追跡 記者のノートから愛する人への侮辱は自分以上に傷つく〜池袋暴走事故遺族の思い

2022年12月19日司法 裁判 事故

「事件を思い出すたびに、強い憤りと悲しみで心がいっぱいになり、何も手がつけられなくなります。『またひぼう中傷をされるのではないか』恐怖で手が震え、直前で投稿をやめてしまうことも増えました」

東京・池袋で暴走した車にはねられ妻と娘を亡くした松永拓也さん。
自身をSNS上で中傷したとして侮辱罪に問われている被告の裁判で、きょう法廷に立ち、いまの心境を語りました。

今年7月に改正法が施行され、罰則が重くなった侮辱罪。
「優しいインターネット社会になってほしい」と法律の見直しを求めてきた松永さんが法廷で語った意見陳述の詳細です。

※2023年10月11日更新

衝撃を受けた投稿

松永拓也さんは、3年前に起きた池袋暴走事故で妻の真菜さんと3歳の娘・莉子ちゃんを亡くしてからこれまで事故防止を訴える活動を続けています。

そうした中、今年3月、ツイッターに投稿されたメッセージに目がとまりました。

被告のツイート(ツイッターより)

松永さんは自分だけでなく妻と娘も侮辱するような内容に、頭が真っ白になったといいます。

松永拓也さん
「妻と娘の名前を出して、女を取り替えればいいとか、お荷物だなどと書き込んでいる。愛する人をこのように言われるのは、一線を越えてしまっている。私個人や亡くなった妻と娘の尊厳を踏みにじるような内容に驚き、悲しさと憤りを感じました」

初公判のあと説明する松永さん

“軽すぎる“侮辱罪 法改正に向け

人を侮辱したことを罰する「侮辱罪」。
もともと定められていた刑の重さは「30日未満の拘留」または「1万円未満の科料」で、刑法の中でもっとも軽いものでした。
※科料 1000円以上1万円未満を支払わせる罰金より軽い刑罰

しかし、インターネットやSNS上でのひぼう中傷が深刻化する中、対策の強化を求める声があがりはじめました。

議論を加速させるきっかけとなったのは、おととし、民放のテレビ番組に出演していたプロレスラーの木村花さんがSNS上でひぼう中傷を受け、22歳の若さでみずから命を絶った問題です。

この問題をきっかけに、去年4月にはひぼう中傷を投稿した人物を速やかに特定できるよう新たな裁判手続きをつくる「改正プロバイダ責任制限法」が成立しました。

一方で、投稿した人に対する罪の重さは変わらないままでした。

指先1つでつぶやかれた言葉で命を落とす人がいる。
法律は抑止力になっていないのではないか。

木村さんの母親の響子さんが罰則の強化を求めて声をあげ、松永さんも一緒になって法改正の必要性を訴えてきました。

ただ、侮辱罪の厳罰化によって憲法が保障する表現の自由がおびやかされるなどと懸念する声もあります。

日弁連=日本弁護士連合会は、ことし3月、法改正に反対する意見書を公表。
▼侮辱罪は処罰の対象が広いため、政治的意見などの正当な論評も萎縮させ、表現の自由をおびやかすおそれがある
▼法定刑の引き上げにより逮捕・勾留されて長期間、身体拘束されることになる
などと指摘しました。

国会での議論の末、ことし6月、侮辱罪の法定刑の上限を「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」に引き上げる法改正が行われました。

改正法の付則には、施行から3年が経過した時点で、
「ネット上のひぼう中傷に適切に対処できているか、表現の自由などに対する不当な制約になっていないかという観点から外部の有識者を交えて検証を行い、必要な措置を講じる」ことも盛り込まれました。

法廷で語った思い

松永さんを中傷したとして被告が在宅起訴されたのは、改正法が成立した2日後のことでした。

法律上の刑が軽かった侮辱罪では、裁判を開かず簡易な手続きの略式起訴での対応となることもありましたが、松永さんのケースでは、正式な裁判が開かれることになったのです。

侮辱罪などに問われているのは油利潤一 被告(23)。
先月開かれた初公判で、被告側は投稿したことは間違いないが、松永さんを侮辱する意図はなかったと無罪を主張。

投稿した理由について被告は「大阪で起きた、似たような事故の記事を松永さんに見てもらいたかった」と述べ、検察官から「批判する相手を特定して送ったのでは」と尋ねられるとしばらく沈黙した末に「意味が分かりません」と答えました。

