農家の課題「外国人依存」できなければ食卓が変わっていく?
みかんや牛肉、チーズやヨーグルト。
「最近高いな・・・」
スーパーでそう感じる機会は増えていないだろうか。
農業の深刻な担い手不足の影響が我々の食卓にも及んできているのだ。
そうした中、外国人の力を頼んで生き残りを図る農家もいる。
しかし、我々が現場で目にしたのは外国人に頼ることもできず、廃業を待つだけという農家の苦悩だった。
みかんも外国人なしにつくれない?
農業の外国人“依存率” 20〜30代
2015年国勢調査 就業状態等基本集計を基に作成
「日本人以外」を外国人として20〜30代の農業就業者に占める割合
全国各地で進む農業の外国人への"依存"。では"依存"が進んでいない場所では何が起きているのだろうか。
取材に訪れたのは若手のうち外国人の割合が約3.8%の愛媛県。空港には「ポンジュース」が出る蛇口を設置するほどのみかんの一大産地だ。
西予市にある「無茶々園」は80軒もの農家が加入する大きな組織だ。15年前から外国人技能実習生の受け入れを始め、今では20代から30代のベトナムとフィリピンからの実習生20人が働く。一方、日本人の従業員は50代以上が中心だ。
この農業法人ではみかんジュースなどの加工品の製造や大根やタマネギといった野菜の栽培も手がける。実習生の受け入れで人手不足が解決しただけでなく、みかんの収穫期以外にも年間を通して収益が上がるようになり経営が安定したという。
農業法人の村上尚樹理事は「もうみかんは彼らがいなければ続けていけない」とさえ話す。
しかし、このように外国人を活用している農家はむしろ珍しい。
荒れゆく畑 変われない農家は
大きな理由の1つが愛媛県のみかん農家のほとんどが家族経営だという点にある。
中国四国農政局によるとその割合は実に99%。
その1人、みかんを育てて50年になる津田正利さん(67)に話を聞いた。自ら土地を買い育ててきたみかん畑は、手を使わないと上れないほどの急斜面にある。2人の子どもは農業を継がず夫婦2人で畑を守ってきたが、年を取るにつれて剪定や草取り、収穫などの作業に苦労するようになった。かつては4ヘクタールあった畑は2.5ヘクタールにまで減らした。
しかし津田さんは、人手が足りなくても実習生の受け入れは考えられないと言う。「みかんの収穫期は年に1回で収入があるのもその時期だけ。実習生を受け入れるとなれば収穫期だけではなく、仕事や収入がないときも年間を通して給料を支払わなければならない。細々と農業をやっている自分にそれほどの経営体力はない」
津田さんは、自分の代でみかん農家をやめようと考えている。畑を引き取ってくれる人を探しているが周りの農家も高齢となり跡継ぎもいないという状況は同じ。
周囲には耕作を放棄された畑が目立つようになった。
「昔はこの地区の段々畑一面にみかんの花が咲き、実がなって。荒れていく姿を見るのは悲しいが、これが現実なんだろうね」
愛媛県のみかん農家の数
農林水産省 農林業センサスを基に作成
愛媛県のみかん農家の70%近くは65歳以上。廃業に歯止めがかからないのが現実だ。
みかんは高級品に?
担い手不足の結果、何が起きているのか。
「みかんが高いなあ」
この冬、そう感じた人も多かったのではないか。年末年始のみかんの市場での価格は平年より約3割高い21年ぶりの高値だった。(日本園芸農業協同組合連合会調べ)
大きな理由は、去年の春にみかんの花のつきが悪かったことや秋に台風が連続したことによる出荷量の減少。
ただ、衝撃的なデータも背景にある。
みかん農家の数と出荷量(全国)
農林水産省 農林業センサス、果樹生産出荷統計を基に作成
全国のみかん農家の数はわずか10年で30%も減少。出荷量もピーク時の4分の1にまで落ち込んでいる。
「生産基盤の弱体化は深刻。このまま出荷量が減り続ければ値段が高い状態が続くこともあるかもしれない」(日本園芸農業協同組合連合会の担当者)
愛媛のポンジュースも、みかんの生産量の落ち込みで原材料費が高騰したとしてことし(2018年)3月、11年ぶりに20%程度値上がりした。
価格高騰 和牛も
後継者不足を背景に価格が上がる食べ物はみかんだけではない。
その1つが「和牛」だ。
すき焼きなどに使われる和牛の「肩肉」の一般的な小売り価格は10年間で最も安かった2012年に比べて20%余りも高くなっている。
和牛かた肉の小売価格
(独)農畜産業振興機構 全国小売価格調査より
理由には和牛の輸出量の増加などによる需要拡大もあるが、生産量の減少も大きな要因だ。
母牛を飼育して子牛を出産させ10か月ほど育ててから売る「繁殖農家」の廃業が相次ぎ牛肉の生産量が減っているのだ。
繁殖農家数の推移
農林水産省 畜産統計調査
子取り用めす牛飼養戸数を基に作成
全国の繁殖農家の戸数は10年間で6割も減少している。
全国有数の産地 農家が急減
廃業を食い止めることはできないのか。
訪ねたのは、全国有数の子牛の産地宮崎県は霧島連山のふもとのまち小林市。
繁殖農家の岡原文男さん(82)は、自宅に隣接した牛舎に9頭の母牛を飼い、年間7、8頭の子牛を出荷している。競りでは100万円を超える価格がつくようなすぐれた子牛を育てる「すご腕」の持ち主だ。
「牛が好きでないと続けていかれん仕事よ」という岡原さん。毎日の牛舎の清掃やエサやりはもちろん、母牛の様子を細かく観察して発情に気づき、タイミング良く受精を行って妊娠させる。難産になれば深夜の介助も当たり前だ。
しかし、自分の代で廃業すると決意している。3人の娘は皆、市外や県外に嫁ぎ後を継ぐ人がいないのだ。
宮崎県の繁殖農家のほとんどが岡原さんのような家族経営の小規模農家。和牛の需要が高まっても、手間がかかり専門性を求められる仕事を継ごうという人は少ない。
このため、廃業を決意する人たちが後を絶たないのだ。
外国人を受け入れられない理由も
海外でも人気が強く高値で取り引きされる和牛。
農林水産省によれば、業界団体に「技術や遺伝資源の海外流出を避けたい」という思いがあり、宮崎県内では外国人実習生を受け入れる農家はほとんどないという。外国人技能実習制度は発展途上国の人材を育成し技能を移転するのがそもそもの目的だ。
技能を移転してしまっては成り立たない和牛には合わないというのだ。
岡原さんも実習生の受け入れは考えていない。母牛を見つめながらこうつぶやいた。
「体が動かなくなったら終わりだな」
食卓に起き始めた変化
国や業界団体などの取り組みでひとまず母牛の減少に歯止めがかかるなど一定の成果もみられる。
しかし、抜本的な解決には至っておらず、このままでは数年以内に繁殖農家の"大廃業時代"が訪れる懸念がある。
和牛やみかんだけではなく、チーズやヨーグルトも酪農家の担い手不足が影響して値上げする動きが出ている。
外国人に頼ることもできない農業の現場はどうすれば生き残れるのか。
日本人の食卓の景色も変わりつつあるー。
取材を通してそうした実感を抱いた。
高松局・目見田健記者 宮崎局・橋本知之記者 報道局・飯田暁子記者 報道局・伊賀亮人記者