うちの保育園、日本人の子どもはマイノリティー!?2018年5月9日 国際部・山口芳記者
「最近、家の近所でも外国の人をよく見かけるようになったな~」と
感じてはいたのですが、正直驚きました。
この4月、うちの子どもが通う保育園で、日本人の両親をもつ子どもが少数派になったのです。
日本人がマイノリティー?!
「ナマステ!」
「ニーハオ!」
東京・杉並区にある認可保育園。4月に入ってからあいさつの言葉が増えました。これまで日本人しかいなかった園に、ネパールや中国の親を持つ子どもたちが加わり、割合にして実に60%を占めることになったのです。
うちの子どもはこの園に通い始めて2年目。国際色豊かな環境で育つことは、きっと子どもにとって財産になるだろうとうれしく思っていた私。
ただ、外国籍の子どもや、両親のいずれかが外国籍などのいわゆる”外国につながる子ども”の受け入れで、園は大きな課題を抱えることになりました。
「南蛮うどん」は英語で…?
4月最初の登園日。子どもを送りにいくと、すまなそうな顔をした園長からこんなお願いをされました。
「新しくきた子どもたちの給食が始まるまでに献立表を英語に訳してもらえませんか?」
- 園で配られた献立表
園からは毎月、給食とおやつの献立表が配布されます。食物アレルギー対策として、保護者は事前に献立をチェックし、食べたことがないものは家庭で試しに食べるよう奨励されています。
しかし、献立表は漢字だらけ。外国人の保護者の中には日本語の会話はできても、漢字は読めないという人もいます。園長は区の担当者に英語への翻訳支援を頼みましたが、「園で対応してください」と言われたそう。数日後には子どもたちの給食も始まってしまいます。
タイムリミットが迫る中、最後の手段として園長は私にお願いすることにしたのです。食物アレルギーは命に関わるおそれもあるため、私は二つ返事で引き受けました。しかし、これが予想外に難航します。
「南蛮うどん」「ちりめんじゃこ」「麩(ふ)」「土佐煮」「おかか」…
食材や料理についてきちんと理解していないと訳せない単語が次から次に現れます。
ただでさえ仕事と育児の両立で時間に追われているのに、この翻訳作業はかなり負担が重い。毎月続けられるのだろうか。仕事の都合でどうしても翻訳できないときはどうするのか。そもそも英語が不得意の保育者や保護者しかいない園だったらどうなるのだろうか。いろんな疑問が頭をよぎりました。
- 完成させた英語の献立表
2日かかって完成させた英語の献立表です。「南蛮うどん」は迷ったあげく、「noodle(麺)」に。おいしそうな献立なのに、味気ないものになってしまいました。
食材はすべて訳しましたが、料理名は一部、ひらがな表記で許してもらいました。申し訳ない気持ちもありますが、私が持ち合わせている時間と能力ではこれが限界です。
日本語に不自由している保護者からは感謝されたものの、これは個人が行うのではなく、行政などが支援すべきものではないかとの思いが強まります。
お互いに不安
- バンダリ・ビクソルくん
4月中旬。子どものお迎えにいくと、いつもいるはずのネパール人の男の子、バンダリ・ビクソルくん(0)の姿が見えません。
園長によると、体調を崩して早めに帰宅したのだそう。そう話す園長の顔が曇っています。聞けば、ビクソルくんの家庭とコミュニケーションをとるのに苦労しているというのです。
ビクソルくんの家庭と園がやり取りしている連絡帳です。保護者の了解を得て、撮影させてもらいました。
右下に書かれているのは日中の園での様子。保護者に読みやすいよう、漢字を使わずにひらがなを使っています。右上の時間軸の部分には、昼ごはんに食べた量を英語で伝えたり、矢印をひいて睡眠時間を記したりしています。
一方、左側の保護者が記入する欄には空白が目立ちます。家で過ごしている間の睡眠時間や食事の量はほとんど記載がなく、子どもの体調や様子を自由に書き込むスペースには何も書かれていません。
園長は連絡帳に毎日記入をしてほしいと何度も頼んでいますが、なかなか書いてもらえません。言葉の壁や文化の違いもあって、連絡帳の書き方や意義がきちんと伝わっていないのではないかと察しつつも、困惑しています。
