追跡 記者のノートからなぜ一線を越えるのか ~相次ぐ無差別巻き込み事件~

2022年6月17日事件 社会

「ぶっちゃけ、事件を起こすのはどこでもよかった。人生をもう終わらせたいと思って」

ことし1月、東京の焼き肉店で立てこもり事件を起こした元被告は、取材に対してあまり表情を変えずにこう話した。

去年からことしにかけて、面識のない人に対する「無差別巻き込み事件」が相次いで起きている。

その数、全国で15件。この10年で突出している。

「人生が嫌になった」「死んでしまいたかった」
逮捕された容疑者の多くが口にしたのは、同じような言葉だった。

なぜ、一線を越えて事件を起こしたのか。どうして、無関係の人を傷つけたのか。

当事者が胸の内を明かした。

待ち合わせ場所に現れた 立てこもり事件の元被告

長崎県の有明海に面した港町。

事前にやりとりした指定の待ち合わせ場所に、その人物はやって来た。

ことし1月に東京の焼き肉店で立てこもり事件を起こした、元被告(29)だった。

事件は、正月明けの1月8日の夜に起きた。

現場

所持金がほとんどないまま店に入った元被告は、およそ6000円分の飲食をしたあと、店長を脅し店に立てこもった。

脅しに使ったのは、当日の夕方に即席でつくった偽物の爆弾。
段ボールを切り抜いただけの簡単なものだった。

およそ3時間後に、警視庁の特殊部隊が突入して取り押さえ、幸いなことにけが人はいなかった。

取り調べに対して、次のように供述したという。

「警察に捕まって、人生を終わりにしたかった」

私たち取材班は、「またか」と思った。

去年からことしにかけて、面識のない人を巻き込む切りつけ事件や立てこもり事件が全国で相次いでいたが、これらの事件の多くには、ある共通点があった。

無計画で場当たり的な手口で、衝動的に事件を起こしていること。
そして、「死にたい」と言いながら1人では死にきれないなどとして無関係の多くの人を巻き込んでいることだった。

逮捕後の取り調べでは、「死にたかった」「死刑になりたかった」などという供述が目立った。

東京の焼き肉店で起きた立てこもり事件は、けが人がいなかったことや元被告に反省が見られたことから、裁判の結果、執行猶予付きの判決となった。

事件を起こした人物に接触

この頃私たちは、無差別巻き込み型の事件が全国各地で起きるたびに、事件の背景などを探るために当事者に接触を試みていた。

焼き肉店の事件でも、逮捕直後から元被告に手紙を送り続けた。
さらに拘置所で面会も申し込んだが、いずれも拒否されていた。

もう、本人から直接話を聞くことは難しいかもしれない。

そう考えていたが、執行猶予付きの判決が出たことから、本人に会えれば取材ができるかもしれないと思った。

手がかりは、元被告の出身地が長崎県だということだけだった。裁判が終われば、地元に帰るはず。そう考えて記者が現地に入り、関係先を訪ね歩いた。

取材は難航したが、1か月間かかってようやく本人の居場所が判明し、接触することができた。

約束の場所に現れたのは、裁判の時の印象とあまり変わらない、長身で細身の人物だった。
一見すると世間を騒がす事件を起こしたとは思えず、今どきの若者という感じだった。

ひととおり世間話をしたあと、事件を起こしたことについて問うと、あまり表情を変えることもなく、「生きている意味が見いだせず、人生に絶望したことが動機だ」と説明した。

「生きててね、楽しいこともあるかもしれないけど、つらいこともある。ぶっちゃけさ、死んでしまえばつらいことを感じることもなくて済むから。死にたいっていう気持ちがあって、それが消えたことはないね」

