「SUP」(サップ)=スタンドアップパドルボード。
幅広い年代で人気が高まっている水上アクティビティーです。
一方、風で流されて岸に戻れなくなる漂流事故も相次いでいます。
「必死にパドルをこいでも全然進まなかった」
漂流してしまった20代の男性が体験を語りました。
(社会部記者 山下達也)
2022年10月5日事故
「SUP」(サップ)=スタンドアップパドルボード。
幅広い年代で人気が高まっている水上アクティビティーです。
一方、風で流されて岸に戻れなくなる漂流事故も相次いでいます。
「必死にパドルをこいでも全然進まなかった」
漂流してしまった20代の男性が体験を語りました。
(社会部記者 山下達也)
男性がSUPを始めたのは1年ほど前。
沖に出て趣味の釣りを楽しむためです。
SUPはボードの上に立ってパドルをこいで遊びますが、ボードが大きく安定感があるため、釣りやヨガなどさまざまな楽しみ方ができます。
9月中旬。
男性が向かったのは、神奈川県の湘南エリアの海岸です。
青魚がよく釣れるスポットがあるそうです。
午前9時ごろ。
天気予報は気にしていましたが、特に波は高いとは感じなかったため、知人とともに砂浜から海に出ました。
海岸から離れてもそれほど波は高くなかったので、300メートルほど沖合に出たところで釣りを始めました。
ところが急に風が強くなったといいます。
漂流した男性
「SUPの上であぐらをかいて座り、ルアーを投げていましたが、だんだん強い風が吹くようになったんです。そろそろ危ないと思って岸に戻ろうと必死でパドルをこいだんですが、全然進まなくて」
沖へと流されるにつれて、波も高くなります。
必死にボードにしがみついていましたが高波にあおられて、海に投げ出されました。
なんとかボードの上にはい上がり、クーラーボックスに入れていた携帯電話で海上保安庁に118番通報。
寒さと恐怖心から震える声で岸に戻れなくなったことを伝えました。
その後、近くを通りかかった遊漁船に救助されましたが、海岸からは1.5キロほど沖合に流されていました。
男性はこう振り返りました。
漂流した男性
「万が一のことを考えて携帯電話を持っていました。海保に連絡するときは圏外かもしれないと怖かったんですがつながってよかったです。まさか漂流するとは考えもせず、これくらいの風なら大丈夫だろうという自己判断で出てしまいました。海を甘く見ていたんだと思います」
海上保安庁によると、SUPを安全に楽しむことができるのは、風速5メートル未満とされています。
一方、当時現場の海上では、瞬間的に10メートルを超える風が吹いていました。
湘南海上保安署 相澤篤史 地域海難防止対策官
「天気はよく晴れていましたが、陸から沖に向かう風が平均で5~6メートル、瞬間では10メートルを超える風が吹いていました。沖に出るときは風に押されるので、すいすい進みますが、戻ろうとするとなかなか戻れない状況に陥ることが多いんです。事前に気象情報を丁寧に確認していれば、流されなかった可能性もあったと思います」
こうした事故、実は夏のシーズンだけでなく、秋も注意が必要です。
2021年に全国で起きたSUPの事故件数は、2019年の倍以上となる68件。
月別では7月と並んで10月が最も多かったのです。
夏に比べて利用者が減る秋に、なぜ事故が相次いだのか。
要因として考えられるのが、風向きの変化です。
海上保安庁によると、太平洋側では9月以降、陸から海へ吹く北風が増えるといいます。
気象庁が公開しているデータを分析したところ、湘南エリアを含む三浦半島では5月から8月までは、南風の割合が多い日が20日前後ありましたが、9月以降は北風の割合が多い日が20日前後と逆になっていました。
横須賀海上保安部 勝目龍之介 課長
「三浦半島では9月以降は南風から北風に変わっています。北からの風、つまり陸から沖に向けて吹く風なので、SUPが北風の影響を受けて流されて事故につながる蓋然性が高まると考えられます」
ボードの種類によって、流されやすさは異なります。
上の画像の左側は「ハードボード」、右側は空気を入れて膨らますことができる「インフレータブルボード」です。
操作性を含めそれぞれメリット・デメリットがありますが、「インフレータブル」タイプのボードは、軽くて折りたたむことができるため携行性にすぐれ、初心者にも人気です。
一方で側面の面積が大きく、風の影響を受けやすい構造のものもあります。
海上保安庁の立ち会いのもと、「インフレータブルボード」と「ハードボード」を海に並べて浮かべて比較したところ、「インフレータブルボード」のほうが風の影響を受けて先端の向きがすぐに変わっていました。
この日は風がほとんどありませんでしたが、人が乗った状態で強い風を受けると、ボードの種類によって流される距離は全く違うということです。
SUPで安全に遊ぶにはどんなことに気をつければいいのか。
海上保安庁から「海の安全推進アドバイザー」に指名され、SUPの事故を減らすための啓発活動を行っている日本セーフティパドリング協会の山口浩也代表理事に話を聞きました。
山口さんが強調したのは基礎知識を身につけておくことです。
日本セーフティパドリング協会 山口浩也 代表理事
「いまはインターネットで簡単にボードが買える時代です。ボードが届いた翌日に海に出て亡くなった人もいます。初心者の場合、最初はインストラクターをつけたり、ベテランの人に教えてもらったりして、SUPの操作方法のほか、風や波など海の基礎知識を学んでおくことが大切です」
そしてライフジャケットやボードと足をつなぐリーシュコード、防水ケースに入れた携帯電話など、装備品をしっかりと準備し、万が一流されたときの対応方法も知っておいてほしいと話しました。
「仮に流されてしまった場合、まず流されたことにすぐに気づく判断力が必要です。そして絶対にまずやるべきなのは座ることです。帆のように風を受けてしまうので、立っているのと座っているのでは流され方が全然違います。風速5メートルという一定の目安はありますが、自分の技量に合わない天候のときは出ないという判断をする必要があると思います」
取材を終えたあと山口さんに教えてもらい、私も初めてSUPを体験しましたが、短時間でボードに立つことができました。
ただ集中していると水面を見がちで、どれくらい海岸から離れているのか、ふと忘れてしまいそうになることもありました。
また海に落ちてしまうとボードに上がるのは一苦労で、ライフジャケットを着ていないと怖いと感じました。
水温によっては、低体温症になるリスクもあります。
沖に流されてしまった男性は今回の取材に対し、「漂流するまで海の怖さを知らなかった」とも話していました。
海上保安庁によると、事故のほとんどはSUPを始めてから3年未満の人だといいます。
多種多様に、そして手軽に楽しめるからこそ、自然を相手にしていることを忘れずにしっかりとした準備と心構えが必要だと強く感じました。
社会部記者
山下達也 2017年入局
前任地の新潟局で原発・拉致問題・世界遺産などを担当。
現在は海上保安庁などを担当。
出身地は山で囲まれていたため、海に強い関心あり
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