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迫られた「強制帰国」~帰国を強要される技能実習生の実態~2021年1月18日 国際部記者 紙野武広

「生まれたばかりの子どものため、日本に残って働きたかったんです」

涙ながらにこう話すのは、外国人技能実習生のベトナム人男性です。おととし、突然、会社を辞めるよう迫られ、無理やり帰国させられそうになりました。本人の意思に反した帰国の強要。技能実習制度をめぐる、新たな問題が見えてきました。

「突然、帰国させられそうになった」

「なぜ帰国しなければならないのか。理由がわかりませんでした」

こう話すのは、技能実習生として日本に来たベトナム人男性のグエン・ヴァン・トゥオンさん(24)です。

トゥオンさんは、おととし4月に来日し、埼玉県内の建設会社で働いていました。

しかし、8か月ほどたった12月末、出勤すると、彼を建設会社に紹介した監理団体から、こう迫られたと言います。

「あなたは帰国することになった」

理由は告げられず、自己都合で会社を辞めることに同意する退職届にサインするよう言われたのです。

サインしたくないと伝えると、「サインしなくても帰国することになる」と言われ、サインするほかありませんでした。

トゥオンさんには、ふるさとに妻と3歳と1歳半になったばかりの子どもがいます。

稼いだお金で、家族のために家を建てることを夢見て、実習生として日本に行く費用、約100万円を、借金をして工面して来日しました。

しかし、それまでに得た給料では借金の大半を返しきれず、そのまま帰国するわけにはいきませんでした。

日本に残りたいという一心で…

会社側に日本に残って働きたいと訴えましたが、「日本に残りたいなら、一度帰国して、改めて日本に来るか、失踪して不法滞在するしかない」と言われたといいます。

そして、そのまま空港に連れて行かれ、帰国させられそうになりました。

しかし、トゥオンさんは日本に残りたいという一心で、隙を見て逃げ出しました。

その後は、知り合いを頼って転々としたのち、東京でベトナム人技能実習生らを支援しているNPO法人「日越ともいき支援会」に助けを求めました。

トゥオンさん
「結局、日本に来るためのすべてが無駄になりました。家族を助けるために日本に来たのに、いまは家族の負担になってしまい、とても悲しいです」

トゥオンさんは、NPO法人の事務所で時折涙を浮かべて話しました。

空港から逃げ出したため、監理団体から「失踪」の届け出を出されていたトゥオンさん。

NPO法人が、出入国在留管理庁に、強制的に帰国させられそうになった事情を説明したことで届け出は取り下げられ、別の会社に再就職。去年12月、1年ぶりにようやく働けるようになりました。

「本人の意思に反した強制帰国は認められない」

トゥオンさんが助けを求めたNPO法人で代表を務める吉水慈豊さんは、トゥオンさんのようなケースは、決して珍しくないと指摘しています。

  • NPO法人代表 吉水慈豊さん

NPO法人代表 吉水慈豊さん
「『強制帰国』とも言えるケースは以前から実際に起きています。コロナ禍で国家間の移動が規制されるようになってからも、未遂を含めた『強制帰国』の相談はあります。失踪した人の中にはトゥオンさんのように『強制帰国』させられそうになって逃げ出した人も少なからずいて、今も私たちのような支援団体に駆け込んでくる実習生もあとを絶ちません」

その上で、吉水さんは今後、国家間の移動の制限がなくなれば、再び、こうした被害は増えていくと危機感を強めています。

NPO法人代表 吉水慈豊さん
「新型コロナの感染拡大に伴う移動の制限が、今後、緩和されれば間違いなくこうした被害は増えていくと思いますが、たとえどんな事情があろうと、本人の意思に反して強制的に帰国させるのは認められません」

会社はなぜ帰国させようとしたのか

 

それではなぜ、トゥオンさんは帰国させられそうになったのか。

 

彼を建設会社に紹介した監理団体に聞きました。

  

監理団体
「彼はほかのベトナム人の実習生とけんかをするなど、トラブルをたびたび起こしていたので、会社側と相談して帰国してもらうことにした」

 

これに対して、トゥオンさんは私の取材にけんかをしたことは認めましたが、相手から言いがかりをつけられて殴られたのであって、自分から殴ってはいないと話しました。

 

双方の話を聞く限り、何らかのトラブルがあったことは事実のようです。

 

でも、実習生がトラブルを起こした場合、本人の同意を得ないで帰国させることはできるのでしょうか。

法律でも「強制帰国」はできないことに

 

技能実習の適正な実施などを定めた法律「技能実習法」などを調べてみると、次のことがわかりました。

  