幼少期から人付き合いが苦手で、小学校や中学校でも友人関係に悩んでいたという。

高校を自主退学してからは、仕事はどれも長く続かず、職を転々とした。事件の直前には山口県で造船関係の仕事をしていたというが、そこもすぐに退職。

人生の目標ややりたいことが見つからないなかで、あてもなく歩いて東京に向かったのだという。

「とりあえずどこでもいいから、1人で考える時間が欲しかったというかな。たまたま行き着いたのが東京やったっていうだけの話で、行き先は決めてなかった」

東京に来て、たどり着いたのが新宿の公園だった。路上生活者が多く集まる場所だ。
段ボールで簡単な小屋をつくり、2週間そこで生活をしていたという。

元被告が寝泊まりしていた場所

「そこにしようと思ったのは、別にたいした理由はなかったね。ホームレスの人たちって、人とあんまり関わろうとしないから、自分の居場所的にはちょうどいいかなって思っただけだね」

真冬の東京での路上生活。所持金がほとんどなくなり、空腹も相まって、さらに自暴自棄になっていったという。

そして町をさまようなか、たまたま目に入った焼き肉店で事件を起こすことを決意する。

「腹が減ってたから、どこでもよかったっていうか。あの状況からどうやって抜け出せばいいか分からない状態で、訳が分からなくなって。生きていたっていうのを残したいっていうのかな、世間で騒がれて。自分なんか、世の中からは忘れられていくだけの存在かもしれないけど、一時的には生きていたというか、こういう人生送っていましたというのを残したいという感じで。あとは、もう人生終わらせたかったっていうのがあった。警察官が店に入ってきた時は、『殺してくれ』って言った」

語られた動機は、あまりにもちぐはぐな印象だった。

死にたいと言いながら、生きていた痕跡を残したいという。
そこには、ある種の身勝手さや甘えのようなものが漂っていた。

そして、最後にひとこと、こうつぶやいた。

「俺もやけど、事件を起こす他の人たちも、多分そこまで深く考えてないと思うよ」

相次ぐ無差別巻き込み事件

この1年余り、見ず知らずの人を無差別に巻き込む事件が相次いでいる。

去年8月、東京の小田急線内で起きた切りつけ事件。

事件が起きた電車

その2か月後の10月、ハロウィーンの夜に京王線の車内でも切りつけ事件が起きた。

京王線切りつけ事件の被告

12月には、26人が犠牲になった大阪クリニック放火殺人事件が起きる。

さらに、今年1月の東京大学前での切りつけ事件など、その数は15件にのぼる。

同じような無差別的な事件は昔からあったが、最近の頻度は、ここ10年で見ても突出している。

いまの社会で、いったい何が起きているのか。そして、これまでの事件とは、何が違うのか。

さらに、当事者への取材を続けることにした。

徳島の放火事件

去年からことしにかけて起きた事件の中で、当事者に直接会うことができたのがもう1件。
徳島市で起きた放火事件だ。
アイドルグループのライブ会場が狙われ、ガソリンがまかれて放火された。

放火された現場

その後の捜査で、男が事件当日にガソリンを購入し、ほとんど下見もせずに雑居ビルのフロアに火を付けるという、無計画で突発的な犯行が明らかになった。

逮捕・起訴された岡田茂受刑者(40)は、ライブ会場にいた74人に対する殺人未遂などの罪で懲役11年の判決を言い渡された。

裁判では、事件を起こした動機について、「死にたかった。犯罪をすることで、自殺する決意をしたかった」と説明していた。

ここでも、「死にたい」という言葉が出てきた。
そして、「1人では死にきれない」として、面識のない他人を巻き込んでいるのが、最近の他の事件と共通する点だった。

私たちは、手紙のやりとりや面会をして、なぜ事件を起こしたのか、直接問うことにした。

面会室に現れた 放火事件の受刑者

面会室に現れた岡田受刑者は、最初はなかなか目をあわせようとせず、背中を丸めて斜め下のほうを向いていた。

おとなしくて気の弱そうな、どこにでもいそうな人物というのが第一印象で、重大な事件を起こすようにはとても見えなかった。

「本当に申し訳ないんですけど、どうして事件を起こしたのかというのは、正直今考えてもわからないんです。自分の心の弱さに負けた、踏みとどまれなかったということだと思うんですが。罪を犯すことによって、社会との壁をつくって、自殺するふんぎりをつけたかったというか」

