追跡 記者のノートからまた同じ小学校の通学路で…事故はなぜ防げなかったのか

2021年10月5日事故

「行ってきます」

元気よく家を出た我が子が交通事故に巻き込まれる。

そんな痛ましい事故が繰り返された小学校があります。

4人が重軽傷を負った最初の事故のあとの対策は十分だったのか。

なぜ2回目は防げなかったのか、現地を取材しました。

(千葉放送局記者 櫻井慎太郎)

「コンビニで酒を買って飲んだ」

ことし6月、千葉県八街市でトラックが小学生の列に突っ込み、児童2人が死亡し、3人が重軽傷を負った事故。

ニュースでも大きく取り上げられ、記憶に残っている方も多いと思います。

「児童2人が心肺停止の状態」

夕方に飛び込んできた事故の1報を受けて、私は八街市に向かいました。

現場に到着して見た光景です。

トラックは道路脇の畑に突っ込むようにして止まっていて、40メートルほど手前にある電柱はぶつかった衝撃で大きく曲がっていました。

運転していたのは近くに住む60歳のトラック運転手。
警察の調べで、呼気から基準を超えるアルコールが検出されました。

「コンビニで酒を買って車で飲んだ」

その後の調べに対し、運転手はこう供述したということです。

そして酒を飲んでトラックを運転し事故を起こしたとして、ことし7月に危険運転致死傷の罪で起訴されました。

直接の事故原因は飲酒による居眠り運転とみられ、もちろんそれ自体許されることではありません。

ただ現場で取材していると、子どもたちが毎日歩く通学路にもかかわらず、大人の私でも危ないと感じることが何度もありました。

見通しのいい直線道路ですが、道路幅はおよそ7メートル。
交通量も少なくありません。

歩道はなく、車がすれ違うときは歩行者のぎりぎり横を通る感覚です。

同じ小学校の通学路で5年前にも

今回の痛ましい事故が注目を集めたのは、“2度目”だったこともあります。

5年前の2016年11月、同じ八街市でトラックが登校中の小学生の列に突っ込み、児童4人が重軽傷を負いました。

2つの現場は、いずれも八街市立朝陽小学校の通学路でした。
3キロほどしか離れていません。

事故はどのようにして起きたのか。
教訓は生かされなかったのか。

私は当時の関係者に話を聞きたいと思い、取材を進めました。

被害に遭った女子児童の父親(左)と記者(右)

すると5年前に被害に遭った女子児童の父親が、事故があったのに対策が進まない現状を伝えたいと、応じてくれました。

現場付近を一緒に歩いて案内してもらいました。

5年前の事故現場は交通量が比較的多い国道ですが、ガードレールはありません。

2016年の事故現場

トラックが歩道に乗り上げて児童の列に突っ込み、当時5年生だった長女は数メートル先の草むらまで飛ばされたそうです。

ランドセルがクッションになったこともあり命に別状はありませんでしたが、全身に打撲やすり傷を負いました。

一緒にいた児童3人もはねられ、このうち3年生の男の子は頭の骨を折る大けがをしました。

「車が悪ければひかれるんだ」

祖父母に買ってもらったという長女のランドセルには、そのときの傷が残っています。

父親
「長女は『後ろからいきなりトラックがきたから、何が何だか分からなかった。せっかく気に入ったランドセルを買ってもらったのに傷だらけになっちゃった』と言っていました」

精神的にも大きな傷を負いました。

もし、はね飛ばされた先が草むらでなかったら。
ランドセルがクッションになっていなかったら。

長女は事故の恐怖心からしばらく外に出られなくなり、こう言ったそうです。

「学校に行きたくない。外に出たくない。私が悪くなくても、車が悪ければひかれるんだ」

父親
「『またひかれるかもしれない』と学校にはしばらく行きませんでした。事故に遭う前は歩いてよく買い物などに出かけていましたが、家にひきこもるようになったんです。

いくら気をつけていても、ガードレールがないと車が突っ込んできたら終わりだと感じたんだと思います」

ことし再び起きた事故。
現場を訪れて手を合わせた父親は、次のように話しました。

5年前の事故を踏まえて対策していれば今回の事故はなかったのではないか。事故が起きてからでは遅い

バブル期 “虫食い”の宅地開発

5年前とことしの事故。
いずれも住宅地に近い、交通量の多い道路で起きていました。

取材を進めると、背景にまちづくりの歴史があることが見えてきました。

下の航空写真は、現場付近のものです。

田畑が広がり、小規模な住宅地が点在しているのがわかります。

出典 国土地理院(2016年撮影)

農業が盛んな八街市にはかつて農地が広範囲に広がっていました。

ところが1980年代後半以降のバブル期、都心までのアクセスのよさなどから小規模な宅地開発が相次ぎ、農地の中に点在するようになったということです。

住居や商業施設の「開発を進める」区域と「抑制する」区域を分ける、いわゆる“線引き”は八街市では行われませんでした。

八街市で生まれ育ち、まちづくりの状況にも詳しい50代の男性は、次のように話しました。

「当時は宅地として売れば農地の数倍の値段がついたし、人口も増えて八街市の活気につながると多くの人が思っていました。ただ市全体の計画はなく、自由に開発が進められた」