・トラブルなどで実習が続けられなくなった場合、監理団体は国に「技能実習実施困難時届出書」を提出しなければならない。

・もし本人が帰国を希望しているのであれば、本人の意思を確認した署名入りの「意思確認書」を、必ず帰国する前に提出しなければならない。

・実習生が実習の継続を希望する場合、監理団体は、実習生を同じ職種の企業に紹介するなどの措置を講じなければならない。

 

つまり、本人の意思に反して実習生を帰国させることはできないだけでなく、トラブルなどで実習を続けることが難しくなったとしても、監理団体は、実習生が別の場所で働けるよう支援しないといけないのです。

本来なら必要な書面も交わされず

 

しかし、トゥオンさんの場合、帰国したいという「意思確認書」は、監理団体と交わしていませんでした。

 

この点について監理団体は「意思については担当者が口頭で確認しただけで書面は交わしていなかった。担当者はそれだけで十分だと思っていたのかもしれないが、手続きとしては不備があった」と話しました。

監理団体が文書を残さなかったことについて、制度の適正な実施と実習生の保護を推進する外国人技能実習機構に確認したところ、個別のケースについては答えられないとした上で、次のように説明しました。

外国人技能実習機構の回答
「実習生の意に反して帰国させることは認められない。無理やり帰国させたことが疑われる場合には、実地検査を行って、場合によっては指導や処分の対象になる可能性もある」

監理団体幹部が語る“本音”「面倒くさい」

 

しかし、指導や処分の対象になる可能性もあるのに、監理団体側は「強制帰国」とも言えるようなことをしたのか。

 

取材を進める中で、約10年前に技能実習生を「強制帰国」させたことがあるという、関東地方の監理団体の幹部が“本音”を明かしました。

 

この幹部によると、トラブルを起こした実習生を別の企業に紹介するためには、煩雑な手続きをしなければならない上に“コスト”がかかってしまうといいます。

 

関東地方の監理団体の幹部
「別の企業に紹介するには、ベトナムにある実習生の送り出し機関や、受け入れ先の監理団体などと、新たな契約を結ばないといけない。その書類作りや申請に3、4か月もかかることがある。この間、実習生は契約が切れるので、働かせることができない。一方で、住む場所などにかかる費用は、すべて監理団体が負担しないといけない。そもそも制度上、別の企業に紹介すること自体が難しく、面倒くさい」

 

また、この幹部に今も「強制帰国」をしているかを尋ねると、4年前(2017年)に「技能実習法」が施行され、帰国への同意が必要になるなど規制が強化されたため、「もうやっていない」と答えました。

 

その一方で、いまも以前のような対応を続けている監理団体があるという実態も明らかにしました。

 

関東地方の監理団体の幹部
「法律の施行前から実習生を受け入れてきた監理団体の中には、いまもずさんな対応を続ける業者がある。監理団体は自分たちの都合のいいようにしか書類を書かない一方、書類を受け取った外国人技能実習機構は、書類上の問題が無ければ、スルーだ。そして書類の不備がなければ指導もできない。結局、立場の弱い実習生が犠牲になる。今後も『強制帰国』は起き続けるだろう」

弁護士「国は実態を把握し監理体制を強化すべき」

 

「面倒だ」という理由で、「強制帰国」させられる技能実習生。

 

同じような実習生たちを支援してきた、弁護士の指宿昭一さんに話を聞きました。

 

指宿さんは、国は監理団体へのチェックを徹底するなどして監理体制を強化すべきだと指摘しています。

  • 弁護士 指宿昭一さん
 

弁護士 指宿昭一さん
「実習生とは名ばかりで、彼らは、必ず数年後には帰国してくれる“便利な外国人”という位置づけ。そして国は、失踪して国内にとどまる実習生は厳しく取り締まりますが、無理やり帰国させられる実習生については、黙認しているのが実態です。『強制帰国』は、国内法・国際法いずれから見ても認められるものではないので、国は実態を正確に把握するための監理団体へのチェックを徹底するなどして監理体制を強化するべきだ」

 

今回の取材を通して見えた一端は、外国人本人の意思に反して「強制帰国」させるのは、日本にとどまってもらうよりも“コスト”がかからないからというものでした。

 

しかし、そもそも彼らは「単なる労働力」ではなく、私たちと同じように、日本で暮らす「生活 者」です。

 

たとえどんな事情があったとしても、本人の意に反して帰国させるというのはあってはならない はずです。

 

技能実習制度をめぐる問題を引き続き取材していきたいと思います。

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