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外国人材は介護現場に来てくれるのか?2018年12月18日 マニラ支局・山口雅史 ハノイ支局・横田晃洋

外国人材の受け入れ拡大に大きくかじをきった日本。新たな法律の施行は来年4月に迫っています。 人手不足解消の期待が特に高いのは介護。業種別で最も多い5年間で6万人を見込んでいます。 しかし、そんなに多くの外国人が来てくれるのでしょうか?

がらがらの日本語クラス

毎年1万人を超える介護士を海外に送り出しているフィリピン。その首都マニラにある介護士養成学校の1つを訪ねました。日本での需要の高まりを見越して、ことし7月に日本語クラスを新設しています。しかし、約400人いる生徒のうち応募したのはわずか10人程度。空席だらけの教室は日本の人気のなさを如実に示していました。

人気が高いのはカナダ

それでは、人気の高い国はどこなのか。

養成学校に通う生徒たちに行きたい国を尋ねると、3人に2人の割合で「カナダ」という答えが返ってきました。

英語が公用語の1つになっているフィリピンでは英語を話せる人が多く、英語圏の人気が高くなっています。

それにしても、カナダの人気は突出しています。

言葉にとどまらない理由があるからです。

決め手は永住権

カナダを目指す生徒の1人、クリスチャンジョン・ユーさん(22)。決め手は「永住権」だと言います。

カナダでは、大学卒業資格などの条件を満たしていれば、一定期間介護の仕事をすると永住権を得ることができます。

ユーさんはフィリピンの大学を卒業し、医療用の放射線技術の学位を持っています。介護士をきっかけとして将来はカナダで放射線技師として働きたいと考えています。

「カナダに行ったら介護の仕事の合間に放射線技師の資格を得る勉強もするつもりです。お金を稼ぎながら永住権も得られる。時間をむだにせずキャリアアップできるのはとても魅力的です。カナダで数年働き、永住権を取得できたら家族を呼び寄せたいんです」

ユーさんには、日本で暮らす親戚がいて、日本に行くことも考えたそうです。

しかし、時間と費用をかけて日本語を勉強しても、技能実習生として働けるのは最長でも5年。給与もカナダに比べて低いことがわかり、日本は行き先の候補から外れてしまったということです。

「日本は大好きだよ。日本に長く暮らせるなら日本語をもっと真剣に勉強したかもしれないな」

「このままでは日本を選ばないでしょう」

フィリピンの海外雇用庁。海外に出稼ぎに行く人の就職先の確保や手続き、権利保護を担当しています。

ここのトップ、ベルナルド・オラリア長官は「このままではフィリピン人の介護士は日本を選ばないでしょう」と言います。

「台湾、香港、シンガポール、カナダ、ポーランド、イスラエルなど、高齢化に直面する各国・地域の担当者が私に会いに来て、フィリピン人介護士を熱望しています。日本だけがフィリピン人介護士を求めているわけではないことを日本政府はまず自覚する必要があります」

ベトナムでも介護人材集まらず

現在、最も多くの技能実習生を日本に送り出しているベトナム。ここでも、日本で介護を担う人材を集めることが難しくなっています。

首都ハノイにある技能実習生の送り出し業者の1つは、日本側のニーズの高まりに対応するため、数億円をかけて全寮制の介護実習生専用の施設を整備しました。

日本側から寄せられている求人数は1000人。しかし、その4分の1しか実習生を集めることができていません。

厳しい労働環境がSNSで赤裸々に

なぜベトナムでも介護人材が集まらなくなったのか。理由となっているのがSNSで共有される体験談です。

日本の介護現場で働くベトナム人たちが投稿しています。

「いつも暴言を浴びせられながら介護をするのは幸せですか」

「自分たちはさぼって、仕事を押しつけてくる日本人スタッフもいる」

厳しい労働環境、そして外国人ゆえに味わうつらい体験が赤裸々につづられ、日本行きを検討している人たちの間で拡散しているのです。

医療系の大学を卒業し、日本で介護の仕事をしようと去年から日本語の勉強を始めていたグエン・ティ・イエンさん(23)。

SNSの体験談を見て、日に日に不安が募っていったと言います。

そして、日本へ行くことはやめ、ことし7月、地元の病院に就職しました。

「ベトナムに残ったのは正解でした。私にはこんな仕事はできないと思います。給料は安いですが、今のベトナムでの仕事のほうが日本へ行くより良いです」

信頼が揺らぐ事態も

ベトナムではさらに、日本が強みとしてきたはずの「信頼」さえも揺らぐ事態が起きています。

SNS上では、日本で介護の仕事をしようと準備をしていた若者が「だまされた」などと不満を訴える投稿が相次いでいるのです。

そのうちの1人、ベトナム最大の都市ホーチミンに住む20代の女性が取材に応じてくれました。

実家は農家で、両親の年収は日本円で20万円ほど。

「3年前介護の仕事で日本に行けると言われ、25万円を払って半年間日本語を勉強しました。それなのに、いまだに日本に行くことができません。借金をしてくれた両親にも申し訳なくて顔向けができません」と苦しい胸の内を明かしてくれました。

なぜ日本に行けないのか。

ベトナムには現在、政府が認可した実習生の送り出し業者が約280社あります。

しかし、介護分野で政府が許可を出したのは「態勢がととのっている」とされた、わずか13業者。

この女性の業者には、許可が下りなかったのです。

しかし、深刻な人手不足が続く日本側からの求人が相次ぐ中、多くの業者は見切り発車で人材の募集を続けていました。

結果的に、応募者の多くがだまされた形になったのです。

懸念や不信感を払拭したい

ベトナムで広がる日本への懸念や不信感。

これをぬぐい去ろうという努力も始まっています。

兵庫県で3つの介護施設を運営する社会福祉法人が去年12月、8人の若者を技能実習生として日本へ受け入れることを決めました。

この法人の人事部長・出口博久さんはそれから月に1回、パソコンを使ったテレビ電話で1人1人と連絡を取り続けています。

さらに、ことし10月にはベトナムを訪れて実習生の両親たちを集めた説明会を開きました。不安を少しでも解消してもらおうと、日本での指導方法や生活環境を詳細に伝えました。

「ただ働きに行くだけじゃなくて、人づくりをしたいと思っています。皆さんと対話しながら必要なことを作っていく。私を信じて任せてください」

説明会を終えた出口さんは、私たちにこう言いました。

「介護の分野はこれから外国人に頼っていかなければいけない。そのときに、ただ使うという発想ではなく、人材育成というスタイルでいかないとダメだと思う。たとえSNSで拡散されたとしても、何も問題ないような、そういう法人を目指していきたい」

求められる制度や態勢づくり

来年4月から5年間で6万人。それだけ多くの外国人が日本の介護現場に来てくれるのか。人材を送り出す側の国の状況を見ると、疑問を感じざるをえません。

よりよい環境で、よりよい待遇で、そして何より自分の成長の可能性を感じられる場所で働きたい。こうした願いは、日本人であろうが外国人であろうが、かわらないのではないでしょうか。

介護分野での外国人材の確保には、そこで働くことが魅力的だと思えるような制度や態勢づくりが急がれます。