「手をあげて横断歩道を渡りましょう」
お決まりのこのフレーズが今年、43年ぶりに正式な交通ルールとして復活しました。
横断歩道を渡っている最中に起きる痛ましい事故は後を絶ちません。
でも、「手をあげる」に加え、ドライバーと目を合わせ、安全な場所で一歩踏み出す姿勢で待つことで、より車が止まってくれることがわかってきました。
(NHK事件記者取材note編集部 黒川ちえり)
2021年12月17日事故
「手をあげて横断歩道を渡りましょう」
お決まりのこのフレーズが今年、43年ぶりに正式な交通ルールとして復活しました。
横断歩道を渡っている最中に起きる痛ましい事故は後を絶ちません。
でも、「手をあげる」に加え、ドライバーと目を合わせ、安全な場所で一歩踏み出す姿勢で待つことで、より車が止まってくれることがわかってきました。
(NHK事件記者取材note編集部 黒川ちえり)
警察庁が道路交通法に基づく正しい交通ルールを、わかりやすく説明しようとまとめている「交通の方法に関する教則」。
この教則にこの春、復活したのがこちら。
警察庁
・都道府県の警察を指揮監督する国の行政機関。「信号機のないところを横断するときは、手をあげて運転者に横断する意思を明確に伝えるようにしましょう」
この項目が復活したのは、実に43年ぶりです。
法律では、横断歩道に歩行者がいる場合、車は一時停止しなければなりません。
しかし去年、この決まりが守られずに亡くなったとみられる人は、横断歩道を渡っている途中で起きた死亡事故全体の56%にあたる129人にものぼります(警察庁まとめ)。
とはいえ、ドライバー側だけに訴えるのにも限界があります。
歩行者側にも手をあげようと促すことで、何とか車に「止まってもらおう」というのが、ねらいだということです。
私自身も、信号機のない横断歩道を渡ろうとした時になかなか車が止まってくれず、様子をうかがいながら車が通り過ぎるのを待った経験が何度もあります。
では、横断歩道を渡りたい時、歩行者がどう振る舞うと車に止まってもらえて、安全に渡れるのでしょうか。
効果的な「手をあげた横断」とは、一体どんなものなのか。
その答えを探る取り組みを続けているのが、東京都世田谷区の二子玉川の地域です。
地域で交通環境を改善するための活動をしている二子玉川地区交通環境浄化推進協議会の中村輝之さんに話を聞きました。
この地域には、非常に交通量の多い国道246号と並行して走る生活道路があります
道幅は狭いのですが、国道の混雑を避けようと抜け道として使う車が多く通ります。その道路沿いにある小学校の校門前の横断歩道で、子どもたちが道を渡ろうとしても車がなかなか止まってくれず渡れないという問題が起きていました
そこで、地域の人たちで作る協議会は3年前、大学の研究室とともに問題解決に向けた調査を始めました。
調査に協力したのは、交通計画や交通工学などが専門の国士舘大学の寺内義典教授です。
まずは、実際にその横断歩道を調べてみました
すると、道路を渡ろうと小学生が横断歩道の端で立ち止まっていても、気が付かないのか、先頭のトラックやタクシー、バイクも通り過ぎていきました
そこで、次にドライバーから横断歩道や小学生がどう見えているのかを調査しました
ドライバーからの目線です。小学生がどこにいるか、すぐに気付きましたか?