事件を起こした当時、本人は仕事に就いていなかったという。

直前はコロナ禍もあって、数少ない友人とも連絡をとることが減り、実家の部屋に引きこもりがちになって、四六時中インターネットやSNSに時間を費やすようになっていったそうだ。

生活に困窮していたわけではなかったが、他人の境遇と比較し、自分だけが取り残されていると自らを追い込んでいったのだろうか。

事件前の生活の状況について聞くと、しばらく手元を見ながらまばたきを繰り返し、声を絞り出すようにこう言った。

「本当に、孤独で、絶望しかなかった…」

そして、目の前で泣き出した。

ただ、他人をなぜ巻き込んだのかなどの核心部分については、何度問いかけても明確な答えはないままだった。

「僕以外はみんな幸せそうだし、僕だけが大失敗したなと。自分のなかに、頼むから世界が終わってくれないだろうか、心のどこかでもう終わってほしいなという気持ちがありました」

一部で理解を示す声も

全国で相次ぐ、身勝手な理由による無差別巻き込み事件だが、実はいま、SNS上では若い世代を中心に「犯人の気持ちがわかる」「ひと事とは思えない」などと、一部で理解を示す声も広がっている。

去年10月に起きた京王線内での切りつけ事件の被告について、「同情した」とネット上に書き込んだ20代後半の女性がいた。

被告は、逮捕後の調べに「死刑になりたかった」と供述していたが、その心情が理解できるというのだ。女性は、なぜ同情するような感情を抱くようになったのだろうか。連絡を取ると、取材に応じてくれた。

話によると、2年前に憧れの職に就きたいと転職活動をして、地元から上京してきたという。しかし、新型コロナの感染拡大で、職場での人間関係を築けないまま在宅で勤務をすることになった。

仕事に慣れないなかで業務量はどんどん増え、それでも無理をして仕事を続けていたが、次第にマイナス思考になっていったと話した女性。休職のすえ、現在は無職になったばかりだという。仕事を休んでいたころに起きたのが、電車内での切りつけ事件だった。

20代の女性
「『人の手で殺してほしい』と被告も言っていた通りのことを、私もそう思っていた。あの頃はメンタルがすごく参っていて、仕事もダメだし死ぬしかないって。
社会がこれから良くなっていくという期待感とか、自分で良くしていけると感じる経験が少なくて。
私たち20代の世代は、『失敗しちゃいけない』という面もある。ちょっとうまくいかなくて死にたいと思うのは、個人の精神の問題や努力不足なんかではなくて、もっと広い社会とか、若者が見ている時代全体の問題があるんじゃないかなと思う」

また、同じような書き込みをし、就職活動がうまくいかなかった経験があるという男性は、次のように取材に答えた。

別の男性
「定職に就き、結婚して家庭を築いている同世代の友人が、憎いのではありません。通勤帰りの電車に乗り合わせた目の前の人に殺意を抱くのではないのです。『社会のせいにするな』 そう言われますが、他人事のように扱い続けているこの社会が憎いわけです」

他人のせいにする「他責」の傾向が

なぜ、無差別に他人を巻き込む事件が相次ぎ、さらに、理不尽な事件に理解を示す人がいるのか。

犯罪心理学者の筑波大学・原田隆之教授は、SNSが普及し、容易に他人と比較してしまう環境があちこちで生まれていると指摘する。

そして、自分の境遇を他人のせいにする「他責」の傾向があるという。

筑波大学 原田隆之教授(犯罪心理学)