「連絡ノートに家庭でのビクソルくんの様子がほとんど書かれていないので、睡眠時間もうんちが出ているのかも、何もかもさっぱりわからない。一日の生活リズムは、なにか様子がおかしいときの手がかりになる。体調が悪いときは特に、家庭での状況がわからないと、とても不安になる」(園長)
さらに、保育時間を過ぎてもお迎えにこなかったり、緊急時に電話がつながらなかったりと、園のルールが伝わっていないと日々、痛感しているといいます。
日本語だけでコミュニケーションをとるには限界があるーー。園は4月中旬から配布する用紙に英語を併記することにしました。かかりつけ医を記入する用紙に、子どもの身長や体重を記録する用紙。園長が翻訳アプリを活用しながら、休日を返上して仕上げたといいます。今後は、園の決まり事を記した入園のしおりもすべて独自に翻訳することにしています。しかし、いくら便利な翻訳ツールがあるとはいえ、負担は軽くありません。
「ひと言でいうと、大変。意識して前向きな気持ちを持つようにしているが、本当に大変。区には入園の準備段階から手を貸してほしかった。大事なことが伝わらないまま保育園での生活が始まってしまった。区の担当者からは外国のお子さんがいるほかの保育園も現場で対処しているから、あなたたちも自分たちでがんばってほしいと言われたが、ほかの園でも同じ状況が起きているならなおさら、行政としてできる支援や対策を考えてほしい」(園長)
- バブカジさんとビクソルくん
不安を感じているのは保護者も同じです。ビクソルくんの父親、バブカジさんです。9年前、ネパールから来日し、都内の企業で働いています。
バブカジさんは日本語のコミュニケーションに問題はありませんが、妻は込み入った会話をするのは難しいといいます。
「漢字が難しいので園からの便りを読むのに苦労している。息子がまだ話せないので、親と園のコミュニケーションを大切にしたいが、日本語での意思疎通は難しくて課題がある。特に、主に送迎をする妻は自分ほどは日本語ができないので、不安は尽きない」(バブカジさん)
実態がわからない
この問題に行政はどのように対応しているのか?
杉並区に取材をしてみました。すると、一部の区立の保育園では区がふりがなをふった献立表を配布しているものの、それ以外の支援は行っていないといいます。
さらに衝撃的だったのは、どの保育園に外国につながる子どもたちがいるのかや、その数が何人に上るのかを、区としてそもそも把握していないということでした。だからこそ、対策が後手に回っているのだと感じました。
法務省の統計では、日本で暮らす0歳から5歳の外国人の子どもは年々増加し、去年、10万人を超えました。しかし、何人がどの自治体の、どの保育園に通っているのか、その内訳を調べようとしても、厚生労働省も把握していません。
- 東洋大学 内田千春教授
保育の現状に詳しい東洋大学の内田千春教授は、外国につながる子どもへのケアをこのまま保育園任せにしていては、いずれ限界に来てしまうと警鐘を鳴らしています。
「まだ実態を把握できていない自治体は、できるところから実態を把握していく努力が必要だ。保育の現場はすでに多忙を極めて疲弊しており、外国につながる子どもたちの保育はさらに追い打ちをかけて現場を悩ませてしまう。保育に専念できる状況が作れなければ事故も起きかねない。保育者に対して、翻訳や通訳の支援、言葉や文化に違いのある家庭と向き合うノウハウを伝える研修などを充実させていくべきだ」
取材に応じてくれたバブカジさんは「日本に定住したい。だから、息子にも日本の環境ですくすくと育ってほしい」と話していました。
今後もビクソルくんのような子どもたちは、ますます増えていくことが予想されています。このまま現場に対応を丸投げしていては、日々、子どもたちに向き合い、全力投球している保育園も息切れしてしまいます。
現状に目を向け、受け入れる仕組みをきちんと整えてほしい。すべての子どもに保育の質を確保してほしい。1人の保護者として、取材した記者としての願いです。