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留学生が途絶える その先にあるものは?2020年10月30日 国際部 記者・金知英

「日本で働きたい」という思いを持って日本の大学などで勉強する留学生は、今や31万人に上ります。しかし新型コロナウイルスの感染が広がり海外からの入国が制限されるなかで、大学の入学試験すら受けられない人たちが出てきています。

留学生だけの問題ではなく、今の状況が長引けば日本社会にも影響が出かねないと、専門家は警鐘を鳴らしています。いったいどういうことなのでしょうか。

「日本で働くことが夢なんです」

私が話を聞くことができたのは、韓国のソウル近郊に住む19歳の女性、ペク・キュドさんです。

ペクさんは高校1年生の時に所属していた映像サークルで知った日本の広告に、韓国とは違うユーモアを感じて日本のマーケティング手法に関心を持ち、日本の企業で働くことが「夢」になったといいます。

夢の実現に向けた第一歩として、ペクさんは日本の有名私立大学への留学を決意しました。留学準備に専念するため高校は2年生の5月に中退。韓国にある日本の大学進学をサポートする塾に通って、日本語と入学試験の勉強に取り組みました。

平日の日中は塾で自習し、夜の授業が終わると家に帰ってさらに勉強。ペクさんは約2年かけて、日本で行われる入学試験への準備を進めてきました。

2年も勉強したのに、コロナで…

しかし新型コロナウイルスの感染拡大で、日本政府は韓国に対しても入国制限の実施を決めました。それでも感染が落ち着けば試験を受けられるという期待を持ちながら、ペクさんは勉強を続けてきました。

しかし入学試験が行われる9月になっても状況は大きく変わらず、ペクさんは試験を受けることすらできませんでした。

ペクさん
「入国できるようになれば試験を受けられると信じて、日々過ごしてきました。大学が試験を延期してくれないかと期待もしましたが、それもかないませんでした。これまで準備してきたことを試すこともできなかったことがあまりにもむなしく、とても残念です」

ペクさんが通う塾の伊原静江副院長は、ペクさんのように日本への留学を目指す韓国の若者の多くは、試験を受けられない不安を抱えていると話します。

  • 伊原静江 副院長

伊原静江 副院長
「韓国には日本の大学への進学をサポートする塾がたくさんあり、韓国で勉強をして日本への留学を目指す学生が数多くいます。ただ日本の会場で受験しなければならない大学も少なくなく、新型コロナウイルスの感染が続いて往来が自由にできない中で、みんな試験を受けられないかもしれないという不安を抱えています」

激減する留学生 大学の危機感は意外にも?

どれだけ多くの外国人が日本に留学できなくなっているのか。在留資格別の出入国者数をまとめた統計を調べました。

去年の統計をみると、「留学」の資格で日本に入国した外国人の数が最も多かったのは9月で、8万6000人以上でした。それが直近のことし8月は2298人と、大幅に減少しています。

日本政府は12年前にグローバル戦略の一環として、当時12万人程度だった留学生を30万人に増やす計画を打ち出しました。

  • 日本語学校の授業風景(資料)

そして去年5月に31万人を超えて目標を達成しました。いまや学生の半分を留学生が占める大学もあり、少子化が進む日本の大学にとって留学生は欠かせない存在となっています。

日本に来る留学生が激減している状況に、大学側は危機感を募らせているのではないか。留学生を多く受け入れている複数の大学に聞くと、

「受験生の多くは日本にある日本語学校に通っている学生なので、応募者が大きく減るわけではない」(私立大学の入試担当者)

意外にも大学側の危機感は強くありませんでした。その理由は留学生の受け入れ方法にありました。方法は大きく2つ。

①取材したペクさんのように直接海外から入学試験を受ける。
②日本語学校に通う外国人が試験を受ける。

そして留学生の多くは②の方法で大学に入学していました。日本語学校に通う外国人の数は去年の時点で約8万3800人と、平成23年に比べて3倍余りに増えています。日本語学校は、日本の大学で学ぶ「入り口」となっているのです。

8割以上が来日できていない

 
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日本語学校の現状について、東京・渋谷区にある日本語学校の中西郁太郎校長に話を聞きました。学校では40年以上にわたって留学生や地域に住む外国人に日本語などを教えています。

この学校の生徒の7割ほどが、大学や専門学校などへの進学を目指しています。しかし新型コロナウイルスの影響で、今は新入生の確保が難しくなっていると危機感を募らせていました。

  • 中西郁太郎校長
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中西校長
「新型コロナウイルスが心配だという学生や両親の相談をたくさん受けていて、わたしたちも困惑しています。日本に来てもらうために毎年現地に直接行って、日本文化や学校の詳しい説明などの活動も行ってきましたが、それもできません」

こうした状況はほかの日本語学校でも同様です。ことし4月、日本語学校が加盟する6つの団体が行った緊急のアンケート調査があります。回答した208の日本語学校で、4月の新学期に受け入れる予定だった留学生の8割以上にあたる、あわせて1万1653人が来日できていないと答えています。

優先順位が低くなりがちな留学生

こうした現状に、大学側も危機感を持つべきだと指摘する専門家もいます。各国の留学生政策が専門の一橋大学の太田浩教授です。

  • 一橋大学 太田浩教授
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太田教授は、大学が日本語学校からの留学生の受け入れに頼ってきた構図が、コロナ禍で浮き彫りになっていると指摘します。

新型コロナウイルスの影響が長引いて、留学生の「入り口」となっている日本語学校の経営状況が悪化して無くなるようなことになれば、将来的には大学の入学試験にも影響が及びかねないとしています。

太田浩教授
「日本の多くの大学は、留学生に対しても国内の学生と同様に入学試験を課すというやり方を見直す必要があります。留学生が自国で応募し、自国で合否結果を受け取るのが選考の国際標準です。海外の大学が行っているように、外部試験のスコア、これまでの成績、エッセイなどで書類選考を行い、必要に応じてオンライン面接も実施することで合格者を選抜すれば、志願者は来日する必要もありません」

そのうえで太田教授が強調したのは、留学生が減ることによる日本社会への影響です。

今や日本で働く外国人労働者の2割近くが「留学」の在留資格で暮らす留学生で、国内の人手不足を支える存在にもなっています。そのためにも留学生たちの学ぶ場所を確保していく必要があると指摘しました。

太田浩教授
「少子高齢化で人手不足が深刻化する中、留学生には卒業後、日本の企業に就職して、日本に定住してもらうことが必要とされています。加えて、留学生はアルバイトとして日本の労働をすでに支えているという現実があります。ポストコロナ時代を見据えて、留学生を共生する日本の一員として迎える仕組みを官民学共同で作っていくことが求められています」

夢をあきらめなくて済むように

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「日本で学んで働く夢はあきらめられないので、前向きに頑張るしかない」

ペクさんは今も日本に留学するための勉強を続けています。

10月に政府が入国制限を緩和したことで、受験生も、大学などの受け入れ団体が防疫措置を誓約することなどを条件に、短期滞在での入国が認められるようになりました。しかしペクさんの通う塾では、複数の大学に誓約書を依頼したものの対応は難しく、誓約書が壁になっているといいます。

日本を目指す留学生たちが夢をあきらめなくて済むよう、受け入れの在り方を考えていきたいと思います。

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