追跡 記者のノートから【詳報】東名あおり運転裁判 “危険運転にあたるのか” 裁判所の判断は

2022年6月6日司法 裁判 事件 事故

「主文、被告人を懲役18年に処する」

裁判長は弁護側の訴えを退け、石橋和歩被告(30)に検察の求刑どおり懲役18年を言い渡しました。

裁判所の手続きミスでやりなおしとなった異例の裁判。

被告の運転が“危険運転の罪”にあたるのかどうかが争われました。

判決を詳報します。

※2024年2月26日・27日追記

2017年6月、神奈川県の東名高速道路で停車したワゴン車に後続のトラックが追突し、夫の萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が死亡、長女(15)と次女(11)がけがをした。

被告

あおり運転”によって高速道路上に車を止めさせたことが原因だとして危険運転致死傷の罪に問われた被告に対し、横浜地裁は懲役18年を言い渡した。ところが2審の東京高裁は1審の手続きに違法な点があったとして、2022年1月から審理がやり直された。

冒頭の主文で

2022年6月6日 -横浜地方裁判所101号法廷-

被告は黒っぽいスーツに青のネクタイを締めて入廷しました。

遺族は検察官の後ろの席に座っています。

予定より5分ほど遅れた午後1時35分頃に開廷しました。

裁判長

被告人は証言台の前に立って下さい。
石橋被告ですね?

はい

被告
裁判長

判決を言い渡します。
主文、被告人を懲役18年に処する。

主文を言い渡されたとき、被告は身動きをせずじっと裁判長のほうを見ています。

裁判長は判決文の朗読が長くなるとして、目の前のいすに座るよう促しました。

争点は「危険運転」を適用できるか

裁判の争点は、「危険運転致死傷罪」を適用できるかどうかでした。

<危険運転致死傷罪の妨害運転>
車の通行を妨害する目的で、走行中の車の直前に進入し、その他通行中の車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為。
(2020年の法改正で走行中の車の前で停止したり、高速道路で停車するなどの方法で走行中の車を停止または徐行させたりする行為が処罰対象に追加された)

被告に危険運転致死傷罪を適用する場合、「妨害運転」によって「家族4人が死傷した」という実行行為と結果を結びつける因果関係を立証する必要があります。

被告の運転が「妨害運転」にあたるのか。
そして「因果関係」があるのかが争われました。

検察は被告の車のGPSデータなどをもとに危険な妨害運転があったと主張しました。

検察官

減速や加速を不自然に繰り返していて、速度が急に落ちた箇所では、被告の車を被害者の車の前に出して接近させるために急に減速したと考えられる。長女や目撃者の証言とも合致していて、4回にわたって妨害運転をしたのは明らか。

検察官

被告の妨害運転は、夫妻を冷静な判断ができない状態にしたうえ、「妨害運転から逃れるためには車を止めるしかない」との判断に追い込む危険性があった。

被告の妨害運転によって高速道路上で車の停止を余儀なくさせられ、事故が発生しているので因果関係は認められる

検察官

被告はパーキングエリアの駐車スペースではないところに駐車したことを注意されたことに腹を立て、何としても被害者の車両を停止させて文句を言おうと考えて犯行に及んだ。
理不尽で身勝手な動機であり、酌量の余地は一切ない。
懲役18年を求刑する

一方、被告の弁護士はGPSデータによる被告の車の位置情報などに着目し、検察の主張には矛盾があると主張しました。

4回の妨害運転が行われたとすると、時速100キロ以上で運転しながらわずか3秒ほどの間に2回の車線変更を行うことになり、ありえない。

長女や目撃者の証言は1回目の裁判の時と内容が変わっていて、記憶が変容している可能性がある

弁護士

被告は「相手の車を追い越して前に出たあと、相手が減速して遠ざかっていくのが見えたので自分も減速した。相手が止まったので自分もその前に止めた」と証言していて、GPSの記録とも合致する。

夫妻の車が減速して止まったのは自主的な意思によるもので、被告の運転によって余儀なくされたわけではない

弁護士
萩山さんたちが乗っていた車

追突した大型トラックは速度違反をしていたうえ、前の車との車間距離を20メートルしか取っていなかった。前の車のハザードランプも見落としていて無謀な運転だった。
死傷事故はトラック運転手のルール無視のため起きた。