都市計画の専門家は、“虫食い”のように宅地開発が行われる「スプロール現象」の影響を指摘します。

<スプロール現象>
都市の急速な発展によって郊外に無秩序、無計画に市街地の開発が広がる現象。
道路や上下水道などのインフラ整備が後追いになり、機能性の低い住宅街が点在してしまう。

無秩序に宅地が開発されたあとに道路を整備しようとしても十分な道路幅を確保できないケースがあるなど、構造上の問題が出るからです。

大妻女子大学 木下勇教授(都市計画が専門)
「八街市では虫食い的に小規模の宅地開発が行われ、典型的なスプロール現象が起きた場所と言えます。

一定の規模の開発であれば道路や公園なども事業者が負担しますが、小規模な開発だとそうした負担がなく、安く宅地を開発できて利益も上がる。

無秩序な開発のしわ寄せとして通学路の整備が十分に行われず、事故がたびたび起きる要因になってしまう」

設置された20mのガードレール

ただ、何も対策が行われなかったわけではありません。

5年前の事故から1か月後。
現場にはガードレールが設置されました。

事故のあと設置されたガードレール

ところが長さはおよそ20メートル。
この現場以外には、ガードレールは設置されませんでした。

トラックにはねられた長女はそれを見て、こうつぶやいたそうです。

「ここだけ付けたって意味がない」

長女は小学校を卒業するまで、父親の車で登下校しました。
そして高校生になった今は、バスで通学しているということです。

危険箇所は1校につき3か所

なぜガードレールは20メートルしか設置されなかったのか。

道路を管理する県の土木事務所によりますと、事故のあと市や警察などと点検を行い、市から現場にガードレールを設置するよう要望があったため対応したということです。

ただその事故現場以外については、要望は出なかったとしています。

改訂された通学路交通安全プログラム

八街市は5年前の事故を受けて「通学路交通安全プログラム」を改訂し、「地域をあげて継続的に通学路の安全対策に取り組む」と明記しました。

具体的には、「2年に1回のペースで、市内に13ある小中学校から通学路の危険箇所を報告してもらい、警察やPTAなどが合同で点検し、対策を検討する」と定められました。

しかし予算が限られたことから、カーブミラーや「学童多し注意」の看板設置、路側帯と車道を分ける外側線の引き直しといった対策は取られたものの、ガードレールは取り付けられませんでした。

また、危険箇所すべてに対策が実施されたわけでもありません。
同じように予算を理由に、危険箇所の報告は1校につき3か所程度と絞られていたのです。

ことしの事故のあと、八街市の北村新司市長は会見でこう述べました。

北村新司市長

北村市長
「財源が限られるなか、今回の場所は申し訳ないが十分な措置ができなかった。通学路全体を考えながら道路の整備を進めていて、順序をつけてやっていたことはご理解いただきたい」

ことしの事故受けた対応は

ことし6月の事故のあと警察や市は、現場の道路で以下のような対策を行いました。

▼最高速度を時速60キロから30キロに変更
▼車を減速させるため速度制限が始まる場所の両側にガードレールを設置して車道の幅を狭める
▼道路の一部を盛り上げて車に振動を与えることで、スピードを出すのを防ぐ「ハンプ」の設置
▼小型で持ち運びのできる「可搬式オービス」でスピード違反の車を撮影

制限速度の看板設置

現場周辺を含む2か所でスクールバスが運行され、今後は危険箇所の点検結果を踏まえた道路の改良工事も予定されています。

踏み込んだ対応とれなかったのか

今回の事故を受けて、八街市が1校につき3か所という制限を設けずに報告を求めたところ、危険箇所は9つの小学校の通学路で合わせて150か所にのぼりました。

もちろんすべての通学路にガードレールを設置するのは現実的ではないと思います。

しかし速度の変更やハンプの設置など比較的費用のかからない対策もあり、今回は速やかに実行されました。

なぜ最初の事故のあと危険箇所をすべて洗い出し、もっと踏み込んだ対応ができなかったのかと思わずにはいられません。

5年前、長女がトラックにはねられた父親は一時的な対応で終わらせないでほしいと述べたうえで、ドライバーに対してもこう訴えました。

父親
「大げさに聞こえるかもしれませんが、通学路では時速20キロや30キロで走ってほしいです。それが対策としては一番早いし、事故は絶対に減ると思います」

道路の構造や財政面で制約がある中で、子どもたちの安全をどう確保していくのか。

行政やドライバーの姿勢が問われていると感じました。

  • 千葉放送局記者 櫻井慎太郎 2015年入局
    長崎局を経て現在、千葉県政を担当

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