2023年4月14日
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アメリカ機密文書流出 イスラエルはウクライナに兵器供与する?しない?

世界を揺るがしているアメリカ政府の機密文書の流出問題。

ロシアのウクライナ侵攻に関する具体的な情報や「最高機密」と書かれた文書、それに同盟国に関する機密情報まで、さまざまな情報がSNS上で拡散するなか、中東のイスラエルに関する情報にも注目が集まっています。

「イスラエルはおそらく殺傷能力のある兵器をウクライナに供与することを検討するだろう」

アメリカと同盟関係にありながらウクライナへの兵器の供与は拒否し続けているイスラエルに関する情報とは?
そもそもなぜイスラエルは兵器を供与しないのか。詳しく解説します。

(エルサレム支局長 曽我太一)

イスラエルに関して流出した文書とは?

ニューヨーク・タイムズやCNNによりますと、イスラエルに関連して流出した機密文書は「イスラエル:ウクライナへの殺傷能力のある軍事支援への道筋(Israel: Pathways to Providing Lethal Aid to Ukraine)」と題名が付けられた文書です。

強い同盟関係にあるアメリカとイスラエル。アメリカのバイデン政権は、ロシアによるウクライナ侵攻後、イスラエルに対してウクライナに兵器を供与するよう求めてきたとされています。

文書には何が書かれていた?

最大のポイントは、アメリカ政府の見立てとして「アメリカからの高まる圧力やロシアとの関係の変化に気付くなかで、イスラエルはおそらく殺傷能力のある兵器をウクライナに供与することを検討するだろう」と文書に記されていた、という点です。

さらに、文書にはイスラエルがウクライナに兵器を供与する4つのシナリオも書かれていて、“最も妥当な”シナリオとして示されていたのが「トルコ・モデル」です。

ロシアとトルコの外相会談(2023年4月7日)

トルコは、ウクライナに攻撃型無人機「バイラクタルTB2」を売却しつつ、小麦などの農産物のウクライナからの輸出については、国連とともにロシア側との仲介役もつとめています。

イスラエルもそのような形をとり「殺傷能力のある兵器を第三者を経由して供与すると同時に、ウクライナにおける平和的な解決を主張して仲介努力を提供する」というシナリオ、とされています。

また、供与の可能性がある兵器としては、イスラエルで開発された対空ミサイル「バラク8」や地対空ミサイルシステム「スパイダー」などが挙げられていました。

今回流出した機密文書の真偽の問題はあるものの「イスラエルがいずれウクライナへの兵器供与に乗り出す」とアメリカ側が見ているという内容は、世界中のメディアが驚きを持って伝えました。

実はイスラエルは兵器輸出大国?

イスラエルの短距離迎撃システム「アイアンドーム」

イスラエルは数々の紛争を経験し、高い軍事技術で知られています。

兵器などの防衛品の輸出額は近年、増加傾向で、2021年には113億ドルにのぼり過去最高を更新しました。

最近ではNATOに加盟したばかりのフィンランドが、イスラエルの中距離迎撃システム「ダビデ・スリング」を購入すると発表。2022年の輸出額は前年をさらに上回る勢いだとも伝えられています。

イスラエルを代表する短距離迎撃システム「アイアンドーム」の開発に当初から関わってきたダニエル・ゴールド氏は、パレスチナの武装勢力からイランまで、多様な相手に対処するなかで兵器開発を進めてきたと指摘します。

イスラエル国防省研究開発局 ダニエル・ゴールド局長

イスラエル国防省研究開発局 ダニエル・ゴールド局長

「私たちは、射程0キロから2000キロまで対応しなければなりません。いま世界で使われているロケット弾や弾道ミサイル、無人機や巡航ミサイルに対処するだけでなく、常に5年後にどうなるかを予想して開発を進めてきました」

ウクライナへの兵器供与は?