そして、きょう開かれた2回目の裁判では、松永さんが法廷に立ち意見陳述を行いました。

「思いをすべて踏みにじられた気持ちに」

検察側の席に立ち、被告と正面から向かい合った松永さん。
ゆっくりと手元の紙を読み上げ始めました。

意見陳述する松永さん(廷内スケッチ)

意見陳述より
「私は事故で最愛の妻と娘を失いました。ただただ絶望を抱くことしかなかった私を救ってくれたのは、多くの人たちからの温かい支援の言葉でした。その感謝を伝えるとともに、同じような体験をした人たちとの交流、そして何よりも、二度と悲惨な事故が起きないようにとの願いを込め、ツイッターアカウントを立ち上げました。私は事故後から3年間、社会から交通事故を1件でもなくすために活動をしています。多くの人に交通事故の現実を知ってもらうという目的を達成する手段のひとつとして、ツイッターでの発信は必要不可欠なものでした。

令和4年3月11日、私のツイッターの投稿に対し、被告からのあまりにもひどいコメントがつきました。これまでの裁判や活動でお金を稼いだことなんて無いですし、反響を得たところで2人の命が戻るわけではない。それでも、何とか妻と娘の命を意味あるものにしようと、必死に生きてきました。それらの思いを全て踏みにじられた気持ちになりました。そして何より、娘がお荷物な訳がない。生まれてきてくれた時、どれだけ妻と喜び、2人で愛を持って育てたか。私がこの3年間、どれだけ妻と娘に会いたいと願い、それが絶対に叶わないという現実に打ちのめされてきたか。この人に何がわかるのか。被告のコメントを見ながら、怒りと悲しさで涙が出てきました」

「愛する人への侮辱は自分以上に傷つく」

意見陳述より
「私の妻と娘の名前を出している以上、池袋暴走事故について述べたものであることは明白で、明らかに私を侮辱する意図があったと確信しています。法律上、亡くなった妻と娘に人権は無いので、彼女たちに対する侮辱罪は適用されないことは分かっています。しかし愛する人を侮辱されることは、自分のことを侮辱されたこと以上に傷ついたというのが本音です」

そして、被告をまっすぐ見据え、語りかけました。

「生きていれば、誰しもが辛いことや傷つくことはあります。それでも、ほとんどの人は他人を傷つけることはせず、⻭を食いしばって生きています。私だって、あなたの言葉によって深く傷つきました。ですが、多くの人の言葉に助けられてきたとも思っている。だから、他人を意図的に傷つけるような言葉は使いません。私はあなたに罪を償い更生してほしいと願っていますが、心を入れ替えるのか、今まで通り生きるのかを選択するのはあなた次第だと思います。『命の大切さ』『言葉の重さ』をよく考え、私や妻と娘を侮辱したことを心から謝罪できるような人になっていただきたいです。厳正な処分を受けた上で、しっかりと更生することを強く望みます」

裁判で検察は懲役1年と拘留29日を求刑。

今回の裁判で被告は2つの罪に問われていて、侮辱罪については法律が改正される前に起きた事件のため、改正前の法律が適用されます。

検察は侮辱罪について当時の法律の上限である「29日の拘留」を求刑した形です。

一方、被告側は改めて無罪を主張したうえで「あまりに配慮を欠き、傷つけたことは反省している」と述べ、きょうで審理は終わりました。

これまでネットやSNSで交わされる言葉の温かさも身をもって感じてきたという松永さん。
裁判のあと記者会見し、ネット上の発言について多くの人に考えて欲しいと訴えました。

松永拓也さん
「今回の裁判がネット上のひぼう中傷の抑止力になればという願いを込めて意見陳述しました。言論の自由は大切ですが、批判とひぼう中傷は違うと思います。人を中傷することは刑事上や民事上の責任を負う可能性があります。その責任を負ってまで中傷をしたいのか、世の中の人に考えるきっかけになってほしいと思います。娘がお荷物だと言われてものすごく辛かった。生きていると誰しも傷つくことがありますが、他の人を傷つけようとは思いません。被告には間違っていると思いますよと言いました。人を傷つけることはやめてほしい、立ち直ってほしいと思います」

※2023年10月11日更新
東京地裁は被告に執行猶予がついた懲役1年と拘留29日の有罪判決を言い渡し、その後確定しています。

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