ゆっくりとした速度でも、街並みや通行人に紛れて小学生の姿はドライバーから見つけにくいことがわかりました。たとえ気付いたとしても「渡ろうとしているのか、分からない」というケースも考えられます
信号機のない横断歩道でドライバーが一時停止しない理由については、JAF=日本自動車連盟がドライバーの本音に迫ろうと2017年にアンケートを実施しています。そのアンケートでは、4965人のドライバーのうち、38.4%が「横断歩道に歩行者がいても、渡りたいのかがわからない」と回答しているそうです。
ドライバーに交通ルールを守って運転をしてもらうことが、交通安全の大前提です。でも、歩行者とドライバーのコミュニケーションが不足しているのであれば、そこを解消する必要があります
そこでこの地域で始まったのが「かるがもプロジェクト」。
時間をかけて横断するカルガモの親子を、みんなが立ち止まって見守ることにちなみ、子どもたちが安心して横断歩道を渡れるようになって欲しいという思いが込められているそうです。
「横断歩道を渡りたい歩行者」と「ドライバー」のコミュニケーションを改善するためには何ができるのか。地元の小学生たちと一緒に考えています。
参考にしたのは、寺内教授の研究室が同じ横断歩道で行った実験です。
横断歩道を渡ろうとする時のジェスチャーを変えて、どれくらいドライバーが歩行者に気付いて止まってくれるのか探りました
試したジェスチャーは次の4パターンです。
1 何もしない
2 手をあげる
3 手をあげて目をあわせる
4 手をあげて、目をあわせ、一歩踏み出す姿勢で待つ
一歩踏み出す姿勢というのは、横断歩道には入らない安全な位置で、歩き出すように見える姿勢を取るという意味です
すると結果は・・・
「何もしない」場合、一時停止や減速してくれた車は165台中6台。たったの4%でした。
一方、「手をあげる」と167台中70台、10倍以上の42%にまで増えました。
さらに「手をあげて目をあわせる」と168台中93台で55%、「手をあげて、目をあわせ、一歩踏み出す姿勢で待った」場合には166台中99台で60%と、手をあげただけの場合に比べて1.5倍近い車が歩行者を優先してくれました。
歩行者がより多くのジェスチャーを組み合わせて「渡りたい」という気持ちをドライバーに伝えることで、止まる車も増えていくことがわかりました
この結果をもとに、小学生にも3つのポイントに注意して車の一時停止を待つというのを実践してもらったそうです。
信号機のない横断歩道を渡りたい時の3つのポイント
●手をあげる
●ドライバーとアイコンタクトをとる
●安全な場所で足を一歩踏み出した姿勢で待つ
写真の小学生がジェスチャーをしながら立っているのは、横断歩道の手前にある歩道です。3つ目のポイント「安全な場所で足を一歩踏み出した姿勢で待つ」というのは、このように横断歩道には入らない歩道などの安全な場所で実践するようにしましょう。
取り組みのおかげか、この地域では実際に止まってくれる車も少しずつ増えてきたそうです。
さらに去年は車を運転する地域の保護者に、ドライバーとして“ある行動”を促したそうです。
横断歩道で車が一時停止をしてくれても、子どもたちが「安全に渡れるという判断」をすぐにできない様子が見られました。そうなった時に「渡らないのかな」とドライバーが発車してしまうと、大変危険です
ドライバー側の「渡ってもらうために止まっていますよ、安心して渡ってください」という意図が子どもたちに伝わるようにコミュニケーションを取ってくれると、より安全な横断に繋がると思います
「どうぞ」の意味を込めた「ハンドサイン」です。
ドライバーには「ハンドサイン」を使って、子どもたちに気持ちを伝えて欲しいと呼びかけました。
ドライバーを見てください。しっかりと手を出して、サインを送っています。
活動の中心となっている寺内教授と中村さん、これまでの取り組みを次のように振り返ります。
日常生活の中で子どもたちがこのプロジェクトで実践したことを思い出して、より安全な行動を定着させていくことが重要だと思います
交通安全は地域で暮らす人だけに呼びかけているだけでは不十分なんですね。地域を通り過ぎていくだけの車や自転車にも、交通ルールを守るよう呼びかける必要があると思います。今後も活動を続けていきたいと思っています
この取材を終えて、私も6歳の息子と一緒に、毎日必ず通る信号機のない横断歩道で近づいて来た車に向けて、渡りたい気持ちをジェスチャーで示してみました。
自分自身が横断歩道で手をあげるのは30年ぶり。気恥ずかしい気持ちを抑えて思い切ってやってみたところ、車は徐行して横断歩道の手前で止まってくれました。ドライバーの目を見ながら会釈をしたら、ドライバーも会釈を返してくれ、気持ちが明るくなりました。
息子と「本当に止まってくれたね!」と話しながら次の横断歩道で再び実践しようとすると、息子は「え、1回試すだけじゃないの?またやるの?」と不思議そうに言いました。定着させるには、繰り返し一緒にやってみることが大事なんだろうなと思いました。
これからも横断歩道では少し大げさなくらいでも、ジェスチャーでドライバーに気持ちを伝える姿を子どもたちにも見せて、「安全な横断」を身に付けてほしいです。
NHK事件記者取材note 編集部
黒川ちえり 9歳と6歳のやんちゃな男児の母
事件や事故から子どもを守るヒントを知りたい
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