ウクライナはイスラエルに対し兵器の供与を求め続けています。

侵攻直後の去年3月、ゼレンスキー大統領はイスラエルの議会でオンラインで演説し短距離迎撃システム「アイアンドーム」の供与を求めました。

さらに、ことし2月にはドイツのミュンヘンで開かれた安全保障会議で、ウクライナと大国のロシアを少年のダビデが巨人ゴリアテを倒したという旧約聖書の一節になぞらえ、「ダビデの投石機」を意味するイスラエルの中距離迎撃システム「ダビデ・スリング」の提供を求めたのです。

ミュンヘン会議でオンライン演説するゼレンスキー大統領

ゼレンスキー大統領

「ダビデであるということは戦うことであり、われわれは戦っています。ダビデは投石機を持っていました。われわれはまだイスラエルから“ダビデの投石機”を受け取っていませんが、それは一時的であることを願います」

アラブ諸国などとの戦争のなかで、国土が小さい自分たちの国を「ダビデ」(しかも古代イスラエル王)に重ねてきたイスラエルに対する、ゼレンスキー大統領の訴え。

イスラエル側はことし2月にコーヘン外相がキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領とも会談しました。ただ、会見などではロシアを名指しして非難することは避け、これまでウクライナへの支援で実現したものも装備品や人道支援の提供にとどまっています。

ゼレンスキー大統領と会談するイスラエルのコーヘン外相

なぜウクライナに兵器を供与しない?

背景にあるのは、イスラエルとロシアの関係です。

イスラエルとウクライナはもともと良好な外交関係を築いている上、ゼレンスキー大統領自身もユダヤ系ですが、イスラエルにはロシアとの関係を無視できない事情があるのです。

イスラエルの最大の敵国はイランです。そのイランは、イスラエルに対抗するため、イスラエルの北に位置するシリアで武装勢力を支援しているとされています。

イスラエルは、そうした武装勢力を安全保障上の脅威とみなし、その拠点をたびたび攻撃しています。

シリアはいわば、イスラエルとイランの「駆け引き」の場ともなっているわけですが、このシリアでアサド政権の後ろ盾となり、軍事拠点も置いているのがロシアです。

イスラエルは、ロシアとの関係を維持することで、シリアにいる武装勢力への作戦遂行についてのいわば“通行手形”を手にしているわけですが、ロシアとの関係が悪化すれば、そうした作戦に支障が出てくる可能性もあるのです。

ただ、そうした事情をわかった上で、ウクライナ側はあくまでもイスラエルに兵器の供与を求め続けていく考えです。

ウクライナのイェフヘン・コルニチュク 駐イスラエル大使

ウクライナのイェフヘン・コルニチュク大使

「絆創膏と抗生剤だけでは戦争は勝てないのです。私たちは『寄付』を求めているわけではなく『購入』したいのです。
イスラエルは『ロシアは北の隣国』と主張しますが、ロシアと直接、国境を接するバルト三国には武器を提供しています。フィンランドもロシアと国境を接していますが、恐れずに供与しています。
イスラエルは民主的な世界の一部であり、歴史の正しい側にいることが大切なのです」

兵器供与の可能性はあるの?

機密文書で言われているような殺傷能力のある兵器の供与に乗り出す可能性は極めて低い、と専門家は分析しています。

イスラエルとロシアの関係に詳しいINSS=イスラエル国家安全保障研究所
ソフィー・コブツァンツェフ氏

INSS ソフィー・コブツァンツェフ氏

「ロシアがシリアの沿岸部などに置いてる軍事拠点は、地中海を挟んでNATO諸国と向かい合っているという点で非常に重要で、ロシアがこれを手放すことはないでしょう。
イスラエルにとっての最優先課題は、外交的にも軍事的にも、シリアのイラン勢力を無力化することや、イランの核開発問題です。そのため、シリアをめぐるロシアとの関係は最も重要で、その関係を維持するためにもイスラエルがウクライナに対する兵器供与の姿勢を変えることはないと思います」

国家の安全保障を第一に考え続け、いかなる手段を使ってでも“国家の安全”を脅かすものは排除してきたとも言えるのがイスラエルです。

流出した文書の内容が本物だとしても、「ウクライナに兵器を供与させる」のは一筋縄ではいかなそうです。

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