危険運転致死傷の罪について被告は無罪だ

弁護士

被告は審理の最後に行われた意見陳述でこう述べていました。

「自分は事故になるような危険な運転はしていません」

裁判長「4回にわたり妨害運転」

判決で裁判長はどのような判断を示したのか。

争点となった“危険運転を適用できるか”については、次のように述べました。

裁判長
裁判長

パーキングエリアで「邪魔だ、ぼけ」とどなられたことに憤慨して、車両を停止させて文句を言うために追跡。4回にわたって被害者車両の直前に車線変更したうえで減速し、著しく接近させる妨害運転に及んだことが認められる。

裁判長

「4回の妨害運転が行われたとすると、時速100キロ以上で運転しながらわずか3秒ほどの間に2回の車線変更を行うことなる」と弁護人は主張するが、GPSデータに誤差があることを考慮すると、車線をまたぐ形で短距離の移動で車線を変更した可能性もあり、そうした車線変更が困難であるとは言えない。

裁判長

「被害者の車両が止まったので自分も止まった」とする被告人の供述は、被害者が高速道路上の第3通行帯という危険な場所に停止するといった無謀な行動をとるとは考え難く、文句を言うために追跡していた被告の運転状況としても不自然不合理なので信用できない

裁判長「妨害運転の危険が現実化」因果関係認められる

裁判長

被告の妨害運転は、被害者に対して停止を求める強い意志を示すとともに、焦りなどにより冷静な判断を困難にさせるものだった。被害者に高速道路上に車を停止させるという極めて危険な行為を選択させ、さらに後続車両が追突するという重大な事故を招く高い危険性を有していた。

裁判長

追突したトラックの車間距離保持義務違反などは、いずれも異常あるいは重大な過失とは見ることはできない。被告の妨害運転によって被害者の車両が停止して事故が起きたのであって、4人が死傷した結果は、妨害運転の危険が現実化したもので、因果関係が認められる

裁判長「罪に真摯に向き合っているとは言えない」

そして量刑の理由について、こう指摘しました。

裁判長

妨害運転を約700メートルの間に4回繰り返した被告の運転は極めて危険で執ようだった。被害者の車両を停止させて文句を言おうとしていて、動機や経緯に酌量の余地はない。

夫妻は未成年の子を残して生命を絶たれていて、結果は極めて重大というほかない。遺族が厳しい処罰を望むのは当然である。

裁判長

被告人と被害者側との間で任意保険による被害弁償がされ示談も成立したことは量刑上考慮できるが、他方で公判での供述を踏まえると罪に真摯に向き合っているとは到底言えず、反省の態度はうかがえない

以上の各事情を考慮し、主文の刑が相当と判断した。

裁判長のことばを聞いている間、被告は表情を変えずに裁判長をじっと見つめたり、少し上のほうを見たりしていました。

遺族と弁護側の反応は

萩山友香さんと嘉久さん

亡くなった萩山友香さんの遺族の弁護士は「ご遺族は判決が確定するのを静かに見守っていきたいという意向なのでコメントを出す予定はありません」としました。

一方で、被告の弁護士は次のように述べました。

「裁判ではGPSの位置情報をもとにした専門家による鑑定などから妨害運転がなかったと主張した。しかし判決では、専門家の証言をほぼ無視していて、非常に一方的でアンフェアで非科学的なものだったと思う。判決のあと被告と会った際も、『判決はおかしい。証拠をちゃんと理解してくれておらずとても残念だ』と話していた。本人の意向を踏まえ、控訴する考えだ」
(被告は即日控訴しました)

(※2024年2月26日・27日追記)
2審の判決で東京高等裁判所は、被告側の控訴を棄却し、1審と同じく懲役18年の判決を言い渡しました。
被告はその日に、上告しました。

異例のやりなおし裁判

横浜地方裁判所

そもそも裁判をやりなおすことになったのは、2018年の1審の前に行われた裁判官と検察官、弁護士が争点を整理する「公判前整理手続き」の中で、裁判所が「危険運転の罪にあたらない」という見解を示していたことが原因でした。

さらに今回の裁判は当初3月半ばに判決が言い渡される予定でしたが、長女などに対する弁護側の証人尋問を裁判所が不適切に制限したとして再度行われ、期日が延びるなど異例の展開をたどりました。

判決が問いかけるもの

この事件をきっかけにあおり運転の危険性に注目が集まり、取り締まりや罰則の強化につながりました。

一方でその後もあおり運転は後を絶ちません。

警察庁によると、去年1年間に全国の警察は96件を摘発しましたが、このうち26件は今回の事件のように高速道路上に車を停車させるといった著しく危険な行為でした。

判決はあおり運転の危険性を改めて指摘し、再発防止の重要性を社会に問いかけるものとなったと言えると思います。

  • 横浜放送局記者 笹谷岳史 平成17年入局
    警視庁担当などを経て、横浜局で県警や司法を担当