「SNSの時代になって、なおさら人と自分を比べてしまうようになり、自分の境遇に対してネガティブな気持ちを持ったり、人を妬んだりしてしまう。
SNSでは他人のきらびやかなものばかりが見えてしまうし、周りの人が必要以上に楽しそうで充実していて、それに比べて自分はなんだっていう風に思ってしまうんですね。
もう1つは、こうなってしまったのは自分のせいではなく社会のせいだ、周りのせいなんだと。周りが自分にこんな冷たく当たったからだと思っている人は、そこで反感や敵意を周りに募らせるということがあるのではないか」

そのうえで、こう指摘する。

「不幸にして事件が起こってしまった場合、それでセンセーショナルに騒いで、犯人だけを叩いて終わりでは、同じような事件は起きてくるおそれがあるし、被害者や加害者を生み続けてしまう」

いまも傷が癒えない事件の被害者

無差別巻き込み事件は、社会に大きな傷を残し、多くの人にとってそれが癒えることはない。

小田急線で起きた切りつけ事件で、たまたま車内に乗り合わせてけがをした40代の男性は、今も日常を取り戻せていないという。

けがをした男性

「毎日朝起きてごはんを作ろうと包丁を握った瞬間にやっぱり思い出します。床に散らばっていた包丁の光景が頭の中によぎります。そういう時は、自分を奮い立たせます。何も考えるなと」

そのうえで、こう話す。

「動機については、知りたくないですね。動機なんて知りたくもないし、知る義理もないし、それがどうしたっていうのが私のいまの気持ちですね。別に、社会のせいとかこういった時代のせいとか、そういったものではなくて、ただ単純に本人の心が自分の心と見つめ合わなかったのかなと、思っています」

被害者の中には、「なぜ面識のない自分が被害に遭わなければならないのか」「犯人は、ここまでしなければいけなかったのだろうか」と話す人も多い。

あまりに短絡的で場当たり的な動機に、戸惑いや怒り、それに悲しみが入り交じり、事件が起きたことさえもまだ受け入れられていないのが実態だ。

悲劇を止める手がかりは

どうすれば無差別巻き込み事件を防ぐことができるのか。
徳島の放火事件を起こした岡田受刑者と連絡を取り合っていた幼なじみは、こう振り返っている。

岡田受刑者の友人
「どうしたら一線を越えさせずに済んだのかと、ずっと考えていますね。もっと、彼の話を聞いていればよかったと思っていますが、僕だけじゃやっぱりダメだったんでしょうね。
彼が本音で話せる人が、もっといればよかったのかなと思います。1人よりも2人、2人より3人、3人より4人というふうに、心を開いて話ができる人の存在が他にも必要だったのではないでしょうか。
みんな、自分は孤独とかひとりぼっちだと思っている人も多いと思うんですけど、意外と周りには大事に思ってくれている人はいるんだよっていうことは、他の人にも伝えたいですね」

マイナス思考に陥り、「切りつけ事件を起こした人物の心情が理解できる」と話していた20代後半の女性は、最近、久しぶりに再会した学生時代の友人に自分の悩みを打ち明けたことを私たちに教えてくれた。
声が枯れるまで本音で笑い合ったら、心の中のもやもやした黒い感情がいつのまにか消えていたという。

この社会で生きていく中で、程度の差はあれども誰もが悩みを抱え、人間関係などで傷つくことはあると思う。
その傷を癒やして、一線を越えずに踏みとどまらせるのも、また人との繋がりなのだと感じた。

繰り返される無差別巻き込み事件の悲劇をどうすれば断ち切れるのか、その確かな答えにはまだたどり着けていない。

ただおぼろげながら分かってきたのは、今回取材した当事者たちは、「まったく理解できない人間」ではなく、自分の周りにもいるかもしれないということだった。

ひとつひとつの事件ときちんと向き合うことで、何か解決策につながる手がかりを少しでも得られるのではないか。
そう考えて、取材を続けている。

(NHKスペシャル取材班)