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「私ってめんどくさいですよね」彼女を傷つけるものは2019年6月25日 ネットワーク報道部・木下隆児記者

「私ってめんどくさいですよね、こんなふうに考えて」 彼女はルーツについて話しをしているとき、こう漏らしました。
日本と韓国の2つのルーツを持つ彼女。 幼いころからことあるごとに、みずからのルーツについて考えることを余儀なくされ、 傷つくことも少なくありませんでした。
そうしたことは毎日のようにあるので、いつの間にか慣れてしまいました。 でも、家族や親友、それに好きな人の、 ふと口にしたことばが彼女の心をぎゅっと締めつけるのでした。
だから自分自身のことを「めんどくさい」と考えるようになったのかもしれません。

3歳の時に日本へ

彼女の名前は金沢優美さん(仮名・29歳)です。韓国・ソウル生まれで、韓国人の父親と日本人の母親の間に生まれました。

両親が離婚したことから、3歳のころ、母と8つ上の姉と一緒に日本に帰国しました。中学3年生までは韓国名で過ごしていました。

日本に来た当初は、日本語が全くわからず、幼心にストレスを感じていましたが、小学校に入るころには日本語も話せるようになり、都内の小学校に入学しました。

自分は「いじめていい子」

彼女が自分のルーツをはっきりと意識せざるを得なくなったのは小学生の時。名前が韓国名だったことから、いじめを受けたり、差別的なことばを言われたりしました。いきなり顔をたたかれることもありました。

「おまえはどれいだ」

水鉄砲で水をかけてきた上級生に、こんなことばをぶつけられたこともありました。

そんなことが繰り返されるうちに、こう考えるようになりました。

「自分はルーツが違うから、『いじめていい子』なのかもしれない…」

だから「『役に立って、やさしく、おもしろい外国人』になろう」とがんばってみたこともありました。

でも、やっぱり「いい外国人」でいることに疲れて、日本人も韓国人もどっちも自分なんだと、一生懸命思い込もうとしてみたりもしました。

だけど韓国のことは何一つ知らないし、日本のことだってあまり知らない。そんなことを考えているうちに、結局、自分のことが「中途半端な存在」に思えてきて、自分の価値がどこにあるのかさえわからなくなっていました。

「私ってめんどくさいですよね」

そんな風に思うようになった自分のルーツのことを友達に相談すると、友達は「“そんなこと”気にすることないよ」と言ってくれました。

友達は優しさでそう言ってくれたのだと思います。でも優美さんは心の中でこう、つぶやいてしまいました。

「”そんなことって”言わないでよ」

「そんなこと」と言えるのは、友達がマジョリティーだから。「気にすることないよ」ということは「実は私のルーツのこと気にしてるじゃん」。「そうなんだね」って言ってくれればいいのに。

そして毎回、決まって「そんなこと」を考えてしまう自分に、自己嫌悪に陥ってしまうといいます。

「私ってめんどくさいですよね、こんなふうに考えて。自分でもよくわからなくて」

彼女は私の前で伏し目がちに漏らしました。

「日本人」の母

  • 幼少時の優美さん(仮名)

「小さいころのあなたは、よく『生まれた時からやり直したい』って言ってたわよ」

これは母親が自分に教えてくれたことです。そんな母親は女手一つで自分と姉を大学にまで行かせてくれて、とても愛してくれていると感じています。

一方で、母親は優美さんたちがほかの人から「外国人扱い」されると、すごく怒るんだそうです。そんなとき心のなかでこう思ってしまいます。

「お母さんは私たちの国籍にそんなにこだわっているんだ」

ルーツが原因でいろいろなことを経験し、自分自身が「日本人」ではないと思うこともあるのにな。でも、お母さんは純粋な日本人。私の中には日本以外のルーツが入っている。

「母親にも理解してもらえないのかも…」

そう思うと、なんともいえない気持ちになってしまうのだといいます。

つらく、寂しかったこと

優美さんが、いまだにすごくつらく寂しいと感じることがあります。

小学6年生の時に友達になり、大人になってからも友人だった男性がいました。男性は優美さんのルーツのことを昔から知っていて、特に気にせず友人でいてくれている、そう受け止めていました。

2人が成人してからのある日、優美さんが韓国籍と日本国籍のどちらを選ぶかという話題になりました。

すると彼は「韓国籍を捨てに行こうよ」と言ってきました。優美さんは、なぜそんなことを言うのかと思い「私がどっちの国籍を持ってるのって意味あるの?」と聞いてみると、彼は言いました。

「俺の印象が違う」

彼にとっては、「韓国籍の友人」と「日本国籍の友人」では友達として大きな差がある。10年以上友達だと思っていたのに。私が日本人ならよくて、韓国人だとダメ。彼はそういう意識で私と一緒に過ごしていたんだ。そう思うと、胸が締めつけられる思いでした。

彼とはそれ以降、連絡を取らなくなりました。

すごく緊張する瞬間

優美さんは正直、いろいろなことを期待しなくなったり、諦めたりすることにも慣れてしまいました。同級生や見知らぬ人に、嫌なことを言われることさえも…。

でも、すごく緊張するのは、すごく仲のよい友達ができたとき。それと、好きな人ができたときです。

「小さなころからネットの情報に触れてきて、韓国に対して罵詈雑言とも言えるようなことばが飛び交っているのを見てきました。自分のSNS上でも言われたこともあります。でもネット上では、誰がそんなことばを言っているのかわかりません。もしかしたら、私が仲よくしている友達、好きになった人がそう言っているかもしれません」

だから優美さんは、仲よくなった人には自分のルーツを明かすことにしたそうです。

その日以降、話しかけてこなくなった人もいます。つきあった男性にルーツを伝えると、「えっ」という声とともに顔がこわばるのがわかりました。

それから優美さんはそんな顔を二度と見たくないので、好きになった人ができると、つきあう前にルーツを伝えることにしました。

私は「ミックス」

中学3年生の時、姉が留学していたカナダに2週間ほど滞在したことがあります。そのとき、そこにはいろんな人種の人がいて、誰も私のことを気にしていないという状況を経験し、人生で初めてほっとした気持ちになりました。

同時に、自分の中で何かが吹っ切れた気もしました。自分が「いい外国人」であろうが、「悪い外国人」であろうが、人からの自分に対する印象は変わらない。私は日本人でも韓国人でも、どっちの人間だっていい。

そう話す優美さんですが、一方で、次のようにも話していました。

「私は日本国籍を選んだので、『あなたは日本国籍だから日本人だよ』と善意で言ってくれる人もいます。でも、私の中ではいまでもどっちの国の人間でもありません。日本と韓国のどちらに行っても、結局は異分子になってしまう。だから私は自分のことを『ミックス』と呼ぶのが好きです」