当の中身に不備があったりすることがあるからです。
その場合、仕様書にあるとおり、業者は速やかに別の弁当を用意しなければなりません。

業者

たしかに、仕様書には
「受託者の過失による交換等が生じた場合には、誠実に対応すること」
と定められています。
この義務を果たす業者の工夫が余りの弁当を生んでいたようです。

うちの場合は配達先が何件もあって「弁当に不備がある」と連絡を受けた後で配送すると時間やコストがかさむため、あらかじめ配達先ごとに予備の弁当を1個入れて届けていますね。
届け直すと間に合わないですし。

業者

余った弁当は回収する頃には時間がたって傷んでしまい、食べられない状態になってしまうそうです。
そのため、この業者では予備の弁当は返してもらうかそのまま廃棄してもらっているといいます。
この予備の弁当が警部補が長年食べ続けた「留置場の弁当」でした。

(警察署から距離が近い業者は、要望があってから予備を届ける対応をしている場合もあるということです)

もったいない、、

実際の留置場の弁当はどのようなものなのか。取材に応じてくれた業者に、実物を撮影させてほしい、と依頼しました。
しかし、、

撮影は勘弁してください。一般競争入札なので、うちがどんな容器や中身か競合他社にバレてしまうんで…。入札は厳しくて数円単位の時もありますから。
特に今は物価高ですから、コストをどう抑えるか、知恵が詰まっているんです。

業者

留置場の弁当をめぐっては業者間の競争も激しいようです。
でも味だけは自分で確認したい。
撮影しないことを条件に同じ価格帯の弁当を販売してもらい、食べてみました。

食べる記者

価格は300円ほど。野菜や魚、たっぷりのご飯。バランスもとれた食事だと感じました。

こんな弁当が毎日捨てられている…。

警部補のしたことは、もちろん処分されて当然の行為です。
ただ、食品ロスの観点からは、弁当が捨てられるのはもったいない、という思いは残ります。

余りを減らす方法がないものか、埼玉県警に聞いてみました。

埼玉県警察本部

埼玉県警 留置管理課
「弁当は、あくまで収容者のために用意されたもので、別の人が食べてしまえば県民の税金が目的外に使われてしまうことになります。廃棄することについては、業者と今後どう扱うか検討していきます」

埼玉県警は、再発防止に向けて、県内の警察署に通達を出すことにしています。
警部補のような行為を防ぐため、改めて、警察官ひとりひとりの倫理意識の徹底が求められます。

弁当業者にも聞いてみました。

業者
「私たちは3食365日、毎日休まずに弁当を提供しなければなりません。予備を作らなければ不測の事態が起きたときに食事ができない容疑者が出てきてしまうので、こうした方法を変えるのは難しいのが現状です」

業者が欠かさず弁当を提供するという責任感から生み出された方法。予備なしで対応するのは業者側としても現実的ではないと感じます。

そうとわかってはいても、やはり、捨てられてしまうのはもったいない。
食事に困っている人に渡したり、収容者に分配したり、手間や労力を考えると簡単にはいかないかもしれませんが、弁当が廃棄されない仕組みづくりを検討していってもいいのではないかと思いました。

  • さいたま放送局 記者 小野 匠哉 2015年入局
    岐阜局、名古屋局を経て
    現在はさいたま局で
    主に事件・事故を担当

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