ヨーロッパでは元首の意思を尊重

ヨーロッパの立憲君主制の国々では、国王や女王が高齢になっても在位し続け、ほかの王族が代わりに公務を務めるなどして支えるケースがある一方で、国王や女王がみずからの意思で退位するケースも年々増えています。王室が国の象徴的な存在となり、国民に広く受け入れられているヨーロッパの国々では、国王や女王の退位について、本人の健康状態や公務に対する考え方を尊重するという意識が、定着しています。

イギリス

イギリスでは、1936年に現在のエリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世が、離婚歴のあるアメリカ人女性との結婚を理由に退位したことがありますが、近年、健康や高齢を理由に国王や女王が王位を譲った例はありません。

ことし90歳になったエリザベス女王についても、メディアでは「女王がみずから退位することはない」との見方が支配的です。背景には、女王自身がかつて、「命が続くかぎり大英帝国に奉仕する」と国民に向けて演説したことや、今も健康状態が良好であること、そして、国民の間で変わらぬ人気を集めていることがあります。

ことし4月の誕生日を前に行われた世論調査では、「女王は退位すべきか」の問いに対して、「その必要はない」と答えた人が70%に上り、その割合は2000年ごろから増え続けています。ただ、外国訪問を含めた公務を、チャールズ皇太子や長女のアン王女が担う機会が増えており、王室のメンバー全体で分担することで、女王の負担を軽減しようとしているのが実情です。

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オランダ

オランダでは、立憲君主国家となった1815年から現在までに7人が元首に即位し、このうち4人が生前に退位しています。

初代ウィレム1世は、王の権限を弱める憲法の改正に抗議するとともに、当時、併合していたベルギーの独立を許した責任をとらされる形で、1840年にみずから王位を退き、息子に譲りました。

その後、4代目のウィルヘルミナ女王以降、3代続けて女王が元首を務め、いずれも高齢や病気などを理由に生前に退位しました。このうち、先代のベアトリックス女王は2013年、75歳の誕生日を前に、「新しい世代に責任を委ねるときが来た」として退位を表明し、3か月後に息子で、現在のウィレム・アレキサンダー国王に譲位しました。

現在のオランダの憲法には「生前退位」の規定があり、元首が死去した場合と同様、嫡出の子孫のうち、性別に関係なく年長の子から優先的に継承権が認められています。

王室が国民に広く親しまれているオランダでは、王や女王の在位について、本人の健康状態や公務に対する考え方を尊重するという意識が、国民の間に浸透しています。

ベルギー

ベルギーでは、1830年にオランダから独立して以降、法律に元首の生前退位を定めた規定はないものの、国王がみずからの意思で退位した例があります。

1951年には、当時のレオポルド3世が第2次世界大戦中にベルギーに侵攻したナチス・ドイツに無条件で降伏したことを批判され、国王の擁護派と反対派の対立が深まるなか、みずから王位を退きました。

後を継いだ息子のボードワン1世は、亡くなるまでの42年間在位したものの、敬けんなカトリック教徒だったことから、1990年に人工妊娠中絶を合法化する法案を承認することを拒否して1日だけ退位し、法案は国王の承認なしに成立しました。

最近では、2013年に79歳のアルベール2世が「この年齢と健康状態では自分が担うべき役割を全うすることができない」と宣言し、長男である現在のフィリップ国王に王位を譲りました。

ベルギーでは、北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏など歴史的に地域の独自性が強く、地方分権化も進んでいますが、王室は国民を統合する象徴的な存在であり続けています。

スペイン

スペインでは、おととし6月、当時のフアン・カルロス1世がテレビで国民に向けて演説し、「新たな時代の要請に応えて、決意を持って変革を進めるためには世代交代が必要だ」と述べ、みずからの意思で退位し、息子のフェリペ6世に王位を譲りました。

それまでスペインの法律には生前退位に関する規定はありませんでしたが、スペイン政府はわずか2週間余りで関連する法案を作成し、上下両院で可決・成立させました。スペインでは歴史上、生前退位した国王はいましたが、世代交代を理由にした退位はこれが初めてでした。

フアン・カルロス国王の退位を巡っては、当時、76歳と高齢で、手術などで入退院を繰り返し、公式行事を続けるうえで健康に不安があったという見方がありました。一方で、国王がスペインが財政危機のさなかに多額の費用をかけてアフリカに狩猟に行ったことが発覚し、異例の謝罪に追い込まれたほか、次女のクリスティーナ王女が経営していた企業の不正も明るみに出て、国民の王室への信頼が揺らぐなか、イメージを刷新するためあえて退位を決意したという見方もあります。